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変顔

「ということは、ベルトランド様も泳いだことがないんですよね?」


 当然のことだけど、皇太子殿下は軍の学校に通ってはいない。

 そのかわり、皇太子になるためにいろいろ学んだり経験をつまれたりしている。

 だから、彼は泳ぐという機会にそうそう巡りあえなかったはず。


 思わず、そう尋ねてしまった。


「泳ぐ必要などなかったし、これからもないだろう」


 皇太子殿下にすました表情で返答されてしまい、そんなものなのかと納得してしまうところだった。


「そうだ、兄上。ボートも準備してくれているようですし、わたしとボートに乗りませんか?」


 エドモンドの美形に、笑みがいっぱいひろがっている。


「断る。わたしは、魚釣りがしたい」

「それでしたら、湖岸より沖の方が釣れますよ」

「リベリオ。だから、ボートは必要ないと言っている」

「ベルトランド様、沖から見る湖岸の風景がまた格別なんですよ」

「モレノ、風景は堪能した。これ以上は必要ない」


 エドモンドとリベリオとモレノは、皇太子殿下を揶揄いはじめた。


 皇太子殿下は威厳を保ちつつ、必死に言い訳を連ねている。

 そんな彼が可愛いすぎる。


「殿下ともあろうお方が、湖ごときに尻込みされるのですか?」


 そして、ついにロゼッタまで揶揄いはじめた。


「尻込みではない。必要がないと言っている。そもそもミオ、きみがあらぬ非難をぶつけてくるからだ。誤解を招いてしまったじゃないか」

「はいいいい?ぼくのせいですか?」


 なぜか、わたしのせいになってしまった。


 そんなにボートに乗りたくないのなら、泳げないと素直に白状すればいいのに。


 ほんと男性ってつまらないところで意地をはったりプライドが高かったりするんだから、困りものよね。


 ロゼッタがプッとふきだした。それから、控えめに笑いはじめた。


 笑うその姿は、美しいし愛らしい。


 彼女でも、心から笑えばこんなに可愛らしのね。


 内心で驚きながら、わたしも笑い声を上げていた。ほかのみんなも笑っている。


 何の気なしにリベリオを見ると、彼はロゼッタを見つめている。メガネの下の目は、まるで愛おしい者を見ているかのようにやさしくなっている。


 リベリオも、ロゼッタのこんな愛らしい姿を見てうれしいのね。

 それはそうよね。幼馴染なんですもの。


 それから、皇太子殿下に視線を移してみた。


 肝心なのは、ロゼッタが皇太子殿下の心を射止めることなのよ。皇太子殿下に興味を持ってもらわなきゃ。


 ええっ?


 視線を移した瞬間、ドキッとしてしまった。


 皇太子殿下は、ロゼッタではなくこちらを見ているからである。


 思わず、視線それをそらしてしまった。


 ちがうわ。ちがうわよ、皇太子殿下。わたしじゃなくって、ロゼッタを見なきゃ。ロゼッタに注目しなきゃダメでしょう。


 ああ、そうか。彼はわたしを揶揄ってしまったから、謝罪の意味を込めてわたしを見ているのね。だったら、わたしがそうとわからせてあげるべきよね。


 そう思いなおし、もう一度皇太子殿下を見てしっかりと視線を合わせた。

 ロゼッタを見るよう、目線で促してみる。


 だけど、彼は気づいてくれない。ずっとわたしを見続けている。それこそ、わたしの顔に穴が開いてしまいそうなほど。


 気がついて、皇太子殿下。気がついてちょうだい。


「ミオ、どうして変な顔をしているんだ?」


 すぐ横で声をかけられ、飛び上がりそうになった。


 エドモンドである。


 顔だけ横へ向けると、彼が美形を右に左に傾けた。


「眉間に皺を寄せ、目をひん剥いて顎をしゃくっているけど、まじないか何かかい?」


 なんですって?


 エドモンドの問いに、心の中で絶句してしまった。


 わたし、そんな変な顔をしていたの?目だけでロゼッタを見るよう、皇太子殿下に合図を送っていたつもりなのに、顔全体で合図を送っていたの?


 やだ……。


 じゃあ、わたしはずっと皇太子殿下に変な顔を見せていたわけ?


「突然ミオが変な顔をしてくるから、わたしを笑わせようとしているのかどうかわからなかった。だから、笑っていいものかどうか迷っていたんだ」


 ややあって皇太子殿下が告白した。


「いえ、いいんです。笑っていただきたかったんですが、もういいです」


 ロゼッタはもう笑ってはいない。ミシェルと話をしている。


 だから、あきらめた。


 皇太子殿下ったらもうっ!ほんっとうに鈍感なんだから。せっかくのロゼッタのいい表情を見逃しちゃったじゃない。


 さっきの彼女の表情だったら、皇太子殿下もドキッとしたりキュンときたりしたはずなのに。


 皇太子殿下ったら、わかってくれないんだから。


 心の中で溜息をついてしまった。


 そのタイミングで木々が途切れ、眼前にキラキラ光る水面がひろがった。

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