(ダンジョンマスター)5
五人が駆け付けて来るのが分かった。
俺はアリスと援護に向かおうとした。
ところが杞憂に終わった。
妖精は感情を昂ぶらせてはいるものの、周囲にも気を配っていた。
直ぐに対応した。
駆け付けた者達に容赦なく、壁越しに迎え撃った。
ウィンドボール、風弾。
人数分だけ壁を突き破って廊下側に消えていく。
風弾が壁を突き破る物音と命中して重なる悲鳴、倒れる物音。
致命傷を与えたかどうかは知らないが、近付く足音が途絶えた。
アリスが壁に空けられた穴から室外に飛び出した。
廊下の左右を見回し、手持ち無沙汰気味に戻って来た。
『みんな倒してる、問題ないわ』
妖精のリンチが続いた。
鼻血に加えて飛散する歯の欠片。
次第に小さくなる悲鳴。
ついに子爵が口から血を流しながら気を失った。
そこで妖精は一息ついた。
倒れた子爵を見下ろし、隣でホバリングするアリスに何事か語った。
安易に頷くアリス。
妖精が止めの風弾を子爵の顔に無数撃ち込んだ。
全てを終えた妖精が俺の傍に飛んで来た。
満足感というより苦渋の表情で俺を見上げた。
俺はその頭をくちゃくちゃ撫でまわした。
妖精から溢れる涙。
それを傍に寄りそうアリスが手で拭う。
誰も何も言わない。
時間の経過は分からない。
アリスが妖精を伴って俺の肩に乗った。
それを確認した俺は妖精二人を光体で覆い、
光学迷彩スキルを再起動した。
驚く妖精にアリスが説明しているようだ。
天井の穴から屋根に出た。
見下ろすと屋敷の者達が大勢、下から上を見上げて騒いでいた。
子爵や兵士達の悲鳴に恐れおののいて避難した様子。
みんながみんな、及び腰。
忠誠心、怖い者見たさ、雇用、その辺りどうなんだろう。
光学迷彩が見破られる心配がないので、ゆっくり周辺を見回した。
前のように奉行所の者が駆け付ける様子はない。
国軍兵士の姿もない。
と、北区画方面が異様に明るい。
・・・燃えていた。
大きな炎が夕暮れの空に舞っていた。
火災だ。
『物凄いわね』アリスも驚いた。
俺達の逃走する方向なので迷った。
それに、例の侯爵家が北区画にはある。
取り敢えずアリスに同意を得て、火災現場へ直行した。
風魔法との連携で屋根から屋根へ飛び移った先が、
懸念した北区画の貴族街だった。
その一画が激しく燃え上がっていた。
逃げ惑う者達と押し寄せる野次馬達で押し合い圧し合い。
周囲の道路は騒然としていた。
俺が尋ねる前にアリスが教えてくれた。
『侯爵家とは違うわね。ちょっと離れてる。
ねえ、先を急ごう』
俺の目は現場に吸い寄せられていた。
異常なのだ。火災現場が。
敷地内のまだ燃えていない建物に火を放つ奴等。
それを阻止しようと斬り掛かる兵士達。
その兵士達に襲い掛かる武装した者達。
焼け出された使用人達までもが襲われ殺される始末。
何が起こっているのか、国都の中で。
外壁の近くの暗がりに移動して光学迷彩を解いた。
傍でホバリングする二人を心配した。
『この先は大丈夫か』
『問題ない、問題ない』相変わらずアリスは脳天気だ。
『ダンジョンでの生活は』
『現状でも快適に過ごせる。
けど、もう少し手を入れてみるわね』
二対四枚羽根の妖精が感謝のつもりか、
俺に飛び付いて頬にキスをし、妖精語で短く何事か言う。
意味は分からないが、何やら温かいものが伝わって来た。
俺は彼女に言葉を返した。
「ゆっくり休むと良いよ」
アリスが彼女の手を引いて、外壁に向かって飛んで行く。
その外壁は無人ではない。
厳重な警備の元にあった。
外壁の上には人が歩ける細い通路が設けられ、
国軍兵士による定期的な巡回が行われていた。
その上、所々に兵士が詰める櫓もあり、死角はないに等しい。
低ランクの目には映らない妖精だが・・・、それでも心配になった。
アリス達は垂直に上昇した。
あー、そうか。
そこまで見張っている者が居るとしても二人は点にしか見えない。
探知スキル持ちの見張りが居たとしても、映るかどうか。
二人は高々と飛翔し、簡単に外に出た。
こうやってアリスは自在に出入りしている訳だ。
納得した。
クラスは火災の噂で持ち切りだった。
翌朝ということもあり、詳細は分からないのだが、
みんなが持ち寄った噂が無責任に流された。
「北区画のスラム街から武装した男達が現れた」
「子爵邸が武装した連中に襲われた」
「武装した一団が子爵邸に押し入り、全ての建物に火を放った」
「奇襲だったので子爵邸の兵士達は防戦一方だった」
「武装した連中は焼け出された者達を容赦なく斬り捨て、
一人として逃さなかった」
「奉行所の者達や国軍の一隊が駆け付けつけて鎮圧した」
「襲撃者側は逃げずに最後の一人になるまで抵抗した」
「子爵邸は小さな小屋に至るまで、完全に焼け落ちた」
「子爵様やご家族は一人として姿が見られない」
国王のブルーノ足利は執務室の窓を開け放って外を見ていた。
昨夕の火災は禍々しいものであった。
今もって怒りは消えない。
失火であれば珍しい事ではないが、昨夕のは襲撃に伴うもの。
焼き討ち。
前代未聞の出来事。
国王のお膝元で許される行為ではない。
奉行所や国軍の魔法使い達が水魔法を放って鎮火させたお陰で、
延焼には至っていないが、忌々しい。
魔法使い達の奮闘、それだけが救いだ。
侍従長がその背に声を掛けた。
「近衛のアルバート中川子爵がご報告に参りました」
背を向けたまま答えた。
「聞こう」
侍従長がドアに向かう足音。
ドアが開け閉めされる音。
一人が入室する足音。
ブルーノはゆっくり振り向いた。
顔馴染みの近衛軍中佐が歩みを止め、丁寧な敬礼した。
「バイロン神崎子爵邸に向かわせた者から報告が来ました」
「それでどうであった」
「もぬけの殻であったそうです」
「やはりか。
・・・行方は」
「三つの捜索班を出しました。
一つは子爵の家族を。
一つは主立った家臣を。
もう一つは子爵の領地に走らせました。
先回りになれば宜しいのですが。
それとは別に一個小隊を北区画のスラム街に送り込みました」
「三つは分かったが、スラム街の方は一個小隊で足りるか」
「外郭は我等の管轄では有りませんので、
スラム街に詳しい奉行所や国軍の協力の下、
共同で捜査活動を行うよう指示いたしました」
「襲撃した者達の身元や手懸かりは・・・」
「全員が最後は意識的に燃え盛る屋敷に飛び込んだそうです」
「自ら消し去ったか」
ブルーノは溜め息を付いた。
「エリオス佐藤子爵や家族の行方は」
「奉行所が焼け落ちた屋敷の捜索を行っていますが、未だ・・・」
「助かった者はおらぬのか」
「襲撃時に外出して難を逃れた者が数人おります。
それらの者の証言を元にして捜索が行われているそうです」




