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荒治療

「リベリオお坊ちゃま、あいかわらずなのですね。お坊ちゃまは、おやさしいのにそれをすぐに隠したがるのですから。お坊ちゃまは、アントーニ家の跡取りではないのです。それは、お坊ちゃまにあらゆる心の自由を許してくれます。もっと素直にご自身の心を見つめた方がいいかもしれませんね」


 ドナが柔らかい笑みとともに言った。


「……」


 リベリオは、ただうなだれている。


「さあ、みなさん。湖で魚釣りでもいかがですか?夕食は、自慢のポットパイです。それまで、湖で魚釣りやボート遊びをされて、心と体に元気を与えてあげてくださいな」


 ドナは、手を叩きながら話を締めくくった。


 さすがのリベリオも、彼女には弱いらしい。


 ドナの前でうなだれている彼の姿が、少年のように見えた。


 

 ディオンとドナの息子夫婦もいい人たちである。


 二人が釣竿を準備してくれていた。


 湖のすぐ側にある小屋には、ボートを二艘準備してくれているらしい。


 ロゼッタは、行かないと言うかと思った。が、意外にもついてくるようである。


 ここでのロゼッタの行動は、どれもこれも意外すぎる。


「水泳は、この湖で覚えたんだ。ディオンは、元近衛隊の隊長を務めていたこともあって、腕っぷしが強くてね。剣や格闘術を教えてもらったりもした」


 湖へと歩きながら、エドモンドが教えてくれた。


「ソルダーニ皇国は、海がないだろう?川や湖はあるけど、皇国のかなり内側に位置する。だから皇国の戦史上、いまだかつて水上戦をやったことがない。逆に、湖が戦場になるほど攻め入られたら、わが軍は相当深刻な状況だし、皇国じたいが大ピンチということになる。まぁ、それは極端な話だがね。もしかすると、いつか海戦が必要な局面がでてくるかもしれない。たとえば、わが軍が海に面している国に攻め入る、なんてことがあるかもしれないだろう?だから、学校では水にまつわる訓練も行われるんだ」


 エドモンドの説明を、みんながきいている。


「わたし自身は、川や湖で泳いだことがなかったんだ。学校の水練場は深くて大きい。最初の頃は、怖くて怖くて近づくことも出来なかった」

「そういえば、エドモンド様は水練の授業の度に涙目でブルブル震えていましたよね?」

「リベリオ、ばらすなよ」


 エドモンドは、真っ赤になっている。


 まだ子どものときの彼が、水際で泣きそうになりながら震えているところが目に浮かぶ。


 一度も泳いだことがなければ、それは怖いかもしれない。


「リベリオはここの湖で、モレノは川で、それぞれ泳いだり遊んでいたから、水練場での訓練もどうということはなかった。しかし、わたしはちがう。だから、長期休暇のときにここに連れてきてもらったんだ。それがここに来た最初で、それからは季節が冬であろうと夏であろうと、長期休暇になるとやってきたというわけだ」

「エドモンド様は、ここに来ても湖を怖がっていましたね。ぜったいに近付かなくって」


 エドモンドに続いて、モレノが言った。


「ああ。あれほど怖いものはなかったからな。きみとリベリオが楽しそうに泳いでいるのを、湖からちょっとはなれて見つめることしかできなかった。すると、ディオンが近づいて来た。『皇子殿下、湖は殿下をとって食いやしません。それどころか、やさしく受け入れてくれます。証拠をお見せしますよ』って言うなり、わたしの首根っこをつかんでボートに放り込んだんだ。『戻してくれ』と懇願するわたしを無視し、彼はボートを漕いで湖の真ん中あたりまで行った。『ほら、この通り』。そして、彼はまたおれの首根っこをつかむと、そのままわたしをぶん投げてしまった。湖に向かって、だ。放り込まれたわたしは、必死にもがいた。『大丈夫。力を抜いて。学校で習った通り、腕と足をゆっくり動かすんです。ここは、殿下を受け入れてくれています。ほら、溺れないでしょう?うまいうまい、その調子です。腕と足を動かすんです』。いまにして思えば、本当に出来ていたかどうかはわからない。わたしも必死だったから。だけど、彼の言う通りに力を抜いて腕と足を動かしたら、沈みはしなかった。気がついたら、泳げるようになっていた」

「結局、その長期休暇が終わるころには、エドモンド様が一番泳ぎがうまくなっていましたよね」

「ディオンの荒治療がきいたというわけです。じつは、わたしたち兄弟姉妹も同様に湖に放り込まれて泳げるようになったんです」


 モレノに続いてリベリオが言い、二人とも笑った。


 たしかに荒治療だけど、泳げるようになるにはそういう方法が手っ取り早いのかもしれないわね。




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