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4◆孤児院を出て奉公?

 ◆オクト小国アリー孤児院を出て奉公



 ── 3歳の時にオクト小国の森から孤児院に保護され、恐らくこの異世界で最も平穏な生活をその孤児院で12歳になるまでデュリサは過ごした ──






 孤児院の子供たちは初めは、デュリサの瞳の異色の姿に驚いたが、彼女の静かで優しい性格を知ると、すぐに打ち解けた。彼女は誰に対しても分け隔てなく接し、困っている子がいればそっと手を差し伸べた。


「デュリサ姉、また本を読んでるの?」


 声をかけてきたのは、ラリイという、もうすぐ11歳になる少年だった。黄土色の髪に焦茶色の瞳、少しおっちょこちょいで、初めの頃はデュリサに突っかかってきたが、根はいい子だったようで、今では心優しく可愛い後輩に育っていた。


「うん。昨日、町の人が寄付してくれた本なの。面白いよ」


 デュリサは微笑みながらページをめくった。その本には、遠い国の騎士たちの物語が書かれていた。彼女は文字を読むのが驚くほど早く、1度読んだ内容は完璧に記憶できた。孤児院の先生たちも、彼女の学習能力の高さに驚嘆していた。


 彼女には誰にも話せない秘密がある。


 前世の記憶だ。


 銀野司という名の、プライベート・アクトレスと言う個人的な他人の為の依頼で演技のアルバイトをしながら、女探偵の仕事もしていたこと。成人を越えた年齢で、事件解決のために奔走していたこと。そして、何者かに襲われ、命を落としたこと。その記憶は、時折夢のように鮮明によみがえり、彼女に大人の視点を与えた。


 しかし前世の事を誰にも話すつもりはない。異世界では異端だとか、魔女だとか、悪魔が取り付いたとか、とにかく化け物の様に扱われ、誘拐されたり、実験されたり、搾取され、碌な扱いを受けないそうだと、周囲の人たちの情報から知ったから。


 《今日も平和だな》


 突然、深く穏やかで、どこか尊大な響きを持つ声。


(うん。とても穏やかな日だよ)


 デュリサはデュークロードに久方ぶりに返事をした気がした。彼は普段は静かにしているくせに、興味があることには、このように念話で話しかけてくる。


 《しかし、そろそろ動きがある。お主が12歳になる頃だな》


 デュリサはほんの少し眉をひそめた。デュークロードの言葉は、しばしば未来を示唆していた。彼女自身も、最近ぼんやりとした不安を感じていた。視界の端に、炎と剣の閃きがちらつくことがあった。






 *****






 12歳の誕生日を迎えた数週後、孤児院の院長がデュリサを呼んだ。


「デュリサ、君に良い知らせがある」


 院長は温かい笑顔を浮かべながら言った。


「王宮で下女として働く話が来たんだ。給料もきちんと出るし、住む場所も提供される。君は賢いから、きっとうまくやっていけるだろう」


 デュリサは一瞬、胸が締め付けられるような感覚を覚えた。孤児院を出る日が来るとはわかっていたが、いざその時が来ると、寂しさがこみ上げてきた。


「わかりました。お引き受けします」


 彼女は静かにうなずいた。






 *****






 出発の日、後輩の子供たちは泣きそうな顔で彼女の袖を引っ張った。


「デュリサ姉……もう行っちゃうの?」


「みんな……私がいなくなっても、今度はラリイがいるだろう? だから安心して私はここを離れられるんだ。かつてメイ姉がそうしてくれたように。そうやって受け継いでゆくんだよ。お前もなラリイ」


「……わかった……俺も頑張るよ。そしていつか二人の働く場所に行く」


「小さい弟妹達のこと、頼んだよ」


「デュリサ姉」


「姉貴」


「姐御」


「デュリサ姉、また会えるよね?」


(確約できないことはしたくないけど……ふむ)


「もちろんだよ。ラリイも後輩たちの事、頑張って面倒見ながら、ギルドに出入りする剣士や騎士たちに訓練の手解きしてもらってるんだろ? ラリイが諦めずにいれば、今度はメイ姉とも一緒に会えるようになるよ」


