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展望台に行く  作者: 若葉
4/4

その四(完)

うつむく少女を車の後部座席に乗せて、車をゆっくりと走らせる。暗い山をそっと降りてゆく。


どこからそんな話になったのだろう?

そうだ、来たときの逆に時計回りに下り坂を降りながら、なんとなくとりとめのない雑談をして少女の気持ちをまぎらわせようと、一人でしゃべっていたのだ。

寒くないかい、とかなんとか呟いてから、私の口が止まらなくなったのだ。


なんとなくさ、人生は登山に似ていると思うんだ。

なだらかな時もあれば急に道が険しくなったり時には道を外れて遭難することもある。

切り立った崖に沿って恐る恐る震えながら歩く時も、険しい岩場や沢や深い谷に直面し絶望に立ち尽くす時もあるだろう。

でも道は一本とは限らない。

立ち止まり、回れ右して、もときた道を辿る内に遠回りでも迂回できるルートはきっとあるはずなんだ。

疲れたら座って休憩したらいい。疲れが取れたらまた歩く気力も湧いてくるはずだ。

一歩歩けば確かに何処かへ向けて一歩分は近付くのだ。途中振り返れば、今まで歩いてきただけの景色が大きく広がっている。確かに君だけが登ってきた誰とも違う景色が広がっているんだ。

そうして一息ついたらまた歩き出す。

どこまで行けるかなんて誰にもわからない。そこは君の人生という、君だけの山なんだから。

誰もが自分の人生という地図もない山をひたすらに淡々と歩き登り続けるしかないんだ。


人生は確かに不公平だ。

なだらかな道をすいすい登ってゆく人もいる。


険しい岩だらけの道が何処までも続いて、途中で力尽きてしまう人もいる。


報われない努力なんて努力じゃないと、上から石を放るように笑う人もいる。


そりゃあ事実報われない苦労や挫折の方が沢山あるよ。報われることが珍しい位だ。

それでも傷が癒えたらまた恐る恐る一歩を踏み出してゆくしかない。手探りしながら歩いていくしかない。

それは他の誰にもできない。

君の山は誰でもなく君しか登れないんだ。



運転しながら、我ながら何を熱く語っているのか、よくわからなかった。

ただただ、狭い後部座席ののすみに小さくしょんぼり座っている少女に何か伝えたくて、元気を出して欲しくて、思い付くがままに口走っていた。


うざいおじさん、うっとうしく迷惑だと思われたかも知れない。

余計なことなど言わない方が、却って少女の為かも知れない。

けれども、私の心は止まらなかった。


この夜の私は、まるで何処かの寺の僧侶か教会の神父みたいだった。

それは誰か目の前の道に迷っている者を少しでも励ましてあげたい慰めてあげたいという、一寸上からの偉そうな物言いかも知れないが、誰かを他者を尊く思う心が激しく働いて自ずと口から口に言葉が出てきたようだった。

あるいは、まるで落ち込んでいる自分自身に語りかけているようでもあった。


後部座席の少女は黙ったまま、私のおしゃべりを聞いているのかいないのか、虚ろに窓の外のゆっくりと下界へと、日常へと向かって山を降りてゆく様子を眺めていた。



ありがとうございました。ここで大丈夫です。


少女の声で車を路肩に停めた。

左には古びた五階建ての団地が幾棟も並んでいる。

灰色のコンクリートが重たく寂しく続いている。

小さくお辞儀をして車から降りると、少女の家はその棟のどこからしく、ゆっくりとした足取りで帰っていった。


元気になればいいけどなぁ。

心中小声で呟きながら頼りないその華奢な背中が小さくなるまで、私は黙って見送っていた。



その後も時々展望台には通っている。

あれ以来少女は見かけない。きっと元気に暮らしているのだろうと、そうだったらいいなと、瞬く星達を見つめて微かな祈りを捧げたりもした。


しばらくしてすっかり冬物の服を着るようになった頃、私は何度めかの面接でようやく街の小さな企業への再就職が決まりかけていた。

その面接の帰路、いつものスーパーにふらと寄った。

スーパーの一角にあるパン屋の売り場にあの少女がいた。

相変わらず華奢な体にパン屋の白い制服を着て研修中のバッヂを付け、白い帽子を被って、相変わらずぎこちない表情で惣菜のパンを並べ直したりしていた。


ハッと目が合った。

互いに一寸はにかむように微笑んで会釈して、けれどもなにか話す訳でもなく、そのままどちらも混雑する人の勢いに流されるように巻き込まれていくしかなかった。


買い物を終えて車に乗り込み、ほっと一息ついてから、ゆっくりと走り出す。

どうしたことだろう、私の心はやけに浮き立ちはしゃいでいた。

車のエンジンも今夜はやけに気持ち良さそうに動いている。


その夜はやたらに月が明るい夜だった。

人もまばらな夜道がどこまでもまっすぐに続いていて、眩しいくらいに明るく照らされている。


これでよし。取りあえずはこの道をまっすぐ行こう。

私はおんぼろ車のアクセルを軽く踏んで、その加速を体に確かに感じていた。


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