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恋愛はコスパが悪い  作者: 福本銀太郎


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20/20

最終話 青年よ、大志を抱け

 一週間の体験入社を終えた和也は、中野にある恭一郎のアパートに来ていた。

「そっか。森下君と会ったか」

「叔父さんと森下本部長が知り合いだったなんて、驚いたよ」

「ああ、俺も知らなかった。森下君がゲットの取締役だったとはな。彼は細かい気配りが出来る非常に優秀な人だった。出世するのも当然だ。縁だな、縁」

 恭一郎は、森下とのいきさつを和也に話して聞かせた。

 若い頃、映画を一緒に創った時の苦労話に花が咲いた。


「森下君は、ものすごい勉強家で、探求心の強い若者だった。あの常にアンテナを張っている姿勢は、見習うところが大きいと思うぞ」

「うん。早速いろいろと教えて貰って、刺激を受けたよ」

「で、体験入社はどうだった?」

 恭一郎がそう聞くと、和也は目を輝かせた。

「そりゃ、もう。プロの現場は見事だった。大きな機材。豪華なセット。張り詰めた緊張感。なんと言っても、現場オフライン編集といって、撮ったその場で編集しながら進めていくなんて、思ってもみなかったよ」

 和也は興奮気味に、次々と体験して来た模様を語った。

 恭一郎は、うんうん、と頷きながら聞いた。


「そうか。お前も、とうとう、そのプロの現場で活躍できるわけだ。スタートラインに立った。というわけだな」

 恭一郎が、パンっと、和也の肩を叩いた。

 だが、何故か、和也の反応がイマイチだ。

「うん・・・そうだね・・・」

 と言って、暗い顔をして下を向いた。


「おい。どうした。変にビビったのか?」

「いや、そうじゃないんだ」

「東京で一旗揚げて、ビッグになるチャンスだぞ」

「そうだね・・・」

 和也は、下を向いたままだ。


「青年よ、大志を抱け! バイ、クラーク博士だ」


 恭一郎が、そう言って檄を飛ばすと、和也が重い口を開いた。


「叔父さん。実は、迷っていることがある」

「どうした?」


 和也は恭一郎に、彼女である加恋の事を、話し始めた。

 そもそも、絵コンテを創るときに取材と称して、話を聞いたこと。

 お陰で、思った以上に絵コンテがいい出来に仕上がった。

 次に、撮影で加恋のお宅のキッチンを借りたこと。

 料理に対する知識が皆無の和也にとって、加恋のサポートがなくては成立しなかったこと。そのお陰で、いい動画に仕上がった。

 そしていつの間にか、香織と沙織がお菓子作りを習ってお世話になっていること。

 加恋のご両親も二人の仲を温かく見守ってくれていること。


「就活に世話になるだけなって、いざ受かったら、さっさと彼女を捨てるようにして、東京に出て行くなんて、人としてやっていいのかなって、正直悩んでいる」

 和也は真剣な面持ちで、吐露した。


 恭一郎は、和也から恋愛話の相談を受けたことは、今までない。この手の話題が和也から上がって来るとは驚きだったが、そういう裏事情があったのか。と内心では動揺した。

 なんと言っても、恋愛関係には縁のない人生を送ってきた。和也に適切なアドバイスをしてやれる自信は、あまりない。


 こういう時、寅さんなら、何て言うだろう。

 甥っ子のみつおに対して恋の手ほどきをする寅さんは、やはり憧れの存在だ。

「おじさん、恋ってなんだろう?」寅さんに相談するみつお。

 すると、寅さんが「いいか、みつお。恋ってのはな・・・」と切り出す。

 みつおはしみじみと薫陶を受けることになる。

「おじさん、俺、目が覚めたよ」とか言って、青春が動き出す。

 恭一郎は、とりあえず話を整理してみた。


「和也、ところでお前の彼女は、主役の女子高生をやってくれた、あの娘か?」

「いや、あれは、仲村美穂さんといって、クラとお付き合いしている彼女」

「倉本君か。子供の頃一緒によく遊んだ。で、お前の彼女は?」

「西沢加恋さんといって、ラストシーンで、主役の女子高生の背中を押した、友達役の・・・」

