第14話 作家・江藤泉の一日
波乱万丈な合宿が終わり、一週間ほどが経過したある日のこと。
――カタカタカタカタカタ
珍しく静かな部長の席から軽快なタイピングの音だけが聞こえる。
――カタカタカタカタカタ……………カタカタカタカタカタ
時々、タイピングの音が止まるのは、文章を考えているからだろうか。そんなことを考えつつ、僕は夏休みに出された大量の宿題を片づけていく。
世の中には夏休みの宿題を最終日の三十一日に片づけようとする勇者がいるみたいだけど、僕は面倒なことはさっさと片付けたい性格なので、早い段階で片づけるようにしている。
――カタカタカタカタカタ……………カタカタカタカタカタ……
部長のキータイプをBGМに黙々と宿題をこなしていく。
ちなみに部長はPCにヘッドフォンを接続して、クラシック音楽を聞きながら作業を進めている。
さて…………。なぜ、こうも平和な時間を過ごしているのかというと……。
「今日はそれぞれ自由活動にしよう」
部長が部室に顔を出して開口一番、そう告げた後、さっさと自分の席についてPCを立ち上げ、さっさとセッティングを済ませて、自分の作業に没頭したからだ。
最初は戸惑ったけれど、まぁそれならこれ幸いとばかりに、僕は宿題を片づけ始めたというわけだ。
それからしばらくして。
「……そういえば……」
宿題に向けていた集中力が切れ始めた僕が、誰に言うでもなくぽつりと呟くと、里井が読んでいた本(何故かウィリアム・シェイクスピアの『リア王』)から顔を上げて、僕に訊きかえしてくる。
「どうしたんだい?」
にっこにっこ笑ってくる様が気持ち悪いとは思ったけど、話し相手にはちょうどいいかと思い直す。
何気に酷いことを言ってるかもしれない。
……うん、正直すまん!
僕は内心で勝手に里井に謝った後、改めて口を開いた。
「そういえばさ、部長が作家として仕事をしてるところなんて、初めて見たなと思ってさ……」
「…………ああ、言われてみれば……」
里井も部長の方にちらりと視線を移して、納得いったように頷いた。
「普段、作家としての部長ってどんなことをしてるんだろう?」
「私がどうかしたのか?」
「うわぁっ!」
突然部長が声を掛けてきて、僕は思わず悲鳴を上げる。
「部長……聞いてたんですか……」
「聞いていたというか、ちょうど一息いれようとしたら、君達が私の話をしているのが聞こえたからな……。で? 私がどうかしたのか?」
「ああ……いや……、部長が作家の仕事をしてるのを始めてみたので……、普段の部長は作家として何をしてるのか気になったんですよ……」
僕が理由を言うと、部長は少し考えた後に面白そうに笑った。
「そうか……。なら、休憩がてら聞かせてやろう」
そしてついに、部長の謎に包まれた生態が今明かされる!
◆◇◆
「まず、平日は君達も知っている通り、学校に通っている。いくらライトノベル作家と言っても、本業は学生だからな。ともあれ、学校の退屈な授業を受けたり、放課後にこうやって君達と部活動に勤しんだりした後は、家の近所のスーパーで夕食の材料を買って帰る」
「あれ? 部長って一人暮らしなんですか? それに自炊できるんですか?」
僕が口を挟んで問うと、部長が少し睨み付けてくる。
「君は私を馬鹿にしているのか? どこぞの出来合いの物や、そこらのファミレスなんかよりもよっぽど美味しいものを作る自信がある。それに、作家デビューしてからは、一人暮らしをしている。信用していないか? なら近々食わせてやる。……っと、話しが逸れたな。ともかくだな。家に帰って夕食を食べた後は、軽くトレーニング……、剣術だったり、功夫だったり、ボクシングだったり、ロッククライミングだったり、スニーキングだったりといろいろだが、そんな感じのことをしてから、執筆したり、アニメを見たり、マンガを読んだり、ゲームをしたりといろいろだな。で、その後は、大体夜の九時くらいに風呂に入る。ちなみに最初に洗うのは左腕だ」
「いや、聞いてませんから……」
「何だと!? 思春期の男子生徒というのは、女の子がどの順番で体を洗うか想像して夜も眠れないのではないのか?」
「何でそんな勘違いをしてるんですか……」
僕が呆れて突っ込むと、部長は里井に視線を向けた。
すると、里井は部長からふと目をそらす。
「……む? 直重君。なぜそこで目を逸らすのかな? まあいい。この件については後で問い詰めるとして、話しを元に戻そう。とにかく、入浴後は髪が乾くまで家のことをいろいろやる。掃除、洗濯、翌日の朝食や弁当の下ごしらえ。それが終わったら、小説を執筆したりして少し時間を潰してから寝る。これがまぁ、普段の私だな。……ん? どうした文隆君? 何か聞きたいことでも?」
「いや、何でそんなトレーニングしてるのかなって思いまして……。あと、さらっとトレーニングの中に不穏な単語が混じってましたよ」
「トレーニングは、話しの幅を広げるためだ。実際に自分で体験したほうが、リアルな描写という物ができるだろ?」
「はぁ……、それはまぁ分かりましたけど……、トレーニングの中にスニーキングが混じってたのは……?」
「気のせいだ!」
胸を張って言い切りやがったよこの人!
