(伯爵)3
終えると大拍手。
さっきより拍手の圧が凄い。
それで気付いた。
慌てて圧の厚い方を振り返った。
フロア入り口に人溜りが出来ていた。
先頭には笑顔の王妃・ベティ様。
隣には同じく笑顔のポール細川子爵。
供回りの侍従侍女達も笑顔で拍手をしていた。
そしてその背後には隣室に移動した面々。
カトリーヌ明石少佐やシンシア達。
近衛と国軍の魔導師にそれぞれの副官。
ベティ様が歩み寄って来られた。
「もう一曲お願い」
これは断れない。
音楽の教科書でお馴染みの曲にした。
デュオ『かぼす』の曲で『栄光への駆け足』。
勿論、直訳の英語で。
スキルの影響か、余裕で弾いて歌えた。
意味は分からない筈なのに、終えると再びの大拍手。
歌唱もサウンドの一つとして捉えられているのだろう。
絶対にそうだ。
俺も前世では、児童の頃から洋楽一般が好きだった。
英語なので何を歌っているのかは分らなかったのだが、
それでもサウンドに魅せられた。
購入する価値ある物と理解していた。
俺は弾き終えると立ち上がって、皆に向けて一礼した。
「良かったわ、子爵。
中々のものね。
いいえ、それ以上ね。
そこで質問があるのだけど、良いかしら」
ベティ様だ。
目がランランと輝いていた。
これは、隙を見せれば喰い付かれる。
それは彼女一人だけではなかった。
殆ど全員がそんな空気を醸し出していた。
中でも要注意はピアノ教師だ。
業界の一員であるので、下手な答えは避けるが吉。
俺は一抹の不安を押し殺して、スキル演技を起動した。
即座に嘘設定を整えた。
「答えられる事なら」
「聞き慣れない言葉で歌っていたけど、それは何語なのかしら」
我が国は天然の要害で囲まれていた。
西の大砂漠、北の大山岳地帯、東の大樹海、南の大海原。
大が付くのは便宜上だ。
正確を期すなら大々々ではなかろうか。
為に侵攻して来る国はなかった。
けれど、交流がない訳ではない。
西や北、東からは陸地なので、
踏破を試みる者は洋の東西に関わらずいた。
多大な費用と年月、人員で彼等は挑む。
結果、到達し、獣道に近いルートが拓かれた。
「吟遊詩人から覚えました。
ただ、言葉が通じないので身振り手振りです。
それが何語かまでは分かりません」
外国との交流は貿易に限られていた。
財力のある商会が組してルートを拡張、途中に中継地を置き、
年に何度もキャラバンを送り込んで来た。
そのキャラバンに相乗りする形で、旅人等が我が国に入国した。
当然、吟遊詩人も含まれていた。
「外から来た吟遊詩人が、あの辺りまで流れるの」
確かにうちの村は僻地だ。
でも昔から特産品があった。
馬車と牛馬、そして三河大湿原で獲れるミカワサイ等の部位。
そう馬鹿にしたものではない。
「何故か来るんです。
正確には流れて来る、ですね。
そういえば、彼等はマジックバッグを所持していた様な気がします。
今から思えば、ミカワワニやミカワサイ等の部位を、
楽器用として確保しに来たのかも知れません」
完璧だ。
ミカワワニやミカワサイは魔物ではないが、
魔物と互角に戦える力を有しているので、
その部位は優良品としての地位を確立していた。
見ると、ピアノ教師が大いに頷いているではないか。
楽器用でもあるらしい。
俺の設定が通用した。
ベティ様が納得したのか、納得していないのか、それは知らない。
頭を軽く捻って言われた。
「まあ、良いでしょう。
少佐、後の話を任せるわ」
カトリーヌ明石少佐に委ね、当人はイヴ様を抱かれると、
ソファーに腰を下ろされた。
侍女に注文をなされた。
「珈琲を頂戴」
カトリーヌが私の方へ歩み寄って来た。
「意外で驚きました」
「それはこちらもです。
久しぶりで、指が痛いですね」
「また機会がありましたら、お聞かせください」
「承知しました」
カトリーヌが一枚の紙切れを差し出し、本題に入った。
「これが見積りです」
俺はそれを見て驚いた。
破損品なのに大した金額だ。
「凄いですね」
「鑑定でドラゴンと分かりました。
破損していた物は鱗、赤い液体は血液でした。
ただ、邪龍であるとも分りました。
それで買い取る前に浄化する必要がある、そういう結論にも達しました。
破損した鱗と血液の浄化は当方の魔導師だけでは足りないので、
神社や教会の術者の手を借りて完全に浄化します。
邪龍である事とその浄化費用とで、金額が大幅に引き下げられました。
了解頂けますか」
俺の後ろに興味津々の子供組が集まって来た。
キャロル、マーリン、モニカ、シェリル。
なので俺は紙切れをシェリルに手渡した。
侯爵家の娘とは思えぬ声が漏れた。
「げっ、ええっ、凄い金額ね」
残り三人がシェリルに圧し掛かる様に群がった。
「見せて、見せて」
「うわー」
「丸が多過ぎ」
俺はシンシア達大人組を見た。
シンシアとルース、シビル、ボニー。
視線を合わせると、誰もが頷いた。
なら問題はない。
「了承します」
「そう、良かったわ」
と、近衛と国軍の魔導師とそれぞれの副官を合わせた四人が動いた。
一斉に踵を合わせ、ベティ様に低頭して一礼。
直ぐに踵を返した。
フロアから出て行く。
それを見送りながら、カトリーヌが説明した。
「シンシア殿に地図を書いて貰ったので、早速その現場に向かうそうよ。
何か残り物でもあれば良いけど」
アリスが掃除済みなので期待は持てない。
「あれば良いですね」
「それでこのお金はどうします」
大金だ。
さてどうする。
ああ、あれがあった。
俺はまず皆に確認を取った。
「僕達は冒険者だよね」
皆は顔を見合わせ、頭に疑問符を浮かべながら頷いた。
俺は続けた。
「だから冒険をしよう」
俺を除いた八人が相談を始めた。
「あのお金で冒険をするのかしら」
「大金よね」
「子供には持たせられない大金ね」
「ダンに任せて大丈夫なの」
「不安しかないわ」
「あの子、こんな大金使った事あるのかしら」