「あああ、最後に映ってた、お友達役の。ヘアピンしていた娘な」

「え? 叔父さん。ヘアピンに気づいたの?」

 和也は一瞬、躊躇した。

「そりゃ気付くだろ。可愛かったぞ」

「そうなんだよ。ヘアピンには気付かないと、いかんよね」

 和也が肩を落とした。


「うん。なかなか清潔感のあるいい娘だった。お前も見る目がある」

 恭一郎は、改めて感心した。

「自分が東京に就職するとなると、彼女に寂しい思いをさせることになる。それが居たたまれないよ」

「彼女がそう言ったのか?」

「彼女がそんなこと言うはずないじゃん。全力で就活を支えてくれたんだよ」

「じゃあ、喜んでくれているんじゃないのか?」

「だから。喜んでくれているのとは裏腹に、寂しい思いをさせているんだって」

「じゃあ、東京、諦めるか?」

「そんなことしたら、かえって、彼女の気が引けるだろ。自分のために、夢を諦める事になったんだって」

 和也のイライラが募ってきた。地団駄を踏むような素振りになった。


「とにかく、彼女を置いて、さっさと東京に出て、やりたいことやって、あとは知らんぷり。なんて、男としてどうなんだって、思わない? 叔父さん」

「知らんぷりって、彼女と別れるつもりはないんだろ?」

「あるわけないじゃん。変なこと言わないでよ」

「じゃあ、それは、遠距離恋愛ってことじゃないのか?」

「はあ?」

 和也がフリーズした。


「よくある話だろ。遠距離恋愛。遠く離れていても、お互いの愛を育む。ってヤツだな。離れているからこそ、なおさら、愛おしくなる」

 恭一郎は、うんうん、と頷いた。


「ちょっと待って、叔父さん。あのね、冷静に考えてよ。東京から山口まで、高速バスでも片道12,000円かかるんだよ。往復で24,000円。週末ごとに、24,000円って、月4回で、10万近く掛かるんだよ。信じられないよ。ははは」

 和也は力なく笑った。


「和也。それは週末ごとに帰らなきゃ、いけないのか?」

「え?」

 和也は、またしてもフリーズした。


「いやいや。帰りたきゃ、帰ってもいいと思うぞ。でも、10万はきついだろ」

 恭一郎がそう言うと、和也は咳払いをひとつした。

「う、ううん。ま、そりゃ、隔週にしてもいいけど。――それでも、5万は掛かる。交通費に毎月5万掛かるなんて、コスパ悪すぎるでしょ」

 和也は、ふんっと、鼻の穴を膨らませた。

「そう言えば、前に、クラとそんな話をした事あったっけ」

 和也が顔をしかめた。

「なんて?」


「恋愛はコスパが悪い。って」


「ほお」

「ほんの数カ月前だったと思うけど、俺もクラも、そう言って、お互い納得しあった時期があったんだけど。それが、なんでこうなっちゃったんだ」

 和也は吐き捨てるように言った。

「確かに、金は掛かるわな。何事も」

 恭一郎は、腕組みをして、しみじみと言った。


 和也がキッと恭一郎に視線を送った。

「叔父さん。それでも俺はゲットに就職したい。プロの現場を見て、ますますそう思ったのは間違いない」

「うんうん」

「同期に嫌なヤツがいたけど、そんなのは問題じゃない」

「おお、そっか」

「映像制作の勉強をしながら、叔父さんの言う、シナリオセンターに通って、そっちの勉強もしたい」

「いいね。いいね」

「映画監督になるって夢を、本気で追いかけてみたい」

「いいと思うぞ」

「でも、レンちゃんに寂しい思いをさせるのも、ダメだ。そんなの男じゃない」

「その通り」

「この際、月5万の交通費ぐらいは目を瞑ろう」

「そうするか」

「いや待て! 奨学金の返済が始まると、そうも言ってられないか」

「ふむふむ」

「なんと言っても、うちは、家計が大変だから、少しはかあさんに、仕送りもしてあげたいし」

「立派な心掛けだ」

「それだけじゃない。妹達も、来年は五年生だ。すぐ中学生になる。そうなると、いろいろ出費が重なるだろうから、貯金もしなくちゃいけないし・・・」

「それも、あるか・・・」

「はああ、どうしたらいいんだよ」

 和也は、天を仰いだ。


「和也。俺はお前を見てて、つくづく思うよ」

 恭一郎がボソッと語った。

「なに?」


「恋愛はコスパが悪い。だから、いいんだよ」


 ――え?


