第19話 文化祭 2日目
忙しくも楽しかった文化祭1日目が終わり、今日は文化祭二日目。
僕は部長と里井と一緒に文芸部として活動する予定になっている。
その活動内容は、午前の部、午後の部でお客さんにお題を出してもらっての即興三題噺……なんだけど大丈夫かな……。
かなりの不安を感じながら荷物を置こうと部室に顔を出すと、既に部長が来ていた。
「あれ? 部長……はやいですね」
今日も部長は普通に制服を着て、自分の席に座っていた。
「いやなに。上手く寝つけなかったのでな。何となく早く来てしまったのだ」
「へぇ、部長でもそういうことってあるんですね……」
「君は私を何だと思ってたんだ……」
「いやぁ、ボケるとき以外はクールだから、こういう文化祭とかの行事が楽しみで寝付けないということはないんじゃないかと……」
「そんなことはないさ。私だって一女子高生なんだから……」
「そういえばそうですね……」
部長と一緒にくだらない会話をしていると、
「おはようございます……」
部室に馬が入ってきた!
いや、正確にはこの「伊吹学園」の男子学生の制服を着た何者かが頭に馬のラバーマスクをかぶっている。
「…………………………………………」
「…………………………………………」
「あ、あれ!? ちょっと二人とも!?」
馬の学生が焦りながらマスクを取ると、中からは里井の顔が現れた。
いやまぁ、馬のマスクをしていた時点でこいつだとは分かったんだけどね!
「何だ……直重君か……。そんなマスクをかぶって現れるから、一瞬不審者かと思ったよ……」
よく見れば、部長はいつの間にか木刀を手にしていた。
「あ、あはははは……」
引きつった笑いを浮かべる里井を見て、なんとなく普段のリベンジのチャンスだと感じた僕は、芝居がかった口調で部長に言う。
「部長、待ってください! あいつは本当に里井ですか?」
「え?」
「どういうことだ文隆君?」
里井が戸惑ったような声を出し、部長はその柳眉を潜める。
「いや、本当にあいつが僕らの知る里井なのかと疑問に感じまして……。そもそも、最初に変装して現れたときから変だとは思いませんか?」
「ちょ、ちょっと西村君!? 一体何を言い出してるんだい?」
抗議の声をあげる里井を無視して、僕はわざと深刻な声で続ける。
「なぜ変装する必要があったんですか? あいつがこの学校の生徒ならそんな必要はないじゃないですか」
「い、言われてみれば……」
盲点だった! とばかりに目を見開く部長。
「ちょ、ちょっと待ってください! 僕は単に二人を驚かせたくて……」
「聞きましたか部長? 本物のさといなら僕達を驚かせるなんてことしないはずです」
「ああ、確かにそうだな……。ではやはり……?」
「ええ、残念ながら里井はあいつに殺されて、顔の皮をはがされたかと……」
「ちょ!? 何、その猟奇的な展開は!?」
「くぅ! 直重君の仇……」
部長が里井のツッコミを無視して憎憎しげににらみつけながら、ゆっくりと木刀を構えるのを、里井が慌てて制止する。
「あの……部長……?」
「何かね? 直重君の姿をした誰かさん?」
「いや、僕は里井直重ですから!」
「本当にそういいきれるのか? 果たしてそれを証明できるのか?」
「はっ?」
「君は君自身を我々の知る里井直重君だと証明できるのかと聞いている!」
「だから、僕はさっきから本人だと……」
「まだシラを切るつもりか! ならば、証明してもらおう! 文隆君!」
「はい!」
部長に呼びかけられ、僕は里井にスケッチブックとペンを渡すと、部長の隣に立ち、おもむろに宣言した。
「第一回! チキチキ! 里井直重を証明しろクイズ~~~~!!」
「わ~~~~! どんどんぱふぱふ!」
「何かが唐突に始まった!?」
里井のツッコミを無視して、問題を読み上げる。
「第一問! 里井直重の文芸部での愛称は?」
「シンキングタイムは三十秒! よーい、スタート!」
「えっ!? ちょっ!? えぇっ!?」
僕の読み上げる声にあわせて、部長は普段では考えられない明るい声でしゃべり、里井は慌てる。
「三十、二十九、二十八、五四三二一終了!」
「一気に!? しかも間が飛んだ!?」
「だって数えるのが面倒だったんだもん」
「えぇ~っ!」
「ほらほら、いいから解答は?」
「え、えぇっと……あー……、まー……、ま、マックス!」
「「……………ないわぁ~」」
まさかの答えにドン引きだった!
