第18話 文化祭一日目
本番へ向けての準備に追われ、ふらふらになりながらもどうにか迎えることができた文化祭当日。
全校生徒は少し早めに登校し、体育館で思い思いの姿で文化祭開始のセレモニーを待っていた。
僕らのクラスは全員が用意されていた着ぐるみパジャマを着たままの出席である。
最初は目立つことこの上ないと思っていたけれど、僕ら以外にも呼び込み用の着ぐるみを着ている人、何かのアニメのコスプレをしている人、メイド服に身を包んだ女子生徒などなど、いろんな恰好の生徒がたくさんいたため、意外にも目立つことはなかった。
パンダの着ぐるみパジャマを着た僕がきょろきょろと辺りを見回していると、すぐ隣にいた尖った三角の耳に、全体的に茶色い色使いで、お腹の部分が白くて、島縞模様のしっぽを生やした(要するに狸の着ぐるみパジャマを着た)六花がきょとんと訊いてくる。
「文君、どうしたの?」
「ああ、いや。集団で着ぐるみパジャマなんてものを着てるから目立つかと思ったら、他の人たちもいろんな恰好をしてるから、意外と目立たないなって……」
すると六花は困ったように頬を膨らませる。
「そうなんだよね……、目立たないからお客さんが来るかどうか……」
「それはまぁ、後で余った人手を呼び込みに使えばいいだろう」
後ろから突然、楓がそう声を掛けてきた。
ちなみに彼女は、黒い三角耳のカチューシャを付け、全体的にスラリとした体躯を黒のレザースーツで多い、針金の入った長い尻尾を付けている。
黒猫をイメージしたものらしいが、本人の体型と相俟って何故か黒豹と評したほうがいい気がする。
「だったら俺は後で呼び込みに回ろう……、ヒヒン」
そう言ったのは楓の隣にいた空。
彼は、全身を栗色のぴったりとした服で多い、頭を妙にリアルに再現された馬のマスクで覆っている。
「俺と楓なら見た目のインパクトもあるだろう? ヒヒン」
語尾に「ヒヒン」とつける辺り、本人なりに馬になりきっているつもりなのだろう。
だがな、……空、お前が呼び込みに行くのは絶対にやめてくれ……。
僕が空の肩を叩きながらそう言うと、空は心外そうな顔(マスクで隠れていて見えないが雰囲気は伝わってくる)をする。
「何故だ? 見た目にインパクトがあった方が集客効果も高くなるだろう?」
「それはそうなんだけど、お前のはインパクトがありすぎて逆に怖いんだ。そんなだと客が寄り付かなくなるだろう? つか、馬は馬でも何でそんなの選んだ?」
「愚問だな。それは面白そうだからに決まってるじゃないか」
「…………さいで……」
胸を張って堂々と答える空に、僕はため息しか出なかった。
ちなみに途中から語尾に「ヒヒン」が消えている辺り、意外と設定が甘いのかもしれない。
「それなら僕が一緒に行こうか?」
そう言ってきたのは僕の前にいた里井。灰色のダブダブしたパジャマと頭に丸い耳のカチューシャを付け、両頬に三本のひげをそれぞれペイントした、ネズミの格好だけど、地味に似合ってるのが腹立つ。
「粟飯原さん、九条さん、それで構わないかな?」
「私は一向に構わないが……」
「いいんじゃないかな」
こうして宣伝役が決まり、クラスメイト全員に伝えたところで、いよいよ文化祭開始のセレモニーが始まった。
長ったらしい校長の挨拶から始まり、生徒会長、美月真子先輩の挨拶と続き、最後に文化祭実行委員長にして生徒会副会長の黒野先輩が、文化祭開始の宣言をした。
「堅苦しい挨拶はしない。俺から言いたいことはただ一言だけだ。……とにかくこのグレートな文化祭を皆楽しんでくれ!」
どこかで聞いたようなフレーズの挨拶を終えたその途端、皆が歓声を上げ、いよいよ文化祭が始まった。
体育館では引き続き、有志によるダンスが始まったけど、僕らのクラスは開店準備のために体育館を抜け出して、教室に戻る。
最後に、やり残したことや準備に抜かりはないを確かめた六花が、教壇の上に立った。
「それじゃあ、みんな。そろそろ始めよう!」
『おー!』
六花の言葉に全員が拳を突き上げて応え、僕らのクラスの喫茶店が開店した。
「いらっしゃいませ~。お客様二名様で~す」
六花が入り口でそう挨拶をして、お客さん第一号(女子生徒二人)を店の中に通す。
『いらっしゃいませ~』
教室内にいた全員が振り返って挨拶すると、女子生徒たちは一瞬だけきょとんとした後、ぱっと顔を華やかせた。
「「かわいい~~~~~」」
「なにここ! みんな可愛い!」
