(アリス)34
俺はシンシアが指揮を代わってくれたことに甘えた。
これで自由に動ける。
探知スキルと鑑定スキルの連携で情報を収集した。
追跡してくる魔物は正確には十二匹。
水辺に生息するFランクのクランクリンだ。
胴体部分が全面硬い鱗で覆われた二足歩行の魔物で、
児童並みの身長、かつ四頭身。
初見では頭部の大きさに思わず笑ってしまうが、
軽い身体に物を言わせて湿地を疾走するので、
低ランクでも群なすと脅威になる。
特に巨椋湖周辺では疫病神のような存在だ。
逃げて来るのは七人。
何れも冒険者。
悲鳴、最後尾が仕留められた。
これで残り六人になった。
俺達の周りに居る魔物はガゼローン、バイア、そしてモモンキー。
ガゼローンは狐から枝分かれしたEランクの魔物。
これが左方に三匹。
バイアは猪から枝分かれした、こちらもEランクの魔物。
これは右方に四匹。
モモンキーは猿から枝分かれしたDランクの魔物。
こちらは後方に二匹。
周辺状況を詳細に掴んでいるが、そのままは伝えない。
探知や鑑定のスキル持ちと知られたくないのだ。
俺は現状、勘働きという形で大雑把な情報を告げている存在。
それで生じる弊害は自分の弓士スキルで帳消しにするつもりでいた。
駄目なら彼女達に一部見せた光魔法を全開で行使するのみ。
シンシアからの指示が飛ぶ。
「弓組は私と一緒に足止めを優先すること。
丁寧に仕留めるのではなく、相手を牽制して統一行動を取らせない。
こちらへの接近を最小限に留める。
そこが大事、いいわね。
槍や剣は盾と盾の隙間から確実に突いて仕留める。
ここで大事なのは、自分が釣り出されないこと、いいわね」
盾の正面の陣備えが決められた。
弓組のキャロルが真ん中で、同じく弓組の俺がその右、
魔法使いのシンシアがその左。
キャロルが真ん中で数を射て牽制し、右に迂回するのを俺、
左に迂回するのをシンシアと割り振られた。
俺とキャロルの間に短剣を持つマーリンが入り、
俺の右に短槍のモニカ。
シンシアの左に短槍のシェリル、と配置に就いた。
また悲鳴、また一人が仕留められた。
残ったのは五人。
獣道の雑草が激しく揺れ、冒険者達が転がるようにして現れた。
視界が開け、盾の陣を見て嬉しいのか、安堵の声を上げる者もいた。
先頭が安心して足を緩めた所為で最後尾が前に出られない。
そこをクランクリンに襲われた。
あっという間に組み敷かれた。
慌てた四人は仲間を助けない。
見捨てて盾の陣の方へ逃げて来た。
恐怖で混乱しているのか、真っ直ぐ逃げて来た。
盾を迂回して後方に回り込むと言う考えは思い浮かばないらしい。
盾を叩いて叫ぶ。
「助けてくれ」「入れてくれ」と喧しい。
俺は盾を除ける気はない。
時間も惜しい。
他のみんなも同じ気持ちのようだ。
それぞれが迎撃態勢に移行した。
俺は直ちに身体強化スキル。
弓を構えて弓士スキル。
そして脳内モニターでズームアップ。
組み敷かれた冒険者を見たが、
クランクリンは冒険者の身体に隠れて、狙いが付けられない。
断念した。
獣道から溢れ出たクランクリンの群は武装していた。
武器は刃毀れ著しい短剣か棒きれ。防具はボロボロな革製の胴丸。
貧相な武装でもって奇声を上げ、飛ぶようにして向かって来た。
キャロルの牽制の矢が奴等に飛ぶ。
命中を度外視した連射。
それでも何本かは当たった。
奴等は迷うことなく左右に散った。
熟れた動き、襲撃慣れか、油断できない。
そこで俺は役割通り右に迂回した奴から順に射ることにした。
急所ではなく、前に出た肩とか手足の部位を狙って射た。
シンシアの水魔法、ウォーターボールの破裂音と悲鳴。
それでも迎撃を抜け、数匹が盾の陣に辿り着いた。
身の程を知っているのか、無駄な体当たり敢行ではなく、
勢いを付けて盾を駆け上がろうとした。
あるいは飛び越そうとした。
マーリンがジャンプして短剣を振り回した。
盾の上に顔を出した奴を強引に払い落とした。
同じく盾の上に出た奴を見つけたモニカ。
槍を揮って、これまた払い落とした。
シェリルにとってはパーティでの初戦だが、気負いはない。
盾と盾の隙間に身体を晒した奴を、素早く仕留めた。
手傷を負った数匹が負け戦と認めたのか、撤退を始めた。
藪化している雑草の海に身を沈めた。
これで一安心かと思いきや違った。
こちらの騒ぎに誘われた周りの魔物達が動き出した。
ジワジワと近付いて来る。
俺はそれをシンシアに知らせた。
Dランクの魔物も含まれているので正確に種類と数を告げた。
すると彼女は大胆に手を打った。
「その数なら私達で迎撃できるわ。
ねえダン、貴男一人に正面を任せるけど、大丈夫よね」
「クランクリンを任せると」
「連中、逃げたけど、それで終わりじゃないでしょう。
こちらに向かって来る別の気配がするのよ」
彼女は元軍人だけに気配察知と状況判断に優れていた。
確かに向こうの戦闘を終えた群がこちらに合流しようとしていた。
数は第一陣より多い。
「ええ、後続が来ます。
任せて下さい、時間を稼ぎます」
俺は女子供達が対処の為に配置を組み替えるのを横目に、
逃げて来た冒険者達の様子を窺った。
連中、四人は盾の陣の下で蹲るようにして小さくなっていた。
逃走で全精力を使い果たしたのだろうか。
今は声もない。
連中を女達の助勢にしようか、と考えたのだが。
これでは足手纏いにしかならない。
このまま放置することにした。
後方と左右から密かに接近して来た魔物達だが、
何時までも隠れての接近は出来ない。
人の手が入った草地なので、雑草の丈が短いのだ。
ある程度の距離になると、まず背中が見えた。
そうなると遠距離攻撃の的。
キャロルが矢を、シンシアが水魔法を、シビルが土魔法を、
それぞれの獲物に向けて放った。
的確に当たった。
悲鳴、それで逆に興奮したのか、魔物達が襲って来た。
火魔法を封じられたままのルースが、
鬱憤晴らしとばかりに声を上げた。
「来るわよ。
奴等は馬鹿だから正面から挑んで来るわよ。
棒立ちは駄目よ。
しっかり腰を落として迎え撃つのよ」
「はい」「はい」子供達が大きな声で応じた。
俺の探知スキルの範囲に新手のクランクリンの群が入って来た。
二十八匹。
一際大きい個体がボスだろう。
と、地響きが。
ド~ン、ド~ン、ド~ンと。
方向的には新手のクランクリンの群の後方。
探知スキルの範囲外なので正体は判然としないが、
それが急いで近付いて来るのだけは分かった。