「あ、ああ、うん、今自分でもないなって思いました」
珍しく神妙な顔で反省する里井。
「さぁ、微妙な空気になってまいりました『第一回! チキチキ! 里井直重を証明しろクイズ』。続いての問題は……」
「まだ続けるの!? もう勘弁してください! というか、さっきの問題の答えは!?」
里井がツッコミを入れたところでちょうど予鈴が鳴り響いた。
「む? もうこんな時間か……、二人とも、体育館に移動するぞ」
「うぃ~っす」
「えっ!? ちょっ、あれっ!? 終わり!? せめてさっきのクイズの答えを! 気になります!」
必死に懇願する里井を振り返って、部長が堂々と言い放った。
「君に愛称なんてものはない!」
「ですよねぇ~」
里井ががっくりと項垂れた。
◆◇◆
その後、体育館に移動した僕らは昨日と同じように点呼を受けた後、すぐに体育館を抜け出して部室に集合し、早速今日の打ち合わせを始めた。
「とりあえず、十時からだからもうすぐ開始なわけだが……。準備の方はどうだ?」
部長の言葉に里井が答える。
「看板とチラシは既に設置済みです」
そうかと頷いた部長が、今度は僕に訊いてくる。
「宣伝の方は?」
「クラスメイトや家族に伝えておきました。後は話がどこまで伝播しているかですが……」
「そこは我々の埒外だからな……。それじゃあ……」
その後もいくつか打ち合わせをしていると、部室の入り口から誰かの声が控えめに聞こえてきた。
「あのぅ……、もう入ってもいいですか?」
そう言ってひょっこり顔を覗かせたのは、六花、楓、空のいつもの三人組だった。
「よく来てくれた。とりあえず中に入ってくれたまえ」
そう部長に促されて三人組が中に入り、僕が適当に淹れたコーヒーを渡す。
そして更には暇だからという理由で、顧問の沙条先生が、その他にも部長のクラスメイトや僕らのクラスメイトが何人か顔を出して、部室は一杯になってしまった。
予想外の客入りに僕が驚いていると、部長は満足げに笑いながら堂々と宣言した。
「皆さん! お集まりいただいてありがとうございます。それでは、これより文芸部による、即興三題噺を開始したいと思います」
「よっ! 待ってました!」
誰かが言った合いの手に、会場内がどっと沸く。
部長もくすくす笑いながら話を続けた。
「まずは簡単なルール説明をしよう。今から皆さんにメモ用紙を配る。そこに各々、これだというキーワードを一つだけ書いてから、誰にも見えないように折りたたんでこのボックスに入れてくれ」
僕が持っていたボックスを掲げ、里井がそこにメモ用紙を入れる小芝居をする。
「全員が淹れ終わったことを確認したのち、しっかりとこれを混ぜてから私達三人で一枚ずつ引いたものが今回のお題となる。何か質問は?」
部長の問いかけに、先生がすっと手を挙げた。
「お題の内容について制限は?」
想定していた質問に、部長が軽く頷いて答える。
「あります。具体的には、「ボーイズラブ、ガールズラブ、マンガや小説などからのネタ、いわゆる二次創作と呼ばれるもの、そして十八歳未満お断りネタ」は禁止です。それ以外なら何でも構いませんが、初心者が二人いるので、それを考慮していただければ幸いです」
部長が述べた禁止事項をホワイトボードに書き連ねながら、ちらりとみんなの様子を見ると、ちゃんとこの制限に納得してくれているようで安心した。
この制限のことは、文化祭準備期間にみんなで決めたことだ。
こういう制限を設けないと、いろいろと大変な目に遭うことが目に見えていたからだ。本当は『難しい用語の禁止』とか、『無茶ぶり禁止』とか入れたかったのだけど、部長が、「それを何とかするのも作家としての腕の見せ所だ」というので、こういう条件になった。
そうこうしているうちに全員がお題を書き終わったらしく、次々にボックスにメモ用紙を投入していく。
やがて、全員がメモを淹れ終わったところでボックスを回収し、三人でしっかりとかき混ぜる。
そして。
「それでは、今回のお題を発表します! まずは一つ目!」
部長が宣言しながらボックスに手を突っ込み、一枚のメモ用紙を引き抜いて読み上げる。
「…………一枚目は〈ロリコン天誅〉……だと?」
唖然とした口調で読みあげたワードを、部長は引きつりながらホワイトボードにメモをする。その最中、六花が嬉しそうな声を上げた。
