サンドロの人物画
「ミオ、きみはもういいよ」
「ちょっと待ってくださいよ、リベリオさん。もういいって、そんな突き放すようなことを……」
「どうせミシェルとパオロのことも気がついていないんだろう?」
「ミシェルとパオロさん?まさか、お二人も逢瀬をする仲ってことなのですか?」
昨夜から今朝にかけて、衝撃的なことばかりが起っている。
「ついでに言っておくけど、クロエとサンドロ、セリアとイレールのことも気がついていないよな?」
「リベリオさん。ちょちょちょちょっと、な、なんですか、それ?みんな逢瀬、なのですか?信じられない。まったくそうとわからせないなんて……。それに、いいのですか?職場内でってことですよね?仕事に差し支えが出たらどうするのです?でもまぁ、そういうのは自由ですよね。それにしても、よくみなさん逢瀬なんて出来ますよね?まるで小説じゃないですか?ああいうストーリーは、きまってくっついてハッピーエンドですから、あまり好きじゃないのです」
みんながジトーッとした目つきでわたしを見ているけど、わたし、何かまずいことを言っているの?
それにしても、みんな、いつの間にそんな関係になれるのかしら?
それなのに、わたしにはまったくそんなチャンスがないじゃない。
ちょっとだけ、複雑な気分だわ。
「エドモンド、後悔していないか?いつでもかわるぞ」
皇太子殿下がエドモンドにささやいた。
「左右のバランスがとれるように、つぎは右半面に拳を食らわしますよ」
エドモンドが皇太子殿下にささやき返した。
お気の毒だわ。皇太子殿下はシュンとしている。
控えめに扉がノックされた。
皇太子殿下が入室を許可すると、扉が開いてサンドロがおずおずと入って来た。
「ベルトランド様、お取込み中失礼いたします」
「打ち合わせはちょうど終わったところだ。どうした?」
「たったいま戻ってまいりました。今回は、鉛筆だけ使っていろいろ描いてみました。ぜひとも、ベルトランド様にご覧いただきたく」
「そうか。楽しみだ。出発するまえに、みんなで見させてもらおう」
皇太子殿下は、サンドロが差し出したスケッチブックを受けとりながら言った。
それから、みんなで玄関前に移動した。
すでにオレステたち近衛隊の兵士たちとアマンダたち、それからロゼッタとミシェルと侍女たちが待っている。
皇太子殿下の周りに集まり、さっそくサンドロのスケッチブックを見させてもらった。
「わたしは風景画が専門で、人や動物はあまり描いたことがなかったのです。ですが、今回は人物画に挑戦してみました」
サンドロの説明の後、皇太子殿下がスケッチブックを開けた。
そこには、みんなの姿がいきいきと描かれている。一枚一枚、まるで生きているかのようである。生命力にあふれていて表情豊かなみんなを見ていると、サンドロの風景画同様感動して涙が出そうになる。
みんなもそれは同じで、ときおりうめき声とかうなり声はきこえてくるけど、言葉もなく見つめている。
サンドロは、いつの間に見ていたのだろう。
リベリオとロゼッタが、ボートに乗っている。二人ともケンカばかりしていたのに、ボートの二人は笑顔で会話をしている。
ロゼッタが何かを言い、リベリオがそれに対して冗談を返した、そんな雰囲気である。
リベリオの冗談が可笑しくて可笑しくて、つい笑ってしまった。
ロゼッタは、とてもいい表情をしている。
湖の畔を歩いているオレステと三人の近衛兵たち。オレステが冗談を言ったらしい。三人が笑っている。面白いのは、三人ともオレステの冗談をあまり面白くもないのにお愛想で笑っている、そんな表情をしているところである。
これには、オレステも苦笑するしかない。そんな感じに違いないわね。
モレノとアマンダもまた、ボートに乗っている。
やはり、二人とも笑っている。モレノはオールから手をはなし、両手で円形をつくっている。
わたしにはわかる。
モレノは、ポットパイの大きさを示しているのである。その美味しさをアマンダに伝え、アマンダは自分の故郷のポットパイの大きさや美味しさをモレノに語っている。
そんな雰囲気である。
ミシェルとパオロもまたボートに乗っている。
はじめてボートを漕ぐパオロの表情は真剣で、彼らしく慎重に漕いでいるのがわかる。ミシェルはその向かい側で、湖の周囲の景色や状況を語っているのでしょう。
ミシェルは、嘆息するくらい美しい。何より、笑顔がキラキラしている。
彼女の笑顔は、病弱にはまったく見えないほど生気に溢れている。




