(ダンジョンマスター)4
アリスが戻って来たのは二日目だった。
授業を終えて部屋に戻ると、彼女は俺のベッドに寝転がっていた。
指先で突っついて起こすと、寝惚け顔で俺を見上げた。
『おっそい、待ち草臥れちゃった』
本当に草臥れた感ありあり。
ダンジョンコアとの格闘で苦戦したのだろう。
『ご苦労さま。ちゃんと終わったのかい』
『あったりまえでしょう。
ある程度だけどね』
『で、どうする』
『決まってる、向かうわよ』
『良いけど、どれからにする』
妖精を買い上げたのは西区の子爵家、東区の伯爵家。
先代にそんな噂があった北区の侯爵家。
俺達は夕方前には西区に着いた。
その中にある貴族街を歩いた。
平民の街中とは違い人通りが少ない。
問題の子爵家にはアリスが案内してくれた。
広い敷地の真ん中にある三階建てが本館。
その後ろの二階建てが別館。
壁沿いの平屋群は使用人の住居や倉庫、厩舎等々と説明してくれた。
アリスは妖精の居場所は特定していた。
「本館の三階よ、
右の角部屋から、ちょっとだけど、妖精の魔力が漏れ出しているわ」
ソロ用のローブを着用し、屋敷を囲む壁に沿って歩きながら、
探知スキルで邸内の様子を探った。
3D表示。
使用人と思わしき連中が忙しそうに動き回っていた。
時間帯からして夕食の準備なんだろう。
フードの中のアリスが言う。
『このまま乗り込むわよ』
『人目に付くぞ』
『その為の光学迷彩スキルでしょう。
いま使わなくて、いつ使うの』
まあ、この時間帯で行動するなら、それしかない。
横丁の人気のない場所に移動した。
念の為、夕暮れを待ってから動いた。
虚空から光体を取り出して俺達を覆い、光学迷彩スキルを始動した。
レベルが上がっているので余程の事が無ければ見つかる心配はない。
身体強化スキルと風魔法の連携で屋敷へ向かって走った。
風を切るその速さは、まるで疾風。
行き交う者達がいたが、ただの風だと勘違いしただろう。
3メートルほどの外壁を跳び越えた。
着地する際は土埃を上げないように細心の注意を払った。
邸内を巡回している兵や働いている使用人がいるのだが、
全く気付かない。
丁度、表門から馬車が入って来たところだった。
如何にも貴族ですと言いたげな派手な馬車。
この屋敷の主人か、貴族の来客だろう。
出迎えに使用人数人が駆けて行く。
本館傍に歩み寄り、脚力と風魔法でもって三階の右の角部屋、
その上の屋根に跳び上がった。
探知スキルによると無人。
ただし、微量な魔力を感じ取った。
アリスの魔波に似ていた。
ビンゴだろう。
闇魔法、ダークボールを放って屋根と天井に穴を開け、
部屋に降り立った。
普通の広さだが、思いの外、室内の備品は豪華。
全面に敷き詰められたぶ厚い絨毯。
由緒ありげな机と椅子。
壁際の重厚そうな書棚。
窓際には鉄格子で組まれた大きな鳥籠が置かれていた。
中には止まり木が二本。
その一つに二対四枚羽根の妖精が止まっていた。
疲労困憊しているのか諦めているのか分からないが、
こちらの気配には気付かないようだ。
光学迷彩を解くと、アリスが真っ先に鳥籠に飛び付いた。
鉄格子は妖精の脱走を防止する為、綿密に細かく組まれていた。
アリスが俺を振り返った。
『変な術式が施されていて妖精魔法では壊せない。なんとかして』
それだけではなかった。
中の妖精には小さな細い首輪も掛けられていた。
閉じ込められた妖精がアリスに気付いた。
もの問いたげな表情、思案の末か、弱々しい飛び方で近付いて来た。
状況を鑑定スキルで調べた。
鳥籠には外からの魔法を無効化する術式。
首輪には中の妖精の魔法を無効化する術式。
妙に癖のある術式だ。
捕らえられていた時のアリスに掛けられていた術式によく似ていた。
おそらくアリスを騙したクラーク老人が施したものだろう。