「特にこの子! お持ち帰りしたい!」
「わわっ! ちょ、やめ……」
六花が後ろから抱きしめられて頬ずりされ、慌てる。
後ろから抱きしめられた状態からじたばたと暴れているが、中々脱出できないようだ。……仕方ない。
僕は六花に頬ずりする女子生徒の前に立つと、丁寧にお辞儀する。
「お客様、申し訳ありませんが、彼女を放していただけませんか? 後ろの他のお客様のご迷惑にもなりますので……」
僕がそう言うと、女子生徒たちはちらりと後ろを振り返り、渋々と六花を解放した。
ほっと息を吐く六花を、他の客の対応に回し、僕は女子生徒たちを席に案内した。
「注文が決まりましたらお呼びください」
定型文を言って去ろうとする僕を、その女子生徒たちが呼び止める。
「あの……、後であの子と写真を撮っていいですか?」
あの子とは六花のことだろう。
「他のお客様の迷惑にならない程度にお願いします」
これまた定型文で答えると、女子生徒たちは嬉しそうに騒ぎながらメニュー表を眺め始めた。
「ふぅ……」
「お疲れ様だな」
僕が待機場所に戻ると、すぐそばに馬が寄ってきた。
「中々手馴れてるじゃないか……」
「まぁ、この程度なら……。つか、お前は接客に出ないのかよ?」
「愚問だな……。まぁ見ていろ……」
営業スマイルを浮かべつつ、小声で空に問いかけると、空は論より証拠とばかりに接客に向かった。
「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりですか?」
空の問いかけに、客は少しだけ悩んだ後、顔を上げて注文しようとする。
「えっと、それじゃあ……………………ひぃっ!?」
空の顔……、正確には空が被った馬のラバーマスクを見て悲鳴を上げる客。
「……………お客様?」
「え? あ、ああ、ええっと……………」
我に返った客が注文をしようとするけど、どうしても空の姿に目が行ってしまい、注文できずにいる。
「……………お客様?」
空がもう一度問うと、客は意を決したように口を開いた。
「あの……、その恰好は……」
「馬です」
間髪入れずに答えながら顔を近づける空。
「あ、でもその……」
「馬ですが何か?」
何かを言おうとした客にさらに顔を近づけると、客は顔を引きつらせて「すいません、何でもないです」と謝った後、「じゃあ、このコーヒーセットを……」と注文して机に突っ伏してしまった。哀れな……。
対する空はというと、満足げな雰囲気を漂わせながら戻ってくると、僕にサムズアップを見せる。
「どうだ? 俺にもできるだろ?」
僕は肩をすくめることで応えた後、接客に専念することにした。
それからしばらくの間、僕たちが接客に忙殺されていると、
「いらっしゃいま……みぎゃあ!」
という、本日何度目かの六花の悲鳴が聞こえた。
もはや慣れてしまった僕が六花の方を振り返ると、部長が満面の笑みを浮かべながら六花に抱き付いていた。
暴れながら必死に抜け出そうとする六花を、部長は強引に押さえつけながら頬ずりをする。
「ああ~。何だこの生物は! 可愛すぎるではないか! お持ち帰りしたい! いやするべきだ!」
そう言って六花を小脇に抱えて立ち去ろうとする部長を、僕が慌てて引き留める。
「部長! 何やってるんですか!」
僕が強引に部長から六花を奪い返すと、六花は涙目になりながら僕の後ろに隠れ、部長は残念そうな顔でそれを見る。
「部長、さすがにお持ち帰りしてはダメですよ……」
「むぅ……、こんな可愛い生物をお持ち帰りできんとは……」
「本当にお持ち帰りしたら犯罪ですよ?」
「可愛い生物を前にした私に対して、法など無意味だ!」
「いや、法はちゃんと守りましょうよ……」
「文隆君、知っているか? 法は破るためにあるんだぞ?」
「違いますよ!? 守るべきものが法ですよ!?」
「える、しっているか? しにがみは、りんごしかたべない」
「何で急にデ○ノート!?」
「私は新世界の神になる!」
「ならなくていいです!」
「私は世界を壊し、世界を作る!」
「ギ○ス!? ル○ーシュ!?」
「文隆君に命ずる! 私にその子をお持ち帰りさせろ!」
「イエス・ユア・ハイネス! ……というとでも!? 駄目ですよ!?」
「ちっ、仕方ない。今回は諦めてやろう」
「毎回諦めてください!」
僕が最後にそうツッコミをすると、周りからいきなり拍手をもらってしまった。
それに驚いて見回すと、いつの間にか僕と部長を取り囲むようにギャラリーができていた。どうやら、今の漫才を見られていたようだ。
