二つの人影
喉が乾く。
ぼーっとする視線先にあるのは、天蓋かしら?ということは、カルデローネ家の客間?
えっと……。
起き上がってみた。喉が乾くくらいで、あとはなんともない。
室内を見渡すと、少しだけ開いているカーテンの隙間から月光が射しこんでいる。
まだ少しだけぼーっとしている頭で、状況を把握しようと試みてみた。
たしかリベリオの別荘でポットパイを食べて、それから果実酒をご馳走になって、みんなの会話をきくともなしにきいていた気がするんだけど……。
もしかして、その間に眠ってしまった?
ということは、果実酒を飲んで酔ってしまったというわけ?
じゃあ、どうしてわたしはカルデローネ家の客間に眠っているのかしら?
だれかに召喚でもされた?
そんなわけ、ないわよね。
じゃあ、だれかが運んでくれたわけで……。
ふと、あたたかみを感じたことを思い出した。とっても安心出来るあたたかみだった。
やだ、まさか皇太子殿下かエドモンドが運んでくれたの?
運んでくれたのだとしたら、すごく迷惑をかけたことになる。
それに、イビキとか寝言とか歯ぎしりとかしていたんじゃないかしら?
寝台の上で上半身を起こし、その事実に思いいたっていっきに気が滅入ってしまった。
気が重い。
とりあえず、喉の渇きを潤すことにした。
それから、じっくりかんがえよう。
円形のテーブルの上にピッチャーがあり、そこにちゃんと水が入っている。
コップに注ぎ、いっきに飲みほした。
この別荘の近くに清水があり、ピッチャーに入っている水はその清水らしい。
すごく美味しい。とくにいまは、これまで以上に美味しく感じられる。
さらにもう一杯コップに注ぎ、それを片手に窓に近寄ってそこからのぞいてみた。
気のせいかしら?
話し声がきこえたような気がする。
窓を開け、耳をすませてみた。
たしかに、話し声がきこえてくる。
今度は、目を凝らしてみた。
月明かりの下、門の方に人影がちらついている。
何時頃かわからないけど、月の位置からかんがえて深夜であることは間違いない。
こんな時間に、いったいだれかしら?
ぼーっとしている頭を振り、手で頬を叩いてみた。
それから、そっと部屋を抜けだした。
もちろん、門の方へ向かう為である。
月明かりが明るいくらい。
柑橘系の木の間をぬうようにして、声のする方へそっと近づいてみた。
なぜかわからないけど、こっそりひっそりしてしまう。
どうやら、人影は口論をしている感じである。
ついに人影を捕えた。二つある。と思った瞬間、その二つの人影は門の外に出てしまった。
だけど、門のすぐ近くで立ち止まったらしい。
くぐもった声が、心地よい夜風にのって流れてくる。
「だから言っただろう?急に動くからだ。だいたい、酒に弱いくせに飲むからそんなことになるんだ」
「うるさいわね、この野蛮人。そもそも、だれのせいだと思っているの?」
「まさかわたしのせいだというのか、ロゼッタ?」
「そうよ。何もかもあなたのせいよ、野蛮人」
「野蛮人はやめろ」
ロゼッタとリベリオだわ。
気配を消し、音をさせずに門に近づいた。
「野蛮人は野蛮人よ」
「くそっ!きみはいったい、わたしにどうしろというんだ?」
「そのままそっくりお返しするわ、野蛮人」
どうしよう。激しく言い争いをしているじゃない。
止めた方がいいの?仲裁した方がいいのかしら?
でも、わたしにそんなことが出来るかしら?
幼馴染どうしのケンカの仲裁って、やったことがないんですけど。
「ミシェルに言われたよ。きみとわたしに勇気がないだけだ、と。その通りだと思う。すまない、ロゼッタ」
「リベリオ……」
「わたしはしょせん次男だ。どうにでもなる。だが、きみは長女だ。カルデローネ家に子息はいない。カルデローネ家を守るためには、必然的にきみが犠牲になるしかない。ミシェルも病弱だからな。あらゆる重圧と軋轢と葛藤の中できみがもがき苦しんでいるとき、わたしはきみに寄り添う勇気がなかった。きみをそれらから守ることが出来なかった」
「そうよ、リベリオ。あなたのせいよ。言葉など必要ない。何も必要ないの。ただ側にいてくれるだけでよかったの。すぐ横にいてくれるだけでよかったのに……」
い、いったい、なんなの?
まるで小説のワンシーンみたいだわ。
貴族の悲恋、みたいな?そういうあるあるの展開みたい。
二人の思いもよらない会話の内容に衝撃を受け、クラクラしてしまった。
ロゼッタのすすり泣きだけが、先程と同じように夜風にのって流れてくる。
だけど、急に静かになった。唐突にすすり泣く声が止んだ。
どうしたの?まさか、ロゼッタが倒れてしまったとか?
門にすがりつくようにし、そこから頭だけ出して様子をうかがってみた。