「あ、私のだ!」
嬉しそうに笑う六花を見て引きつった笑みを浮かべた部長は、気を取り直すように咳ばらいをした後、里井にボックスを手渡した。
一礼して受け取った里井がボックスに手を突っ込んで、取り出したメモ用紙を読み上げた。
「次のお題は……〈爆撃〉です。おっと、これは中々……」
中々何なのか気になるところだが、今は気にせずに里井からボックスを受け取って、最後の一枚を引き抜く。
「最後のお題は……〈ヒッグス粒子〉?」
「ほほぅ……、私のお題を引くとは。中々いい引きをしているな」
よりにもよって一番厄介な人のお題をひいてしまったみたいだ。
その気持ちが顔に出ていたのだろう、先生が顔を引きつらせる。
「西村。お前、今厄介なお題を引き当てたとか思ったな?」
無駄に鋭いから余計にたちが悪い。
とりあえず、僕が曖昧にごまかし笑いを浮かべていると、部長がホワイトボードに書かれたお題を一瞥してから、皆に向き直った。
「さて、お題が出そろいました。今回のお題は、〈ロリコン天誅〉、〈爆撃〉、〈ヒッグス粒子〉です。それでは、我々はこれから執筆に入らせていただきます。今回お題に選ばれなかったお題は、午後の部に再利用させていただきますので、また来ていただければと思います。出来上がりは正午くらいを予定しておりますが、多少前後するかもしれませんのでご了承ください。なお、出来上がった小説は参加者の皆様にお配りいたしますので、その時間あたりにまたお越しください」
部長の一例に合わせて僕と里井も一礼すると、客たちはどやどやと部室を後にした。
全員が出て忘れ物もないことも確認した僕が、『ただいま執筆中。出来上がりまでお待ちください』という立て看板を立てて部室に戻ると、部長も里井もそれぞれの席に座って作業を始めていた。
僕も早速パソコンを立ち上げて、早速作業に入る。
さて、この三つのお題を使ってどうしようか……。ヒッグス粒子を使った実験で博士をロリコンに目覚めさせて……。よし、この路線で行こう!
とりあえずの方針を決めた僕は、早速作業を始めた。
そして二時間後。
「「できた……」」
「二人ともよく頑張ったな」
どうにか時間までに仕上げた僕と里井が机に突っ伏し、一足先に作業を終えていた部長が労いの言葉を掛けてくる。
「とりあえず、印刷と製本は食事を終えてからにしよう」
そう言って部長が取り出したのは、幾重にも重なった重箱だった。
「部長……? これは?」
僕が問うと、部長は胸を張った。
「君達の労いの意味も込めて、今日は私が弁当を作ってきたのだ。心して食してくれ」
がぱりと勢いよくふたを取り払うと、定番の俵型おにぎりや卵焼き、ウインナー、空揚げなど、食欲をそそる色とりどりのご飯やおかずがぎっしりと詰め込まれていた。
「おお~」
以前、部長の家で手作り料理をごちそうになって、その腕前を知っている僕は早速箸を伸ばしはじめた。
一方の里井は、僕が躊躇なく食べるのを見て、若干のためらいを見せながら箸を伸ばす。
そうして和気あいあいと食事を終えた僕らは、すぐに仕上がった小説を印刷、製本して部室前に並べておいた。ちなみにその製本された小説は、いつの間にか全部なくなっていて、思いのほか僕を驚かせた。
それから若干の休憩をはさんで開始される午後の部。
午後の部に顔を出してくれたのは、いつもの生徒会三人組や噂を聞きつけた新聞部部長、そしてなんと外部から、作家としての部長の担当編集さん(ボーイッシュな美人さん)が来てくれて、部長を大いに驚かせた。
「上田さん……来てくれたんですか……」
上田さんというらしいその人に向かって嬉しそうに笑う部長。
対して、その上田さんはというと、部長にぱちりと器用にウィンクを決めた。
「ふふふ、瑞枝ちゃんが面白いことをやってるって聞いてね。これはぜひともいかなくちゃって思ったの。それにしても即興三題噺なんて、また面白いことをやってるわね。でも部活に力を入れるのもいいけど、お仕事の方も忘れないでね?」
「大丈夫ですよ。私が今まで締め切りを守らなかったことがないのは知ってますよね?」
「そうだったわね。それじゃあ、お手並み拝見させてもらうわね」
そう言って上田さんは、いつの間にか手にしていた午前の部の冊子をひらひらと降って見せた。
それから少しして始まる午後の部。
