数々の逸話
「ロゼッタお嬢様とミシェルお嬢様も、まだこんなに小さかったころには泊りに来ていただきましたよね」
ディオンとドナは普通の椅子に腰かけていて、わたしたちは長椅子に腰かけている。
ディオンは、そう言いながら手を肩のあたりでひらひらさせた。
「夜になってミシェルお嬢様がお父様とお母様を恋しがって泣きだすと、ロゼッタお嬢様が慰めてらっしゃって。それでもミシェルお嬢様はシクシク泣かれて……。するとロゼッタお嬢様も泣きだしてしまい、わたしたちがカルデローネ家の別荘に送って行こうかと話をしていたら、リベリオお坊ちゃまが面白い顔をしてお嬢様方を笑わせてくださいました。結局、リベリオお坊ちゃまは深夜遅くまで面白い顔をされていらっしゃいましたね。そんなことが何度かありました」
ディオンの話が衝撃的すぎた。
ミシェルが泣きだして、というところはわかる。想像がつくし、そのときの光景が目に浮かぶ。
それでロゼッタまで?泣きだして、リベリオが慰めた?
まったく想像がつかないし、光景にいたってはどれだけ想像力を働かせてもムリである。
「もう少し大きくなられてから、ミシェルお嬢様が熱を出されて寝込まれた際には、ロゼッタお嬢様とリベリオお坊ちゃまで、花の冠を作って元気づけるんだとおっしゃって花畑に行かれて、ミツバチに襲われてしまいました」
「あのときは、肝を冷やしました。リベリオお坊っちゃまは怖がって大泣きされていましたし、ロゼッタお嬢様はお坊っちゃまを守るために、棒切れを振り回してらっしゃって……」
ドナに続いて、ディオンは思いだしながら涙ぐんでいる。
「お花の冠、覚えています。そんなことがあったのですね。白くて小さなお花でした。あの冠は、どちらが作って下さったのですか?じつは頭にかぶせてもらったところまではよかったのです。そのあと、リベリオ様とお姉様がお部屋を出て行かれてから、頭にある冠を手にとってみたら、ポロポロと崩れてしまったのです」
ミシェルは、クスクス笑いながら告白した。
「リベリオに決まっているわ」
「ちがう。きみだろう、ロゼッタ?」
ロゼッタとリベリオは、同時に相手を指さした。
つぎからつぎへと明かされる二人の意外すぎるエピソードに、驚かされつつも胸がジンときたりほっこりしたりする。
本当は、二人は子どものころには仲良しだったんだ。
それなのに、いまはいがみ合っている。
せめて、幼馴染として仲良くしてもらいたい。二人なら出来るはずなのに……。
ロゼッタも、皇太子殿下との交際がうまくいくよう、リベリオに応援してもらった方が心強いはずよね。
「ロゼッタお嬢様とミシェルお嬢様はこんなにお美しくなられて、それから、皇子殿下とリベリオお坊っちゃまとモレノお坊っちゃまはこんなにご立派になられて……。これでもう思い残すことはございません」
「やめてくれよ、ドナ。おおげさだな」
ハンカチで涙を拭いているドナに、リベリオはバツが悪そうに言った。
「たしかに、大人になってから昔のことをすっかり忘れてしまっている気がする。自分一人で大きくなったような気になって、お世話になった人への感謝を忘れ、蔑ろにしている。たまに顔を見せるだけでいいのにな。それだけでいいのに、そういう余裕さえなく日々の生活に追われてしまって……」
「エドモンドの言う通りだ。それはわたしも含め、この場にいるだれにも言えることだ。リベリオ。帰るべき場所があることは、いいことだ。軍務で忙しいのはわかっているが、たまにはここに帰ってくるべきだな」
「ベルトランド様。リベリオは、軍務で忙しいわけではありません。非番の日は、レディとの付き合いが忙しいのです。ここに帰ってこようと思えば、いくらでも……」
「モレノッ、なにを言いだすんだ」
モレノが皇太子殿下の言葉を受けて説明すると、リベリオは顔を真っ赤にして長椅子から立ち上がった。
「だから、あなたは野蛮人なのよ」
そのとき、ロゼッタがつぶやいた。
「なんだと?わたしは、レディに対して野蛮であったことなど一度もない。レディにたいしては、いつだって紳士的にふるまっている。野蛮人呼ばわりされる覚えはない」
リベリオは、子どもみたいに地団駄踏みはじめた。
モレノ―ッ!
せっかくいい雰囲気だったのに、いらないことを言って。
どうするつもりなのよ、もうっ!




