馬のお次はボート勝負
「ああ、ブノワやカミーユの賭け事とは違うから大丈夫。そうだなぁ……。夕食の一品、ずばりポットパイを賭けるというのはどうだい?」
「ええ?噂の絶品ポットパイですよね?それだったら、まだ金貨や銅貨の方がいいかも」
「それはダメだ。金貨や銅貨を賭けることはまずい。ミオ、自信がないんだったら……」
「モレノさん、やります。そこまで言われて逃げるのは、男として情けないですからね」
自分で言いながら、「んんんんんっ?男として情けないって何か違わない?」って思ってしまった。
だけど、一応いまは男だし、間違ってはいないわよね。
「ミオ、よくぞ言った。決まりだ。はははっ!ポッドパイ、楽しみだな」
モレノが顔を輝かせた。
モレノ、いったいなんなの?自信満々じゃない。
最高に美味しいっていうドナのポットパイを、わたしの分まで食べる気満々だわ。
モレノにしてやられた感がある。
これは、ぜったいに負けられない。
「あの、真っ裸事件ってなんですか?」
ぜったいに勝つって自分に言いきかせていたので、アマンダの質問をきき逃すところだった。
「ああ、ミオがベルトランド様の書類をエドモンド様に届けるために官舎にきたことがあったんだ。その際、部下の二人が悪ふざけをしあっていてね。彼らが風呂に入った後、一人がもう一人のパンツを盗んで廊下に飛びだしたのを、盗まれた方が追いかけたんだ。パンツを盗まれたのだから、当然真っ裸でね。そこに、タイミング悪くミオが遭遇してしまった。彼は、悲鳴を何度も上げてね。それはもう大変な騒ぎになったんだ」
「まぁ……」
「まぁ……」
アマンダだけでなく、ミシェルも絶句している。
パオロは知っているので、平然としているけれど。
「あ、ミシェル嬢。いまのはロゼッタ嬢には内緒にしてください。リベリオが、また野蛮人って言われそうですから」
「え、ええ、モレノ様。ですが、楽しそうですね」
「ええっ?」
口に手をあててクスクス笑っているミシェルを、わたしも含めて四人で見つめてしまった。
ミシェルって、こんな話題も意外と大丈夫なのね。
ある意味、彼女を見直した。
「ミオ、おたがいに人を乗せている。くれぐれもムチャはするなよ。事故にでもあったら、それこそ大変だから」
「モレノさん、わかっています」
モレノは、エドモンドとリベリオのストッパーの役割をしている。それは、こんな場面でも同様にあらわれてくる。
堅実で真面目な彼らしい。
彼と結婚するようなことがあれば、平凡で穏やかでしあわせな一生をすごせるにちがいない。
でも、彼も多忙をきわめている。しあわせに出来るような女性と、なかなか巡り会えないのよね。そんなチャンスもないし。
「では、先に行きますね。ミシェル、パオロさん。先程よりはやく漕ぎますから、しっかりつかまっていて下さいね」
「ミオ。わたしは勝負より、ボートを漕ぐのを教えてもらいたかったんだがね」
しまった。すっかり忘れていたわ。
「ああ、そうでした。この勝負が終わったら、かならずお教えします」
「わかった」
「せっかくのポットパイです。ぼくが遠慮なくいただきますから」
モレノを挑発してから、漕ぎはじめた。
肩慣らしはすんでいる。
ちょっと本気を出すことにした。
訂正。かなりマジにならねばならない。
いま、わたしの頭の中には「ポットパイ」の一語しか存在していない。
もうここには来れないかもしれない。ということは、今夜食べないと二度とその機会に巡りあうことが出来ないかもしれない。
そんなのダメ、ダメよ。
負けられない。モレノにそれを奪われてなるものですか。
「す、すごく速いが……。というよりか、速すぎないか?ミオ、大丈夫なのか?」
パオロが何か言っている気がするけど、向かい風でこちらにはちゃんと届かない。
「すごいわ、ミオ。まるで空を翔けているみたい」
ミシェルもまた何か言っている気がするけど、やはりよくきこえない。
その二人越しに、モレノがスタートをきったのが見えた。
ものすごい勢いで追いかけてくる。
ちょっ……。
なにあれ?あんなの、反則じゃない。
とにかく、モレノは速いのである。オールを漕ぐ勢いが半端じゃない。
モレノったら……。
先程、湖をぐるっと回っていたときにはかなり力をセーブしていたのだ。
たしかに、モレノの体格だと体力、それから彼が日頃剣や格闘などの訓練をしていることをかんがえると、速さも持久力もすごいであろうことが容易に想像がつく。
「まずい」
思わず声に出していた。
「二人とも、しっかりつかまっていて下さい」
もう一度、ミシェルとパオロにお願いした。それから、さらに気合いを入れた。
「うおーっ!」
気合いの声がもれてしまった気がしたけど、気にしない気にしない。




