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第24話 先生とお見合い

「んぐ、んぐ、んぐ……ぷはぁ~! うまい!」


 一日の仕事を終えた私、沙条怜奈はコップになみなみと注がれた日本酒を一息にあおった。

 教師という過酷な職業をしているせいか、ここ最近は飲酒の量が増えた気がする。


「ったく……、あの禿げ教頭のやつ……。いい加減私を目の仇にするのをやめてもらいたいものだな……」


 コンビニで買ってきたつまみをかじりながら一日のストレスをぶちまけていると、突然携帯が着信を告げた。

 こんな時間に誰だと思いながら携帯を見ると、表示されているのは「実家」という文字。


「うげっ」


 いやな予感しかしないが、出ないと後が面倒になるので、いやいやながらに通話モードにする。


「……もしもし?」

『もしもし? 怜奈? 元気?』

「母さん……」

『あんた、夕飯は食べてる?』

「今、ちょうど食べてるところだよ……」

『そう……。コンビに弁当ばかり食べてるんじゃないよ』

「分かってるって。……それで? 用件は?」

『そうそう。あんた、彼氏の一人でもできたの?』


 母親の「彼氏」という言葉に、思わず頬が引きつったのを自覚しながら、私はため息混じりに否定する。


「私は仕事が忙しいんだ。彼氏を作ってる暇なんてないよ……」

『やっぱり……はぁ……。あんた、そんなことだと一生独り身よ?』

「放っておいてくれ。私は別に彼氏は必要ない」

『またそんなこと言って……。そんなだから、あたしは心配なのよ……。あたしがあんたの年には、もうお父さんと結婚して……』

「ああ、もう分かった分かった。その話は聞き飽きたって」


 母の話が長くなりそうだと予感した私は、母さんの話を強引に断ち切って本題を訊く。


「いまさらそんな話をするために電話してきたんじゃないんだろ? 本題を話してくれ……」

『またそんな男みたいな話し方で……。まあいいわ。それで、用事なんだけど、あんた、今週の日曜日は暇?』

「日曜日……?」


 私は軽く頭の中でスケジュールを確認してみるが、別に友達と遊びに行く予定もないし、学校の仕

事があるわけでもない。つまりは暇だった。


「……ああ、予定は特にないよ?」

『それならちょうどよかったわ。あんた、お見合いしなさい』

「………………はっ?」


 なんといいましたか、我が母上は……?

 お見合い?

 誰が?


『ちょうど、お父さんの知り合いのお医者様の息子さんがお見合い相手を探してるみたいなのよ……。お医者様だからお金持ちらしいし、写真を見せてもらったけど、結構格好いいわよ?』

「ちょ、ちょっと待ってくれ。お見合いって……私がするのか?」

『あんた以外に誰がするのよ……』

「あははははは。母さんも冗談を言うなんて……」

『冗談じゃないわよ?』

「……え? マジで?」

『こんなことで嘘をついてどうするのよ』

「……じーざす」

『わけのわからない事言わないの。とにかく、もう話は通してあるからね! 朝早くから準備するから土曜日にはこっちに帰ってらっしゃい! じゃあね!』

「あ、ちょっ! 母さん!?」


 慌てて呼び止めようとしたけど、母さんは一方的に電話を切ってしまって、『つー、つー』という耳障りな電子音だけが聞こえてきた。


 ……お見合い?

 この私が?


