ボートに乗ろう
「パオロ、わたしが教えよう。ボートを漕ぐのなんて、コツさえつかめば簡単だ。すぐに漕げるようになる」
「ほんとうかい、リベリオ。だったら、ぜひ教えてほしいな……」
「パオロさん、ぼくが漕ぎますよ。このボート、三、四人は充分乗れそうですからね」
リベリオだって遊びたいはず。それだったら、わたしが漕いだり教えた方がいいに決まっている。
お兄様たちと漕ぎ比べをしていたから、漕ぐのはお手のものだもの。
「ミオ、いいかげんにしろ。そこは空気を読むべきだ」
リベリオになぜか叱られてしまった。
それに空気を読むべきって、空気なんてそもそも読めるものなの?だったら、どうやって?
「あ、ああ、そうだな……」
そして、なぜかパオロは困惑している。
「パオロ様、ミオが漕いでくれるのでしたら安心ですわね。ミオ、お願いします」
ミシェルはうれしそうである。
さすがは女性よね。
「ええ、ミシェル。どんと任せて下さい」
「だったら、わたしも乗せてもらおうかな」
「はあ?兄上、ついさっきボートには乗らないって言ったばかりでしょう?」
さらには、なぜか皇太子殿下も乗りたいなんて言いだした。
「エドモンド、乗らないとは言っていない。必要がない、と言ったんだ」
「同じことじゃないですか。だったら、兄上はリベリオに乗せてもらえばいい。わたしがミシェルとパオロに付き添います」
「ちょっと待て、エドモンド。子どもじゃあるまいし、彼女たちに付き添いなど必要ないだろう?」
「万が一、ということがあります。ボートが何かにぶつかるとか底に何かがひっかかるとか。そういう不測の事態に備えることは必要です」
「だったら、わたしだって何か出来るはずだ」
「泳ぐことが出来ず、ボートを漕ぐどころか、乗ったことすらない兄上が?」
また二人がケンカをはじめたみたい。
なんだか、最近二人はケンカが多い気がする。
「ベルトランド様とエドモンド様は取り込み中のようですから、ぼくらだけで行きましょう。ほら、パオロさん。行きますよ」
だから、ミシェルとパオロをうながして係留しているボートへさっさと向かった。
そうだわ、いいことを思いついた。
モレノとボート漕ぎの勝負してもいいわよね。
お兄様たちのときのように、負かせてやるんだから。
なんだか、うれしくなってくる。
「だから、兄上が行っても仕方がないんですよ」
「なんだと、エドモンド。おまえだって、泳ぎだけでボートは大したことがないんだろう?」
「そんなことありませんっ!」
「そんなことあるっ!」
いやだわ。皇太子殿下とエドモンド様は、まだケンカを続けている。
せっかくの休暇なのにケンカだなんて。
ほんと、男性って子どもよね。
ミシェルとパオロとともにボートに近付くと、それは予想以上に大きいことに気がついた。
二人並んで座れるわね。
だから、二人に並んで座ってもらい、わたしは向かいに座った。
「ミオ、よければ教えてくれないか?わたしが漕げるようになれば、きみは好きなことが出来るだろう?」
「ええ、パオロさん。わかりました。ぼくがしばらく漕いでみますから、まずはご覧になってください」
オールを手にとって漕ぎはじめた。モレノとアマンダのボートは、湖の縁を沿うようにして進んでいる。
どれくらいぶりだろう。もう四、五年ぶりくらいになるかしら?
ボートは、そんな時間の経過などないかのように順調に進んでいる。
「モレノさんっ!」
どうやら、モレノは漕ぐのを中断して休憩しているようである。
ボートが止まっている。
少しだけ速度を上げ、彼らに追いついた。
「やあ、ミオ。へー、きみはボートも漕げるんだな」
「モレノさん。ええ、まぁちょっとだけですけど」
「すごいですね、ミオさん」
「アマンダさん、大したことありませんよ」
お世辞でしょうけど、うれしくなってしまう。
「だったらミオ、勝負だ」
「望むところです」
「ここは、桟橋から一番遠いんだ。ここから桟橋まで、というのはどうだ?」
「わかりました」
「きみは、ミシェル嬢とパオロを乗せている。ハンデをつけなければな。きみが先にスタートするんだ。きみがスタートしてからゆっくり五十数えよう。それから、わたしもスタートする。これでどうだい?なんなら、百数えようか?」
「五十でいいです。百だったら、ぼくは桟橋についてしまいます」
彼を挑発するつもりはないけれど、なめられても困る。
「ほう、言ったな?それで、何を賭ける?」
「何を賭ける?賭け事なんて……」
「あ、そういうのは嫌いだったか?」
「大好きですよ。ですが、以前ブノワさんとカミーユさんの真っ裸事件のときに、賭け事はどうのこうのっておっしゃっていましたから」
あの真っ裸事件は、わたしの記憶にまだあたらしい。