俺は術式洗浄スキルを起動した。
ここでもレベルを実感した。
まず鳥籠がポンと音を立て術式が消えた。
続いてポンと音を立てて首輪が下に落ちた。
途端、アリスがウィンドカッターで監獄の鉄格子を切り裂き、
妖精の脱出路を設けた。
けど、それで終わりじゃない。
『ダン、何とかして』注文された。
注文の多い妖精。
アリスが妖精に語り掛けているが、妖精語なので分からない。
暫くしたら納得したのか、鉄格子に空けられた穴から出て来て、
俺の前でホバリングした。
こうなるとやるしかない。
まずは光魔法、入浴と洗濯のライトクリーン。
次いで心身の疲労を取り除くライトリフレッシュ。
それで十分だった。
洗い立てピッカピッカの妖精が出来上がった。
鑑定して驚いた。
Dランクは良いけど、アリスとは同郷の名無し妖精ではないか。
脳筋妖精が生まれ易いエリアなのであろうか。
まぁ、これはアリスには聞けない・・・よね。
名無し妖精は嬉しいのを身体全体で表した。
飛び跳ねるように天井付近まで飛び上がり、空中で二回転、三回転。
踊るように部屋中を飛び回った。
それにアリスも付き合った。
ちっちゃな小っちゃな妖精の輪舞。
終いには名無し妖精が俺の頭に抱き付いた。
アリスがホバリングしながら俺に念話。
『面倒をかけたわね』
『なんのなんの、アリス様の為なら』
『ハッハッハ、分かっていれば良し、褒めてとらす』
近付いて来る足音が聞こえた。
途端、名無し妖精の身体が硬直した。
それは直後のアリスの言葉で溶けた。
名無し妖精は表情を改めると、アリスに何事か返した。
慌ただしい会話が交わされた。
妖精語は分からないが、剣呑な言葉が飛び交っている雰囲気。
話し終わったのか、名無し妖精がドアの方へ飛んで行く。
それを見送りながらアリスが俺に言う。
『あの子がお礼をするそうだから、私達は手出し無用だってさ』
『お礼って、もしかして、あの足音に』
『そう。あの足音は買い主だって言ってたわ』
『そうか。手厳しいお礼になりそうだな』
『たぶん殺すんでしょう。邪魔はしないでね』
殺すと聞かされても俺にはどうする事も出来ない。
捕らえられて売買された妖精の感情が背中から、だだ漏れ。
ピッカピッカになった彼女から黒い湯気のような妖気が溢れ出し、
四枚羽根を含む全身を大きく覆った。
俺は同情した。
買い主ではなく、彼女に同情した。
これまで、どういう扱いを受けて来たのか。
綺麗事だけは言いたくない。
ドアを開けて一人入って来た。
見るからにお貴族様。
金を掛けた衣服を身に纏っていた。
廊下側から声が掛けられた。
「後でお茶と書類を持って参ります」使用人だろう。
「お茶だけにしてくれ。疲れた、疲れた」お貴族様。
ドアが外から閉められた。
お貴族様は疲れた様子もなく二歩三歩。
その頭上から妖精が降下し、お貴族様、いやお子爵様か、
彼の顔の前でホバリングした。
突然の事に唖然とするお子爵様。
行き成り妖精が子爵の両頬に往復ビンタ。
小さな妖精だがDランク、人並みの力はある。
加えて妖精魔法で両腕をパワーアップしていた。
往復ビンタは一回では終わらない。
感情のおもむくまま両手で連発された。
パパンと連続する心地好い音。
当の子爵からは悲惨な悲鳴。
「ギャー、・・・なっ、なっ、なにを、何をする」
妖精は答えず両手だけを機械的に動かした。
打ち所が悪かったのか、子爵の鼻から血。
それでも妖精の手は止まらない。
子爵は尻餅をつき、鼻血は流れるに任せ、
「私っ・・・私を、こんな目に遭わせて、たっ・・・ただで済むと思うな」
震えながら妖精を睨み上げ、
「誰か、誰か、殺されるー、ギャーーー」大きな悲鳴を上げた。
間を置いて下から駆け上ってくる複数の足音。
ガチャガチャする音は・・・、フル装備の兵士か。