 電話が切れた後も、私は信じられずに呆然としていた。


 よし、落ち着こう。

 とりあえず、つまみでも食べよう。

 そうして口に運んだつまみのから揚げはすっかり冷めていた。


「うげっ……。マズ……」


 最悪だった。

 それから週末まで、私はもやもやしながらすごすことになった。




◆◇◆




 そしてお見合いを翌日に控えた日の夜。

 実家に帰った私は、帰って早々美容院に連れて行かれたり、翌日の衣装合わせに何時間も付き合わされたりして、実家の畳にぐったりと寝転がっていた。


「まったく母さんは……。私はお見合いをする気はないというのに……」

「はははは。お疲れ様。一緒に飲もうじゃないか」


 一人で文句を言っていたところへ、父が日本酒の瓶とコップ、そしてつまみを持って現れた。

 そして、私たちは、縁側に並んで酒を飲み交わす。


 実家に帰るたびに、こうして父と酒を飲んでいるが、いまだにどこか照れくさい。

 そんなわけで黙ったままちびちびと酒を飲んでいると、父さんがぽつぽつと聞いてくる。


「仕事のほうはどうだ?」

「ああ、まぁ、ぼちぼち……」

「そうか。まぁ、あれだ。お前ももうちょっと頻繁にこっちに帰ってきていいんだからな」

「うん……」

「お前があまり顔を見せないから、俺も母さんも心配なんだよ」

「分かってる……」

「そうか……」


 そしてまた二人して黙り込む。

 そうして、二人してちびちびと酒を飲んで少ししたころ、母の夕食の準備が出来たという声が聞こえ、父と一緒にリビングへと向かった。

 久々に食べた母の料理はとても懐かしかった。


 唐突だが、私は昔、とても親不孝な人間だった。

 何にもない田舎町で日々に退屈していたのと、ちょうど思春期特有の反抗期の影響で、私はすごく親に迷惑をかけた。具体的には、ケンカをしたり、暴走族のリーダーをやってみたり、教師となった今では信じられないことばかりだ。

 何度も警察のお世話になったし、そのたびに母が涙ながらに警察に頭を下げるのを幾度となく見てきた。

 父と本気でぶつかり合ったこともある。

 いつしか、両親に対する反抗心は消えていたし、両親はあのころのことを笑って済ませる。

 だから、両親にはすごく感謝をしているし、恩を返したいと思う。


 そんなわけで今回のお見合いも、いやいやながらではあるが、不承不承ではあるが、相手と逢うと決めた。

 だから今、不快な匂いを漂わせながらごてごてと着飾ったお見合い相手の母親と、いかにも御曹司ですといわんばかりの空気を漂わせ、粘つくような視線を送ってくるお見合い相手にぶちきれそうになるのを必死に我慢しながら、作り笑いを浮かべて座っている。


 そんな私の様子に気付かない母と相手の母親は、なにやら世間話で盛り上がっていたがやがて……。


「あらあら。私達だけが盛り上がっても仕方ないですね」

「そうですわね。後は若い二人に任せましょう」


 と言い残して去っていった。

 静かな和風の音楽と鹿脅しの間の抜けた音が聞こえる中、相手の男は気持ちの悪い笑みを浮かべながら口を開いた。


「怜奈さんは、確か高校の教師をされているとか……」

「え、ええ……まあ……」


 いきなり下の名前で呼んでくるとは失礼な男だな、などと内心で思いつつ、とりあえず作り笑いで応じる。


「教師なんて大変でしょう? 子供は大人の言うことに大人しく従っていればいいのに、無駄に反抗するし! その点、僕はパパの言うことに従っていたから、今はこうして医者として成功できてるんですけどね!」


 ふぁさと髪をかき上げながら自慢する男の態度がいちいち鼻につく。

 というか、今こいつ、自分の父親を「パパ」といったか?

 もういい年の癖に?


 私の作り笑いが引きつっているのにも気付かず、そいつはつらつらと自慢話を始める。


「僕は、ゆくゆくはパパの経営する病院を引き継ぐことになってるんですよ。つまりは未来の病院長! そんな僕と結婚できるあなたは最高に幸せだ!」


 ああ、私、今こいつと結婚が決まってることにされてる……。

 しかも、勝手に幸せだと思われてるし……。

 さらに頬が引きつるのを必死で押さえていると、やつは調子に乗り出した。


「僕はお金持ちだからね。あなたは教師をやめていいんだ。言うことを聞かない馬鹿なガきどもを相手にしなくていいんだ! ああ、僕はなんて最高の夫なんだ!」


 ……こいつ、今、何を言った?


