あの二人が限界に近づいている、という件
体裁を整えつつ、頭の中を整理しようとした。
まずは、お父様やお兄さまやお姉様たちが無事なこと。わたしにとって、これは何にもかえられない朗報だわ。
それから、お父様たちがわたしの無事をご存知なこと。これは、二番目の朗報ね。
それから……。
「それと、あなたが王女殿下であると知っているのは……」
「まさか、みんな知っているんですか?」
だとしたら、みんな人が悪すぎる。
わたし一人で思い悩み、罪悪感に苛まれ、常にヒヤヒヤどきどきしていたことになる。
それってなんだかビミョーだし、バカみたいじゃないかしら。
「いまのところは、わたしだけです」
「よかったわ」
「ちっともよくありませんよ。わたしはあなたの正体を知りながら、報告をしないでいるのです。これ以上にないほどの軍紀違反です。それだけではありません。ベルトランド様までごまかしているのです。これはもう、わたしだけへの処罰にとどまらずアントーニ家がとり潰されてもおかしくありません」
「そんな……。じゃあ、わたしに脅されたとことにすれば?」
「あなたが脅す?そんなバレバレな言い訳は通用しませんよ」
それは、たしかにそうよね。
わたしのせいでリベリオだけでなくアントーニ侯爵家が処罰されたら、謝罪するだけではすまなくなってしまう。
「まぁ、そこはいいです。いざとなったら勘当でもしてもらい、わたしとは縁をきってもらえばいいのです。軍も辞めてソルダーニ皇国から出て行けば、アントーニ家にお咎めはないかもしれません。あるいは、捕まって罪をつぐなうか、です」
「でも、それではあなたが……。だったら、いっそのこと隠し通しては?二人だけの秘密にするんです」
「ムリです。あなたもそれがムリなことは承知なされていますよね?それに、あなただってタルキ国に戻り、国王陛下や王子殿下たちと再会されたいでしょう」
たしかにそうだわ。
お父様たちが無事だと、元気にしていらっしゃると知った途端、すぐにでも会いたいという気持ちでいっぱいになっている。。その思いがふつふつとわいてきている。
だったらいっそのこと、「ちょっと里帰りしてきまーす」と休暇をもらうとか?
いったんタルキ国に戻ってお父様たちとしばらくすごした後、ミオ・マッケイとしてすました顔をして戻って来て、ここでまたこれまでと同じようにすごすのよ。
「それもダメです」
彼は、わたしが何も言っていないのに否定してきた。
「どうせ故郷に戻ってくると言って休暇をもらい、何食わぬ顔で戻ってくるつもりなんでしょう?」
「リベリオさん、どうしてわかったんですか?もしかして、他人の心をのぞけるスキルを持っているとか?」
「そんなわけはありませんよ。あなたとはそこそこに付き合っていますから、っていう以前に、あなたは単純ですから、かんがえていることが手に取るようにわかるのです」
「さすがは、エドモンド様の参謀ですよね」
「だから、こういうことは参謀なんて関係ありませんよ。だまっているのもこれ以上はムリがあります。そろそろ、あの二人が限界に近づいていますので」
「あの二人が限界に近づいてって、どういう意味ですか?」
「王女殿下、本当に気がついていないのですか?本当の本当に?まったく?ちょっとでも?」
彼は長椅子に座るわたしの前に立ち、拳を振り回した。
その激しさと真剣さに、さすがのわたしもちゃんとかんがえなくては、といろいろ思い返してみた。
まず、あの二人というのは、おそらく皇太子殿下とエドモンドのことね。そこは、間違いないと思う。
じゃあ皇太子殿下とエドモンドだとして、二人が限界に近づいているというのは?
いったい何が限界なの?
その限界の何かについて、わたしが気がついていなきゃならないのよね?
ダメだわ。まったくわからない。全然思いつかない。
「やはり、ダメです。わかりません。とりあえず、あの二人というのはベルトランド様とエドモンド様、ですよね?」
リベリオの顔色をうかがいながら尋ねてみた。
彼のメガネの奥にある目に変化がなかったので、ここまでは合っていると判断した。
「それ以上のことは……。ぼく、じゃなくってわたしは、何か気がついていないといけないのでしょうか?まったくわからないのですけど」
「はああああああ……」
彼は、大きくて深ーい溜息をついた。
長椅子に置いてあるクッションのフサフサの毛が、その溜息で揺れた。
「王女殿下、あなたは本当に……」
「リベリオさん。お願いですからこれまでと同じように接してもらえませんか?急に王女殿下と呼ばれたり、敬語を使われてもピンと来ないのです」
「そういうわけには……」
彼は、わたしのお願いに反論しかけて諦めたみたい。
彼は両肩をすくめてから、また口を開いた。




