第20話 帰ってくる日常と卵型TENEGAの擬人化
副所長裏切り事件から早一週間が経った。
俺はその【物から真実を聞くことが出来る能力】を使って組織内部の浄化の手伝いを行っていた。正確には擬人化した子に何があったのか話してもらうだけなんだけどね。
大抵はその人の恥ずかしい過去を聞くだけだったのだが、数人スパイが紛れ込んでいた。ガバガバかよ!
ともあれ、この一週間ずっといろんな物の擬人化した子たちを見てきた俺は非常に疲れていた。
特にお守りの擬人化。あれはダメだ。なんか触れちゃいけないような気配がした。怒られそう。
そしてようやく俺は最後の持ち物検査を終えようとしていた。
「じゃあ、西湖さんは夜な夜な施設内を出歩いて……」
『ラーメンの匂いをまき散らしているわ。【これで夜中にラーメンという劇物にやつらは手を出すのだー】って言いながら』
「なんてひどい飯テロを…………うん、これでいいかな。教えてくれてありがとう」
『どういたしまして』
そう言って西湖さんが肌身離さず持っている卵型TENEGAの擬人化した子は、手を振りながら元の卵型TENEGAに戻っていった。未使用でよかった。
非常にいやらしい雰囲気をまき散らす卵型TENEGAさんという難敵を制覇した俺は、職員さんに聞き出したことを伝え、卵型TENEGAをもっていってもらう。
そして一人になったところで一息つく。
『はー、これで終わりなのよ。お疲れ様なのよ』
俺は手元でこちらを見上げてねぎらってくれるスーに感謝の意を込めて頭を撫でる。
今まで俺は【組織】で寝泊まりしているいつもの部屋で荷物の検査を行っていたのだ。
「ほんとだよ。でもこれで帰れる」
椅子から立ち上がり、ベッドに倒れこみながら懐かしの我が家を思い浮かべる。
副所長の事件以来、所長はいろいろと動いており、俺を日常に戻せるようにしてくれていたのだ。
ただ、家の周囲は監視する人がいたり、学校にも職員を紛れ込ませるようなことを言っていたが……これじゃおちおち恥ずかしいことも出来ない。
だが、やはり自分の家に帰れるというのは嬉しいもので。
「ふんふんふ~ん♪」
思わず鼻歌を歌いながら、俺は帰れる明日を楽しみに待つ。
と、そんなとき、扉をノックする音が聞こえた。
「は~い」
「失礼します」
ベッドの上で寝そべっている状態から起き上がり、返事をするとそこには天宮さんがいた。
まだやり残しでもあったのかな?
俺はちょっとげんなりしながら天宮さんに問う。
「まだ仕事があるんですか?」
「ううん、ないわよ。だから普通で」
「りょ~か~い」
仕事は仕事でちゃんと外向きの顔で接した俺だが、天宮さんの一言で一瞬で崩れ去る。公私はしっかり分けないとね。
ではなぜ天宮さんはこちらに来たのか。まさか俺のことを気になってるわけでもあるまい。
多分顔も合わせたし別れの挨拶かな? と当てをつけながら俺は口を開いた。
「んじゃ、どうしたの? なんか用?」
「用がないと来ちゃダメなの?」
部屋の中に入り、ベッド近くの椅子に座ってそういう天宮さん。
表情も拗ねているのか、唇を尖らせたりと非常にあざとい。
この一週間でだいぶ打ち解けた俺はそんな天宮さんの表情に見惚れながらも、なんでもないように返す。
「はいはい、アザトースアザトース。で、用件は?」
「誰が邪神よ! ……まあ、用件ってほどでもないけど、ただの挨拶よ」
一瞬にして拗ね顔がツッコミ顔になった天宮さんは、憮然としながら俺の予想通りのことを言った。
ま、今のタイミングで来るなら誰でも予想できるわな。
俺は適当に首を縦に振りながら会話をする。
「だよね~。所長に言われたの?」
「……! うん! そうよ、せっかくの友達なんだからだって」
一瞬、くそ意地悪そうな顔をした天宮さんだが、すぐに晴れやかな表情に変わった。一体何を思いついたんだ。
だが、まあ、どうせ今日でしばらくは会わなくなるんだ。
そう思って俺はそれをスルーする。
「友達ねぇ。まさか天宮さんにそう思っていただけているとは」
「うっさいわね。職員の人たちは頭いい人ばっかでたまについていけない時があるのよ。あなたくらいがちょうどいいだけよ」
「ツンデレか? 今の時代ツンデレはあまり好かれないぞ?」
「……ならこういうのが好みなのかな? お・に・い・ちゃん?」
きゃるんっ、と両手を軽く握って顎に持ってきつつ、アニメ声でそんなことをのたまう天宮さん。
控えめに言って最高。
「え……マジ……?」
俺が静かにサムズアップしていると天宮さんがドン引きした様子で呟いた。お前がやったんだろ!