「おい……、今、何と?」

「え? あ、ああ、僕は最高の……」

「違う……」


 突然、私の口調が変わったことで、戸惑いながらも再び自画自賛しようとするやつの言葉をぶった切る。


「その前だ。言うことを聞かない……何だって?」

「へっ? あ、ああ、『言うことを聞かない馬鹿なガ……ぶべぇっ!?」


 やつが言い終わる前に、私はやつの顔面を思いっきり殴り飛ばした。

 体の奥底から怒りがこみ上げてくる。


 そう、私はこれ異常ないくらいにキレていた。

 やつは私の地雷を思いっきり踏んだのだ。


 鼻血が噴出すのを手で押さえながら、何が起こったのか理解できていない様子のやつの襟首を引っ

つかんで思いっきりにらみつける。


「貴様……、人の生徒をけなすとはどういう了見だ? あぁっ!?」

「ひ、ひぃっ!?」

「貴様がどんな人生を送ってきたのかは知らん。だがな、貴様に人様の生徒をけなす資格があると思ってるのか? 人を見下してばかりで、人の痛みを知らない貴様が私の可愛い生徒をけなしていいと本気で思ってるのか?」


 がくがく震えるやつの膝を蹴って強引に正座させた私は、そのままに顔を近づけて静かに脅す。


「謝れ……今すぐ、この場で土下座して、私と私の生徒に謝れ。卑しいこの豚に情けをかけてくださいと泣いて媚びてみろ」


 やつは涙を流しながら、畳に想いっきり額をこすり付ける。


「ごごごご、ごめんなさい! すいません! 申し訳ありませんでした! どうか許してください!」

「聞こえんなぁ!」

「ひぃっ! すすすすすいませんでした! この哀れなわたくしめをお許しください!」


 ごりごりと額をこすりつけながら必死に謝るやつを見て溜飲が下がった私は、最後に思いっきり畳を殴りつけながらこういった。


「もう二度とあんなことを言うんじゃないぞ? この豚め!」

「は、はい! ご指導ありがとうございました!」


 そのまま必死に身を伏せるやつをそのままに、私は部屋から出て、騒ぎを聞きつけて別室から出てきた母と合流し、そのままお見合い会場を後にした。


「母さん……すまない。私のためにしてくれたことだったのに……」


 少しして私が誤ると、母はゆっくりと首を振った。


「いいのよ。あたしはあなたが幸せなら……。それに、私もあの人、気に食わなかったしね」


 聞けば、どうやら母たちがいた別室でも、母はやつの母親に散々自慢話を聞かされていて、我慢の限界を迎えていたらしい。

 それでちょうどタイミングよく、例の騒ぎがあったから、これ幸いにと飛び出したという。


「まったく、この親にしてこの子あり、ね」

 おどけたように言う母と、私は一緒に笑った。




◆◇◆




 数日後。

 学校の廊下を歩いていた私に、生徒会会計の向井が声を掛けてきた。


「沙条先生!」

「ん? 向井か? どうした?」

「先生、聞きましたよ? お見合い相手をぶっ飛ばしたんですって?」

「なっ!? 貴様、どこでその話を……」


 思い出すだけでむかつくやつの顔を思い出してしまったではないか。


「いやぁ、すごいですね。お見合い相手をぶっ飛ばして、縁談を破棄するなんて……。先生、おとこですね! それにしてもその相手も羨ましい。僕も先生になじられたい。踏まれたい。謗られたい!」


 身をくねらせて、変態的なことを言う向井の姿がどことなくやつの姿に重なって、だんだんいらいらしてきた私は、向井の肩にそっと手を置いた。


「そうか、そんなに私のストレス発散に付き合うというのか……」

「へっ?」

「いやぁ、君は先生思いのいい生徒だな……」


 私は向井をちょうど目の前にあった生徒指導室に放り投げると、ストレス発散に想いっきり踏んづけることにした。


「あっ~~~~~~~~~~~~~~~~~!」


 その日、恍惚が混じった悲鳴が聞こえたらしい。


 そうそう、私がお見合いした例の医者だが、その後、なじられたりすると喜んでしまう困った性癖に目覚めたらしいと母から聞いた。

~~おまけ~~


部長「先生、向井から聞きましたよ。なんでもお見合いをされたとか?」

文隆「いやぁ、意外ですよね。先生がお見合いなんて……」

部長「文隆君、それがな……。どうやら先生は相手を殴り飛ばしたらしい」

文隆「うわぁ……流石先生……」

先生「お前ら……ちょっと表出ろ」

文&部「すみませんでした!」

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