 彼女は代表としてラリイの頭を優しく撫で、孤児院の門を出た。


 デュリサはかつてメイと言う少女がされたのと同じように、今度は送る側でなく孤児院を離れる側として、後輩たちに見送られながら孤児院を出ることになったのだ。


 紹介された働き場所へ向かうため、ついでの用があるからと言う農家の小父さんの荷馬車に、藁と一緒に乗り込んだ。


「小父さん、ありがとう。今日はよろしくね」


「はは。いいっていいって。孤児院の子供達には、雑草取りや収穫の手伝いをしてもらってるからね。今回の藁も、君たちのおかげで天気が崩れる前に刈り取れて助かったってもんさ。さあ出発だ」


 農夫の掛け声で、荷馬車に繋がれたラバにとてもよく似た動物が、カポカポと歩き出した。


 そういえば……この農夫と取引している商人の伝手を頼って本当によかったな。


 悪意のある心を読み取れる能力があって良かったと。この時ほど心底感謝したことはないなと。


 デュリサは数日前、12歳を迎えて院長から紹介された求人について思いをはせた。


 何しろ、求人よりも前に来た貴族の伝手があると言う一見人の好さそうな商人は、何も知らない無垢な孤児院の子どもたちを奴隷として売るか、こき使うために使おうとしていたのが判ったから。


 メイ姉のときも、無難な商人の求人選んでよかったんだよな、きっと……






 *****






 小さな国なので、農家が周辺に多い孤児院から城下町まで半日でついた。


「本当にここでいいのかい?」


「うん。城下町は初めてだから、観光しながら行きたいんだ」


「そうかい。わかった。だがもし困ったことがあったら、あのギルドの模様が描いてある看板に相談に行くんだよ」


「はい。ありがとう小父さん」


 農夫の荷馬車が農業協同組合みたいな建物のある方向に去っていくと、デュリサは異世界で初めての賑やかで、人の多い城下町を見物していった。


(へええ。孤児院の近くにいた髪色の濃い人たちと違って、空色や橙や緑の髪の人までいる)


 《ん? そうか。ツカサの記憶が引き出せるようになってからは、初めてか》


(そうだよ。幼少時は、この世界に合わせるので精一杯だったから。髪色が黒や茶色以外の人がいるのを見ると、本当に異世界なんだって実感するね。あっ……)


 《どうした?》


(食べ物を焼く道具や、作ってる飾りとか見ると、文化的にはまだまだみたいなんだけどね。前世で見たことのある食べ物に近い物を見つけたから。びっくりさせちゃったかな、ゴメン。


 でも記憶の中で見たのと近い食べ物見ると、もしかして自分みたいな前世の記憶持ちか、転移者でもいたのかな?)


 《なるほど。確かにツカサだったという前世の記憶からは、作り方も判らん変な道具も多いな》


(まあ、そういうなよ。本当に便利で……でもまあ、楽しすぎっちゃあ、元も子もないんだけどね)






 そうこうしている内に、城門までついたようだ。 


「何か用か」


「はい。アリー孤児院から来た、デュリサです。求人にあった紹介状を持ってます。それと、手数料です」


「ふむ……話は聞いている。世話役の女官を呼んでくるから暫し待て」


 中には意地悪をして紹介状を失くす門番がいたり、手数料を値上げする人もいるらしいけど、今回の人はましなようだったな。手数料を遠慮する当たりではなかったけど、言い出される前に心を読んで、用意しておいてよかった。


 手数料になったお金は、孤児院の近所に住む大人たちの手伝いをした駄賃や、孤児院で作った木彫りや刺繍を売って作ったお金の一部だ。他は孤児院みんなのために残したから。


 誰何をした二人の門番の内、1人が城壁の木戸の中に入っていく。






 王宮内の見張りの兵士が案内して入れてくれたのは、立派な門からではなく、裏口の粗末な木戸から。 城の門をくぐった瞬間、明るい声が響いた。


「ようこそ! 私が下女たちの世話をする……」


 王宮の裏庭で、門番に呼ばれて一緒に出迎えた女官は、デュリサがとても良く知る懐かしい先輩であり、姉の様に慕っていた女性だったのだから。


「デュリサ!」


 メイ ―― 孤児院で一緒に育った、6歳年上の先輩だ。彼女も12歳で孤児院を出て、王宮で働き始めていた。その時はまだ下女だったが、今では見事に女官に出世していた。


「メイ姉……」


 デュリサの顔に自然と笑みが広がった。メイは少し背が伸び、少女から若い女性へと成長していた。整った顔立ちに、きりりとした目元、王宮の女官としてふさわしい品のある佇まいである。


