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第22話

 その日アイリスは帰ってこなかった。


 彼女の住処にズカズカと押しかけておいてあれだが、家主がいないというのはどうにも居心地が悪い。


 これなら罵詈雑言を浴びせられようとも、同じ屋根の下にいるほうがまだマシだ。


 そのおかげでここまで眠れない夜は珍しく、そんな時は夜風に当たりたい気分になる。


「お花摘みに行ってくる」

「いちいち言わなくていいから」


 起きているだろうとは思ったが即座に返事が返ってくる。もう夜は更けてきているが眠れないのはカティも同じだった。


「気をつけてね⋯⋯」

「お前も早く寝ろよ」


 ひんやりとした風が肌を撫でる。心地よい空気の中、月明かりが照らす林道を少し歩く。


 静けさに満ちてはいるが森の奥からは時折獣の声がする。それも狼の遠吠えのようだ。


『眠れないのか?』

「うお⋯⋯急に出てくるなよ⋯⋯」


 声をかけられるまで気配を感じなかった。いきなり現れた巨体が目の前を横切ったかと思えばどこへいくともなくその場に居座った。


 お前も座れと言わんばかりにその隣にスペースを空けられてしまう。仕方なくオレは間隔をさらに空けて腰掛ける。


 並んで座ったはいいものの狼は何も話そうとしない。お互いに森を眺めているだけのこの状況はなんなんだ。


 沈黙の間も遠吠えは森を駆けている。


「さっきから聴こえてるコレ⋯⋯」

『今宵は満月だ』


 見上げた空には雲ひとつない。真っ暗な空に散りばめられた星々よりも鮮明に輝く月。


『多少とはいえあの()の精霊としての部分が疼くのだろう。我もさっきまで少し走っていたところだ』

「その口ぶりだとアイリスが完全な精霊じゃないように聞こえるな」

『如何にも。あの娘は人間と精霊の間に産まれた子だ。そのことには最初から気づいていたと思っていたが?』


 違和感はあった。アイリスからは精霊と人の両方の存在感が希薄すぎた。


 それは2つが混ざり合った結果、どちらとも言えない存在になっていたせいだったらしい。


『あの娘がまだ小さな頃に我が預かったのだ』

「アイリスの両親は⋯⋯」


 何も言わないことが答えだった。


『今ではこっち側に身を置いているが、人間の世界に戻そうとしたこともあった。よくしてくれたのが1人いたようだが、まぁ、本人があの調子だからな⋯⋯』


 そこでトレーシーとの関係に繋がるわけか。


 あの見た目でも一応は気の利く人間ではあるが他は色々とアレだ。


 アイリスのほうも気難しい感じだし、2人の間に何があったかは想像に難くない。


『だからどうだ? 今度はお主があの娘を外の世界に連れて行ってみては?』

「それ本気で言ってるのか?」

『断るならそれも良し。結局のところ決めるのはあの娘自身だ』


 木霊する彼女の遠吠えに返事をするかのように吠えると夜の森へと消えていった。


「半端者は嫌い⋯⋯か」


 今なら言葉の真意を推し量ることができる。


 それにしてもあの狼め。言いたことだけ言っていなくなりやがった。おかげで今夜はまだまだ眠れそうにないじゃないか。




 ☆




「というわけなんだが⋯⋯」


 ありのままの話を伝えたつもりだったが、何故かカティの逆鱗に触れる。


「つまりデントは可愛い女の子をまた仲間にしたいってこと? すでにここに可愛い女の子がいるのに、また新しく可愛い女の子を?」


 妙に棘のある物言いだ。そう何回も可愛いを強調しなくたっていいのに。何をそんなに怒ることがあるんだか。


 あれだけ仲良くしていたと思っていたのに、この反応は予想外だった。


「きっとデント様を取られてしまうとお考えなのでしょう」

「はぁ!? そんなこと思ってないし! デントは馬鹿なんじゃないの? バーカ、変態、デント!」


 なんでオレが罵倒されなきゃいけないんだ。あとデントは悪口じゃねーよ。お袋に謝れ。


「そういう話を聞かされたってだけで、オレは何も決めてないからな?」

「どーだか。デントって優しいもんね。特に可愛い女の子とかに」

「カチーン! なんだと?」

「デント様それ私の持ちネタです」


 オレはそんなにデレデレしていた覚えはない。どちらかというと嫌われまくっている。


「マジックアイテムさえ手に入れば問題解決でしょ? だったら私に任せてよ!」


 やれやれと肩をすくめる仕草には正直腹立たしい。だがそこまで言うならお手並み拝見といこうじゃないか。


 カティが運良くてにいれられるならそれはそれで構わない。ここは期待しすぎることもなく任せてみるとしよう。


 意気揚々と出て行ったカティだったのに、すぐに帰ってきたことに哀れみの視線を送る。


「どうだった? まぁ⋯⋯聞くまでもないか」


 がっくりと項垂れる様子で何があったかはすべてを物語っている。


 意気消沈しているかと思えば床を転げまわり奇声を発し始める辺り、今日のカティはとにかくテンションが高い。


「話かけると応えてはくれるんだけどね。いざ本題に触れるとガオー! だよ。全然こっちの話なんか聞いちゃくれなかった」


 それは狼の真似事か? なんだよ可愛いじゃないか。


「ガオー? ガオ?」


 なにかがしっくりこないのか色々試行錯誤している。可愛いのはわかったからその辺にしといてくれないと話が進まない。


「もう倒すしかないね。うん。それしかない」


 そんな本気の目をしてまで言われてもな⋯⋯。


「やっぱり最後はオレがビシッと決めるしかないみたいだな? オレの凄さに驚嘆させてやるよ」


 誰も何も言ってくれない。その期待してないって顔はやめてくれ。

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