ロゼッタの謝罪
「ベルトランド様、わかりました。あなたの覚悟のほど、しっかり胸に刻みこみました。無礼なことを申し上げました。申し訳ございません」
ややあってリベリオが謝罪した。
先程までとは違い、その声音にとげとげしさはない。
「ミオ、行くわよ」
そのとき、ロゼッタにまた腕をひっぱられた。
ロゼッタと二人して木と茂みの間をこそこそ移動しているときである。
「リベリオ」
皇太子殿下の声がふたたびきこえてきた。
「エドモンドのことをそこまで想っていてくれて、ありがとう」
皇太子殿下の感謝の言葉である。
だけど、リベリオの返答はきこえなかった。
それにしても、皇太子殿下とエドモンドがそこまで想い入れしている馬って、どんな馬なのかしら?
皇都に戻ったら、師匠にきいてみよう。
もしかしたら、師匠なら何か知っているかもしれない。
わたしが馬に思いをはせている間でも、ロゼッタは無言のままわたしの腕をひっぱっている。
玄関の豪華な扉を開けると中に滑り込み、わたしが同じように中に入ってから彼女はそれをそっと閉め、鍵をかけた。
扉の左右に小さな窓があり、そこから月明かりが射し込んでいる。そのささやかな光でも、彼女の目から涙が落ちていることがわかる。
「えっと……」
何か言わなければならない。そのような気がしてならない。
彼女たちの姿を見て追いかけてから、時間にすればそんなに経っていないと思う。そんなわずかな時間なのに、あまりにも多くのことが起りすぎた。
頭の中で混乱しているし、理解出来てもいない。つまり、頭の中に入って来た情報はまったくまとまっていない。
「その……、盗み見て申し訳ありませんでした。あの……、こんなことを言うのは変かもしれませんけど、とても素敵でした。まるで小説に出てくる傲慢なご令嬢と罪を犯して追放された貴族の、けっして結ばれることのない別れのシーンの口づけみたいで……」
正直を言うと、恋愛小説は好きではない。
だって、題名を見ただけでストーリーがわかるし、だいたいの小説が同じようなストーリーなんですもの。
みんなが好むのが悲劇の恋だから、ワンパターンになっても仕方がないのかもしれないけど。
ウジウジ思い悩んで結局バッドエンドだなんて、わたしの性には合わないわ。
「ミオ、あなた……」
ロゼッタは、さりげなく目尻にたまっている涙を指先で拭うと何かを言いかけた。
つぎはどんな罵倒をされるのかと覚悟をしたけど、彼女は口を閉じてしまった。
そのかわり、長く大きな溜息をついた。
「もういいわ。なんだか、言うのがバカバカしくなってきたから」
彼女は、わたしとしっかり視線を合わせてから両肩をすくめた。
「バカバカしいって……。ロゼッタ様は、ほんとうは皇太子殿下と小説みたいなことをされたいんですよね?だったら、やはりリベリオさんとは……」
「おい」
彼女に意識を集中していたので、すぐうしろにリベリオが近づいてきていることに気がつかなかった。
「ひどいな。そこの玄関の鍵を閉めて、ベルトランド様とわたしを締めだすつもりだったのか?それ以前に、きみたちはまだこんなところにいるのか?」
「ごめんなさい。わざとじゃないわ」
「裏口が開いていてよかった。だが、物騒だな」
「ここは皇都とちがうわ。あなたの別荘でもそうしているはずよ」
「もう夜も遅い。ロゼッタ……」
「わかっています。もう寝るわ」
「じゃあ、部屋まで送ります」
「ミオ、いいわよもう」
せっかく送ろうとしたけど、ロゼッタに断られてしまった。
彼女は、二階へと通じる階段を二、三段のぼったところで足を止めた。
そして、美しい顔をこちらに向けた。
「ミオ、その……。リベリオが謝罪しておけと言うから、謝っておくわ。厩舎であなたをぶったこと、悪かったと思っている。それと、馬にもひどいことをしてしまったわ。ごめんなさい。それから、この前の馬の勝負、あなたも馬もカッコよかった」
彼女はぶっきらぼうに言うと、わたしがまだ彼女の言葉を咀嚼するまでに、階段をのぼっていってしまった。
かぎりなく高飛車な言い方だったけど、彼女の気持ちは充分伝わった。
「狂戦士」との競馬勝負のことである。
彼女がぶとうとしたバルドと、それをかばってぶたれたわたし。
バルドとともにカッコいいと言ってくれた。
それはそれでうれしいものね。