心に深い傷を負った俺はポフッとベッドに倒れこむ。あの何気なく発したマジな声音って一番傷つくんだよなぁ……
罪悪感を心に刻め! と思いながらチラッと天宮さんを見ると、心底意地が悪そうな顔をしている。まさか……
「だいじょうぶ? おにいちゃん。りんが癒してあげブフッ!」
再びアニメ声で話しかけてきた天宮さんは途中でこらえきれなかったらしく吹き出して笑っていた。
しかし、天宮さんは追い打ちをかけたつもりなのかもしれないが、俺は逆に非常に癒されていた。悪意があったとしても、天宮さんのアニメ声は普通に聞いてて気持ちがいい。
俺は笑みを浮かべそうになる顔を必死に制御して、上半身を起こした。
「……ま、挨拶なんてこんなもんでいいだろ。またどっかで会えるといいな」
天宮さんは俺の言葉にきょとんとしたような表情をした後、にこっと笑って返事をする。
「そうね、また会えるといいわね。それじゃ、またね~」
「おう!」
そして最後に天宮さんはにこにこしながら手を振って、部屋を出ていった。
「……ん?」
しーんと静寂が戻ってきた部屋の中で、俺はふと気になることがあった。
天宮さんがくるまで俺と話していたスーが静かだったことだ。
俺は机の上で大の字になっている、思案顔なスーを見る。
『……うーん、怪しいなのよ……』
「……何言ってんだか。とりあえず寝るか」
一体何が気になっているのか、少しだけ興味が湧いたが、明日に備えて俺は寝ることにしたのだった。
☆★☆★☆★☆★☆★
そして俺は日常に戻ることが出来た。
以前のように起きて、以前のように朝ご飯を食べ、以前のように校門をくぐり、以前のように神崎とお喋りをする。
それらの間にちょくちょくうるさいスーも挟みながら。
ここ一か月で起きた様々な奇天烈なことなどなかったかのように過ぎていく日常。
多少お土産や、土産話で困ったりしたが、ほんの二三日でそれも収まった。
あー、やっぱ平和が一番だわー。
俺はこの何も起きない日常を、以前と同じようにボケーっと享受していた。
だが、事件は僅か一週間後に起こった。
「今日からこのクラスに新しい仲間が増えることになった」
わー、と盛り上がる教室。
嫌な感覚がしつつも俺はボケーっと外を眺めていた。現実から目を背けるように。
だが現実とは俺の都合で動いていない。
教室の扉があき、転校生が入ってくる。
諦めた俺はその転校生を見て、やっぱり、とひそかにため息をついた。
「では、自己紹介を」
「はい、私の名前は天宮鈴と申します。これからよろしくお願いします」
『やっぱりそうなのよ! くっついてきやがったなのよ!』
俺の日常は早くも崩れることになりそうだ。
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