「本当に大きくなったわね! でも、相変わらず可愛いらしい」


 メイはデュリサの手を握り、じっと彼女の顔を見つめた。


「あなたが孤児院に来た時から、子供のくせに大人と同じことをやろうとして。本当に心配で目が離せない、可愛い後輩だったのだからね」


 その言葉に、デュリサは少し照れくさそうにうつむいた。メイはいつもこうして、妹のように彼女を気にかけてくれていた。


「実はね、デュリサ」


 メイの声が真剣な響きを帯びた。


「王宮の働き口を紹介したのは私なの。あなたみたいに綺麗で可愛い子が、ろくでもない娼館や奴隷商人の手に渡らないように。ここなら、少なくとも安全に働けるから」


 デュリサは胸が熱くなった。メイの気遣いが、ありがたくてたまらなかった。


(相変わらず、世話好きな、先輩おねえさんだな)


 彼女は心の中でそう思った。


「でも本当によかった。孤児院からの求人が届いたから、そろそろあなたの番じゃないかと思ってたし。下女の仕事は大変だけど、デュリサならすぐ覚えられるわね」


 王宮は、オクトの首都の中心にそびえる、白亜の美しい城だった。規模は大きくないが、繊細な彫刻が施された壁や、色とりどりの花が咲き乱れる庭園が、この国の穏やかな豊かさを物語っていた。


「院長先生から、先輩からの伝手が合って良かったねと言われたけど、まさかメイ姉のおかげだったとは」


「私もよ。孤児院出で、こんなに長く働けると思わなかったけど、頑張ってきたかいがあったわ」


「メイ姉は真面目だし、見てる人にはちゃんとわかるんだよ」


 平民出だが、女官長らしい人が、メイとデュリサのやりとりを別の通路から眩しそうに微笑んで見ていたから。デュリサには、メイの人柄のおかげで今の地位と場所にいるのだとすぐに理解した。


「いい働き口を紹介してくれてありがとうございます、メイ姉。一生懸命働きます」


「そうこなくちゃ」


 メイは満足そうに頷き、デュリサを城内に案内した。






 王宮の下女としての日々は、デュリサにとって驚くほど平穏だが、想像以上に忙しかった。


 朝はまだうす暗い夜明け前に起き、厨房で野菜を洗い、大理石の床を磨き、暖炉の灰を掃き、洗濯物を運んだ。他の下女たちは年上の女性ばかりで、初めは銀髪異色瞳のデュリサを好奇の目で見たが、彼女が真面目に黙々と働く姿を見て、次第に打ち解けていった。


 かつてのデューク天龍国の末姫としての生活とは隔世の感があったが、彼女はむしろこの単調な労働に安らぎを見出していた。身体を動かしている間、頭の中を駆け巡る前世の記憶や、時折閃く未来の断片から少しでも逃れられる気がしたからだ。


 彼女の能力は、この環境でも静かに発揮された。


 重い洗濯物の籠を運ぼうとすると、風がそっと彼女を後押しした。高いところの埃を払おうとすると、小さな精霊がほこりを集めてくれた。厨房で包丁を使っていると、1度見ただけで料理人の動きを完璧に再現できた。


 《自然がお主を愛し祝福している》


 デュリサが庭の掃除をしていると、デュークロードが念話を送ってきた。


(あは。デュークロードと一緒になったおかげで、色々手伝ってもらえるのは有難いね)


 《ううむ……しかし自分の時は強制的に従わせているようなものだったからな。お主のこれは特別なことだぞ。精霊王を含む万物が無条件で力を貸す者など、我も他に知らない》


(え? そうだったの? いまさらだよそれ)


 《聖域では癒すために集中していたからな。聖域からこの地への移動の際も、どちらかというとお主の異世界への物珍しさの方に気をとられておったし。孤児院では、あの毒物事件の時にしか使わなかったからな》


 デュリサは答えず、黙々と落ち葉を掃いた。彼女はこの力を、前世の記憶と同じく、秘密にしておく必要があると感じた。






 *****


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