表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/31

21話 杖への評価

 日差しが力を増した夏――。

 ミカエルが待ちに待った、体験学習の日がやってくる。

 この日に向けて、二年生は海に関するレクチャーを受けた。

 潮や波の動き、生息する生きもの、海中での危険性、そして現れるかもしれない魔物について。


 一年生のときとは違って、ある程度の魔法がつかえるまで、二年生は特訓を重ねてきた。

 海での体験学習では、参加するだけの野外活動とは違って、レポートの提出が求められている。

 自らテーマを設け、それについて実地で調査し、検証結果をまとめるのだ。


「待ち遠しいなあ!」

「いよいよですね」


 ミカエルと、その隣に陣取るリリナが、肩を並べて見ているのは鉄道車両だ。

 駅までは、魔法学園の大型馬車で来たが、ここから海へは列車で向かう。

 古都子も晴臣も、この世界の列車は初めてだ。

 

「思っていたより大きいね。私がお世話になった、ホランティ伯爵の経営する温泉がある村にも、鉄道が繋がっているんだって」

「いつかその温泉、行ってみたいな」


 ふたりは列車に乗り込むと並んで座る。

 向かいには、ソフィアとエッラが座った。

 車窓から窺えるホームには、まだ乗り込んでいない生徒の姿がちらほら見える。

 列車が動き出すまで、今しばらくかかりそうだ。


「この旅客列車は、伯父が開発したのです。それまではもう少し、車体が小さくて速度も遅かったんですよ」

「ソフィアさまの伯父というと、国王陛下のお兄さんですか?」

「ええ、アンテロ伯父さまと父とユリウス先生は、三人兄弟なのです」


 三人兄弟のうち、国王になったのは次男ということか。

 こんな列車を開発してしまうのだから、長男はよほどの研究者気質なのかもしれない。

 そう言えば、古都子はホランティ伯爵から、将来は研究者になるのをすすめられた。

 卒業後、近衛騎士になるだろう晴臣と同じく、自分も王城で働きたいと相談したら、それならば研究職があると教えてくれたのだ。

 古都子がそんなことを考えていると、ソフィアが付け加える。


「アンテロ伯父さまは、ちょっと変わっているのです。とても優秀な方なのですが、情緒面が……」


 そこで発車を知らせるベルが鳴った。

 出発するとソフィアが窓の外へ視線を移したので、古都子も晴臣と一緒に流れる景色を見る。

 もしも日本で高校生をしていたら、こうしてふたりで電車通学なんて場面もあったかもしれない。


(だけど晴くんは頭もいいから、別々の高校になっていたかもしれないな)


 ちらりと横目で晴臣の表情を盗み見る。

 今年で17歳になる晴臣は、ますます背が伸びて男らしくなった。

 

(顔も精悍になって、困るくらいモテるのかと思ったら、こっちの世界ではそうでもないのよね)


 それはこの世界に、身分制度があるからだろう。

 魔法学園に通う令息令嬢は、家のために、できるだけ利がある相手と縁を結ぼうとする。

 古都子や晴臣のように、地位も権力も持たない異世界人は対象外なのだ。

 日本では晴臣に熱を上げていたリリナでさえ、子爵令嬢となった今ではミカエルを追いかけている。


(あからさまだけど、おかげで私は助かってる)


 シャラ、と晴臣から贈られたブレスレットを撫でる。

 細い白金の鎖には、小さなうさぎのモチーフがぶら下がる。

 遠い昔の誕生日に贈られた、うさぎのぬいぐるみを古都子は思い出していた。

 晴臣がこれをどんな顔で買ったのか、想像したら胸がときめく。


(こんなに可愛い装飾品、選ぶのも買うのも、恥ずかしかったよね。それを、私のために……)


 ブレスレットに落としていた視線を持ち上げて、再び晴臣の顔を見る。

 すると丁度、晴臣は古都子を見ていて、ばっちりと視線がかち合ってしまった。


「な、なあに?」

「それ、気に入ってくれたみたいで、良かった」


 ちょっとだけ口角を持ち上げて笑う晴臣に、古都子の心臓はぎゅうと鷲掴みされる。

 こちらの世界で晴臣と再会してから、笑顔への遭遇率が高い。

 

(もう駄目……好き過ぎて……)


「やっぱり、ハルオミからの贈り物だったのね。髪飾りといい、ブレスレットといい、コトコに似合うものを、よく知っているわ」


 にこにこ笑うソフィアの言葉に、晴臣が頷いていた。

 古都子に似合う、の部分に反応したのだろう。


「そう言えば、ミカエルさまがリリナさんに、何か贈り物をしていましたよね? あれも宝飾品だったんでしょうか?」


 贈り物と聞いて、エッラが思い出したように話題を持ち出す。

 答えるのはソフィアだ。

 

「あれはね、私も疑問だったのだけど――杖らしいわよ」

「杖? リリナさんは足が悪いんですか?」

「そういう杖じゃないのよ。指揮棒と言えば伝わるかしら?」

 