さらにふと視線を教室の外に向けると……。
――ただいま即興漫才実演中
とかかれた大きな紙が張り出されていた。
……いつの間に………。
呆れながら見ると、いつの間にか僕の後ろから消えていた六花が、張り出していた紙を回収しながら僕にVサインを見せてきた。
商魂たくましいことで……。
僕はため息をついた後、部長を席に案内して注文を聞いた後、再び待機位置に戻った。
馬面が苦笑の雰囲気を漂わせながら労ってくる。
「ご苦労さん」
「まったく……」
分かってもらえて悲しいよ、本当に。
それから少しして部長が帰り、教室内に平穏が訪れようとした時のことだった。
「ちょ、ちょっと! やめてください!」
再び六花の悲鳴が聞こえた。
しかし、その悲鳴は先ほどまでとどこか違っている。
はてと思いながら振り返ると、ガラの悪い格好をした男が三人で六花を囲んでいた。
「お嬢ちゃん、可愛いねぇ」
「よく見ると、可愛い子がたくさんいるなぁ」
「全員で接客してもらおうぜ」
どうみても頭の悪い連中だ。
奴らは本気で嫌がる六花を無理やり連れながら、勝手に席に座る。
「おらぁ! 早く水持ってこいや!」
「野郎はくんじゃねえぞ?」
「ぎゃっははははは!」
周りを威嚇するように大声を出しながら好き勝手わめいていた。
怖がるクラスの女子たちと、つかまって泣きそうになっている六花を見て、僕が一歩踏み出そうとした時だった。
「あらあら。お行儀の悪い方たちですね」
男たちが座った隣の席から、誰かが立ち上がった……って生徒会長!?
それに黒野さんと向井さんまで!?
いつの間にお客さんとして来ていたのか……ってそうじゃなくて!
「あぁん!? あんだテメェら!」
「てか、そっちの子、よく見たらかわいいじゃねぇか。俺たちと一緒にお茶しようぜ?」
案の定というべきか、男たちが苛立ったように声を上げる。そのついでに生徒会長の美月さんをナンパしていた。
「あらあら。ごめんなさいね。私はあなた達みたいな下賤な輩とお茶を飲む趣味はありませんの……」
「下賤? 何のことだかわかんねぇが、いいじゃねぇかよ。一緒にお茶しようぜ」
「あらあら、下賤の意味も通じないなんてお馬鹿さんですね」
生徒会長の心底バカにした言葉に、男たちがキレた。
「あんだと!?」
「なめてんのかてめぇ!」
「調子に乗ってんじゃねぇぞ、ゴルァ!」
テンプレ通りのセリフを吐く男たち。
「まったく、下賤な輩は口にするセリフもテンプレですね」
生徒会長も同じことを思っていたみたいだ。
そして、何故か僕に視線を向ける。
「文隆さん、申し訳ありませんが、少しだけ暴れます。大目に見てくださいね」
ぱちりとウィンクをする生徒会長に、少し赤くなりながら頷く僕。
自分たちを無視する僕らが気に食わなかったのだろう、男たちが拳を振り上げ、生徒会メンバーに殴りかかってきた。
「俺たちを無視するんじゃねぇ!」
叫びながら繰り出された拳はしかし、美月さんがふわりと身をかわし、誰も捕えることなく空を切る。
「残念でした、お馬鹿さん」
痛烈なひと言と共に、美月さんは伸びきった男の腕を右手で掴み、左手を男の腹に添え足払いをした。
次の瞬間、男の身体がくるりと回転し、どうっという音を立てながら背中から床に落ちた。
「がっ!?」
受け身を取ることもできずに背中を強打した男がもだえ苦しむ。
「てめぇ!」
「やりやがったな!」
男の仲間二人が一斉に生徒会長に襲い掛かるが、黒野さんと向井さんが間に割って入り、黒野さんは中国拳法のようにカウンター気味に鳩尾に拳を叩き込み、向井さんは相手の動きに合わせて反転してそのまま腕を後ろ手にねじ上げながら床に叩き伏せた。
『…………………………』
「無様ですね」
美月さんが痛烈なひと言を放ちながら、床に倒れ伏す男たちを冷たく見下ろした。
一瞬のことに静まり返る教室はしかし、数瞬の後に割れんばかりの拍手喝采に包まれた。
生徒会の三人はそれににこやかに応えながら、駆けつけてきた風紀委員と警備の人に事情を話し、悶絶する男たちと共にどこかへ去っていった。
そんな彼らを見ながら、いつの間にか戻ってきていた里井が一言つぶやいた。
「彼らを下手にからかうのはやめよう……」
珍しく意見があった僕は、里井の言葉に深く頷いた。
こうして波乱万丈な文化祭一日目はどうにか終了し、ヘロヘロになりながら僕は帰宅した。