 和也は、キョトンとした顔になって、恭一郎に向き直った。


 寂しい思いをしているのは、和也、お前の方だろ。

 たった一週間離れていただけで、この取り乱しようだ。こりゃ本当に月4回は帰ることになるかもしれないな。と恭一郎は思ったが、あえて口には出さなかった。

 それよりも、目の前の和也が、なんだか眩しく見えた。


 *   *   *


 翌日、和也は高速バスのチケットを見つめながら、考えた。

 東京発の高速バスに乗って、防府に着くのは約13時間後だ。

 長い旅路だ。

 和也はふと、新幹線が頭をよぎった。

 新幹線なら、約5時間で着く。料金は約20,000円だったと思う。痛い出費だ。

 でも、一刻も早く加恋に会いたい。


 待てよ。飛行機なら約90分で着く。

 とりあえず、飛行機の空席を調べてみた。空きがある。

 加恋に山口宇部空港まで、迎えに来られるか聞いた。

「今日は、お休みだからお迎えに行けるわ。飛行機で帰ってくるの?」

 と、LINEに返信があった。

「うん。今日は飛行機で帰るね」

 と、答えた。


 羽田空港に着いて、搭乗手続きをして、飛行機に飛び乗った。

 座席について、クレジット決済した飛行機の値段を確認した。

 55,000円。

「やっちまった・・・。」

 おまけに、購入済みの高速バスのチケットは無駄になってしまった。

 そのチケットをグシャグシャっと、握りつぶして、手の中に丸めた。

「どんだけ、金使ってるんだ。俺は・・・」

 と、丸めた手を額に当てて、嘆いた。


 *   *   *


 恭一郎は、陽子が送ってきたシナリオに目を通していた。

 今回は、橋本加寿子脚本賞を必ずとる。と息巻いていた力作だ。なかなか面白い青春モノに仕上がっていた。

 主人公の女子高生は、偉人の名言・格言をそこかしこで披露する。

 ある台詞のところで、恭一郎は目を見張った。


 女子高生が友達に向かって、こう言った。

「青年よ、大志を抱け『Boys, be ambitious』には、あまり知られてないけど、続きがあるらしいの」

「どんな風に?」

「『Boys, be ambitious like this old man』この老いぼれのように。って」

「この老いぼれのように?」

「うん。私も君たちには、まだまだ負けないぞ。お互い切磋琢磨しよう。ってことなんだって。カッコいいよね。クラーク博士って」


 そのセリフを目にして、恭一郎は、しばらく固まった。

「やられた。陽子ちゃん、このために、この設定にしたのか。参ったな!」

 恭一郎は鼻息を荒くして、呟いた。


 *   *   *


 山口宇部空港に着いた和也は、到着口を出て、加恋を探した。

 今日はやけに人が多い。どうしたんだろう。

「カズ君」と声がした。

 加恋が、人混みの向こうに立っていた。

「レンちゃん」と叫んで駆け寄って、力一杯抱きしめた。

「カズ君。苦しいよ」

「ごめん。ごめん。つい。ところで、どうしたの。こんなに人がいっぱいで?」

 和也があたりを見回して聞くと、

「うん。二階のロビーに、エヴァンゲリオンの初号機があるの。先週から設置されたみたい。だからだと思う。ほら」

 そう言って、加恋は手に持ったチラシを見せてくれた。


 宇部まちじゅうエヴァンゲリオン。

『宇部のまち、覚醒!』

 と、うたい文句が踊っている。


 宇部市は庵野監督の出身地なだけに、エヴァンゲリオン関連のイベントをよく開催する。今年も来月から春にかけて、大々的に展開するらしい。

 そのプレイベントとして、山口宇部空港に、エヴァ初号機の3メートルにもなる立像を設置していた。二階に上がってみると、初号機がデーンと構えている。

 紫色のボディーに、お馴染みの吊り目フェイス。両手を広げたポーズが決まっている。

「カッコいい。これは、凄い・・・宇部市は、これがあるから、いいなぁ」

 和也は目を見張った。

「ホント、カッコいいわね」

 加恋もそう言って、しばらく二人は立像の前で佇んだ。


「それにしてもカズ君。飛行機で帰って来るなんて、高くついたでしょ」

 加恋が思い出したように聞いた。

「え? ああ、それなりにね・・・」

 と、誤魔化して、手に持ったチラシに目を落とした。


 すると、エヴァの人気キャラ、和也も大好きなアスカがこっちを睨んでいた。

 和也の頭の中に、アスカの、あのセリフが響いた。


「あんた、バカ?」


 和也は、思わず笑い出した。

「ハハハハ。アスカに言われた。アスカに言われたよ。小室じゃなくて、アスカに言われた。嬉しいな」

「どうしたの?」

「うん。俺は、大バカもんなんだってさ。ハハハ」

「もう、わけわかんない」

「帰ろ。帰りながら、ゆっくり話すよ」

 そう言って、和也は加恋の手を握って、その場をあとにした。


 *   *   *


 恭一郎は、陽子にシナリオの感想を送った。

 第一稿としては、よく出来ていると思う。ただ、伏線の張り方に一工夫加えたらどうだろうか。と、一案を提示した。いい案だと思ったら、検討してみてください。


 それと、俺ももう一度、シナリオ書いてみようと思う。

 見事に陽子ちゃんに触発されたよ。ありがとう。

 そうLINEで送ったら、すぐさま、スタンプが帰ってきた。


 やったね!


 とパンダが、ピースをしていた。


 恭一郎は、とりあえずパソコンに向かった。

 なにを書こうか。

 今、書きたいと思えること。

 やっぱり、ありのままの自分かな。

 そう決めて、タイトルをキーボードで打ち込んだ。


『人生はコスパが悪い』



 完


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