午前の部と同じ説明をして(午後は部長の担当編集上田さんが先生と同じ質問をしていた)早速メモ用紙を配って、ボックスに入れてもらう。
ボックスにメモ用紙を入れる時の上田さんの眼がものすごく悪戯を目論んでいるように見えたけど、気にしないことにした。
そうこうしているうちに、お題がすべて集まり、抽選を始める。
まずは部長がボックスに手を突っ込んでお題を引く。
「私が選んだお題は……〈ベータ崩壊〉……また難儀なものを引いたな……」
部長がため息をつきながらホワイトボードにメモしている間に何気なく部室を見回していると、件の上田さんがにやりと笑ったのを目撃して、僕は悟った。
絶対にこの人がこのお題を書いたな……。
そんな僕の考えをよそに、次は里井がお題を引き当てる。
「僕が引いたのは……〈初雪〉……。また随分と季節はずれな……」
「あらあら、季節外れだからこそ、その風流さが際立つものですよ?」
生徒会長が書いたんだ、このお題。まぁ、別にいいか。
さて、最後はっと……。
気負いなくお題を引き抜いて読み上げる。
「えっと……僕が引いたのは〈木耳〉……」
「普通だな」
「普通だね」
部長と里井の、ぐさりと胸に来る痛烈なコメントに俯いていると、突如として黒野さんが立ち上がって力説し始めた。
「木耳の何が悪い! 木耳はなぁ! 中華に入れてもよし、和食に入れてもよし、更には栄養も豊富で素晴らしい食材なんだぞ!」
突然のことに呆気にとられる僕らに、生徒会長が困ったような笑みを浮かべた。
「あらあら、ごめんなさいね。この子、木耳が大の好物みたいでして……」
「すなわち! 木耳とは正義! 木耳とは……」
「ちょっとお黙りなさい。ていっ」
「ぴくみっ!」
生徒会長が、黒野さんの首筋に手刀を叩き込むと、黒野さんは意味不明な悲鳴を上げて意識を失った。
「失礼しました。どうぞ、続けてください?」
おほほと言わんばかりに誤魔化す生徒会長に唖然としつつも部長が午前と同じような説明をして客たちは三々五々散っていった。
執筆中という看板を出した僕は、早速作業に入りながら、なんとなく二人に話を振った。
「二人は今回はどんな話を?」
「そうだね……、僕はまだちょっと迷ってるかな……。君は?」
苦笑するように答えた里井に向かって、僕は両肩をすくめて見せる。
「部長は?」
「……そうだな、今回は『木耳のベータ崩壊と初雪の関連性について研究する若い女性研究者のラブロマンス』にでもしようかな……」
「もう話の構成ができたんですか? すごいですね」
「いや、この程度ならどうとでもなるさ。それよりも二人に真子から伝言だ。『初雪は季節を夏限定でお願いしますね』だそうだよ?」
「「はっ?」」
僕と里井が思わず聞き返すが、部長は同じことを繰り返すだけだった。
僕と里井はお互いに顔を見合わせてため息をついた後、仕方なしに作業を始めた。
そうして二時間が経過して……。
僕と里井は、午前と同じように机に突っ伏していた。
部長がどこからか調達してきたタピオカ入りジュースをちびちびと飲みながら疲れを癒した僕らは、新しく書き上げた小説を印刷して製本し、更に要望があったので午前の部の小説も併せて製本した。
◆◇◆
「二人とも、今日はお疲れ様だったな。明日は幸い休みだ。ゆっくり休んでくれ」
「「……はい」」
あの後、文化祭終了セレモニーに出席した僕らは一度部室に戻って、部長から労いの言葉を受けていた。
ちなみに、小説の方は売れ行き好調で、午後の分はもちろん、増刷した午前の分もすでに完売していた。
また、午前午後ともに読んだという僕の友人三人は面白かったという意外に嬉しい評価をメールで送ってきてくれたし、生徒会メンバーの人たちも次も期待しているという、これまた嬉しい評価をくれた。
その評価だけでも、今日、このイベントをやってよかったと思えるのだから不思議だ。
それはともかくとして、グラウンドで後夜祭を楽しむ他の生徒たちを見ながら、僕は隣に立つ部長と里井にぽつりと呟いた。
「今日は意外に楽しかったです。来年もまたやりたいですね」
「うん、そうだね……」
「ああ、もちろんだ」
こうして慌ただしくも楽しかった文化祭は終わり、部長が燃え盛るキャンプファイヤーを見ながら、決意に満ちた顔でこう言った。
「来年こそは、男女逆転喫茶をやるぞ!」
「まだあきらめてなかったんですか!?」