 これくらいの、とソフィアが両手で長さを示す。

 杖と聞いて、古都子も思い出した。

 リリナが要求した杖を作るために、ハーカナ子爵がサイッコネン村の銀山で無茶をしたことを。

 

「泉さんは以前から、なぜか杖に、こだわりがあるようです」

「コトコ、杖を知ってるの? あれ、何に使うのかしら?」


 ソフィアはしきりに首を傾げている。

 この世界の人には、意味不明だろうが、古都子には分かる。


「私たちのいた世界では、魔法をつかうときには杖を振り、呪文を詠唱をするのが一般的でした」

「でも、コトコの世界に魔法はないのよね?」

「ないんですが、なぜか魔法という概念はあったんですよ」


 古都子は、日本人なら誰もが知るだろう魔法使いキャラを模して、杖を振り詠唱をする真似事をしてみせた。

 晴臣が「ん」と言っていたので、それなりに似ていたのだろう。

 ソフィアとエッラは、ぽかんとして古都子を眺めている。


「なんだか不思議というか……」

「滑稽ですね!」


 オブラートに包んだソフィアと違い、エッラはずばり表現する。

 本当に魔法がある世界で、本当に魔法をつかっている人にとって、それは正しい認識なのだろう。

 エッラは興味津々で古都子に質問する。

 

「杖がなかったり、詠唱ができなかったりしたら、どうなるの?」

「魔法が発動しなくて、すごく困る状況になるの」

「はあ……まったく理解できないわ。コトコの世界の魔法の杖は、騎士にとっての剣のようなものかと思ったけど、騎士は剣がなくても拳で戦えるからね」


 エッラらしい脳筋な例えを出す。

 

「泉さんは異世界人が魔法をつかうには、杖が必須と考えていたのだと思います」

「だけどリリナさんも、魔法学園へ入学して、そうじゃないと学んだはずよね?」


 それなのにミカエルに杖をねだったの? とソフィアは疑問符を浮かべる。

 同じ異世界人の古都子も、その答えは持ち合わせていなかった。

 

 ◇◆◇


 そんな古都子たちの席から、かなり離れた場所に、ミカエルとリリナとオラヴィは座っていた。

 ミカエルは車窓にへばりつき、今か今かと海が見えるのを待っている。

 その横顔へ、リリナが話しかけた。


「ミカエルさま、素敵なプレゼントをありがとうございます。私、この杖を大事にしますね」


 リリナが手のひらの上で押し戴いているのは、金色をした細い杖だ。

 持ち手には小さな真珠もつけられている。

 

「海の話をたくさん聞かせてくれたお礼だよ! 妙な形の宝飾品だけど、リリナの要望と合ってた?」

「ええ、こういう形のものが欲しかったんです」

 

 それからミカエルは、リリナに興味をなくしたように、また車窓から外を眺める。


 正直リリナは焦っていた。

 体験学習の日が近づくにつれて、ミカエルの関心がリリナから薄れていくのを、肌で感じていたからだ。

 こうして目に見えるプレゼントを強請ったのも、これをリリナが持ち歩く限りは、周囲への牽制になると思ったからだ。

 だが、もう一押し、ふたりの仲を決定づける何かが欲しい。

 今のままでは、リリナが婚約者に指名されるかもしれないという噂が、噂で終わってしまう。


「ミカエルさまはもう、レポートのテーマはお決めになりました? 私はこの杖をつかうことで、魔法の命中率を上げられないか、検証しようと思っているのです」

「へ~!」


 ミカエルの視線は、窓の外へ向いたままだ。

 

「ですが、私の魔法は水属性。海の魔物とは相性がよくありません。それで……できたら雷属性のミカエルさまと一緒に――」

「わあ! 見えた、海が見えたよ!」


 リリナが話している最中だったが、ミカエルが歓声を上げた。

 同じく列車の中では、海が見えたという声があちこちの生徒間から聞こえる。

 遠くにキラキラと輝く海面が現れたと思ったら、列車の速度に合わせて、その面積がどんどん増える。


「あ~、ついに来たんだ、海へ!」


 感動して涙まで流しているミカエルの隣では、リリナが無視をされた屈辱に打ち震えていた。

 それを正面の席からオラヴィが冷静に観察する。

 

「そうだ、砂浜でコトコの土魔法を見せてもらえるか、聞きに行かないと!」


 それまで座っていた席から立ち上がり、ミカエルは古都子たちの席へと移動する。

 それに合わせてオラヴィも動いたのだが、残されたリリナが毒づいた台詞を聞き逃さなかった。

 

「あの女、どこまで私の邪魔をするのよっ」


(これはソフィア殿下が言うように、あざといだけの令嬢ではないな)


 リリナの憎しみに歪む表情を見て、オラヴィはそう判断した。

 そして古都子をしっかり護るように、晴臣へ言付けようと思うのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