僕は慌ててツッコむ。
「いやいやいやいや! 自分の言動を振り返ってみてくださいよ!」
「……………?」
「『てんてんてんてんはてな』じゃねぇですよ! 具体的には二十八行上を振り返ってみてくださいよ!」
「…………二十八行上? 君は何を言ってるんだ?」
部長がきょとんとし、僕も自分の発言に気付いた。何であんなメタ発言をしてしまったのか分からない。
これは天の意思? 神様の悪戯?
完全に混乱した僕を可愛そうな目で一瞥した後、部長は話を戻した。
「ええっと……どこまで話したのだったか……。ああ、そうそう、確か文隆君の黒歴史についてだったな」
「そんなことはミジンコ一匹分も話してないですよ!? いつからそんな話をしてましたかねぇ!?」
「「あ、復活した……」」
「わざと!? もしかして、僕を復活させるために……?」
うぅ……、僕は今まで誤解していたのかもしれない……。という僕の感動は、帰ってきた二人の返事でものの見事に裏切られた。
「「いや、面白いから」」
「ですよねぇ! そうだと思いましたよコンチクショウ!!」
期待した僕がバカでした。
相変わらずのアウェーな空気に項垂れていると、部長が時計を見上げて呟いた。
「む? もうこんな時間か……。このままここにいても集中できないし、今日の部活はこれにて終了だ」
部長の宣言でそれぞれが帰り支度を始めた時のことだった。
部長がふと僕らに訊いてきた。
「君達は明日は暇だったりするのか?」
「……? 別に宿題を片づける以外は特に何もないですが?」
「よろしい。ならば、私が明日、君達に料理をごちそうしてやろう」
「………………はっ?」
「なんだその顔は? 君は私が自炊しているのを疑っているのだろう? だったら実際にやって見せた方が早いだろう?」
「あ、部長……すいません」
「む? どうした? 直重君……」
「部長の手料理はすごく楽しみなんですが、僕は明日、どうしても外せない用事がありまして……。大変恐縮ですが、辞退させてください」
「そうか……それは残念だが仕方ないな……」
「あ、部長! 僕も……」
「君は先ほど暇だと言っただろう」
「うぐっ!」
この機会に乗じて断ろうとしたけどダメだった。
「何故そんなに嫌がる? 自分で言うのもなんだが、こんな美人の手料理を食べれるんだぞ? 普通の男なら泣いて喜ぶところだろう?」
部長が不満げに言う。
いや、美人の手料理というのは嬉しい。だけど、こう……そこはかとなく嫌な予感というか、そういうのがしてならない。
僕がその後もどうやって逃げようかと考えている間に、里井はさっさと帰ってしまった。
「それじゃあ部長。今日は失礼します。西村君、部長の手料理の感想、また聞かせてね」
語尾に音符がつきそうなほどの弾んだ声で言うんじゃない。ウィンクをしてくるんじゃない。気持ち悪い。
「さて、我々も帰るぞ」
部長に促され、僕らも部室を後にして校門を出た。
そして、その道すがら。
「正直、君がそこまで嫌がるのは、少しショックだな」
部長が寂しそうにつぶやいた。
「私も、これでも女の子で、それなりに家事にも自信があるつもりだ。だが、他人がそうまで逃げようとするのをみると、やはりショックなのだよ」
寂しそうに笑いながら僕を見る部長を見て、僕は頭をハンマーで殴られたかのような衝撃を受けた。
そうだ……部長も悪気があって僕を誘ってくれてるんじゃないんだ。折角の部長の好意を、僕は無下に断ろうとしたんだ……。
段々と罪悪感が頭をもたげてくる。
「だが、そうだな。恋人でもない物に手料理を振る舞われたって……」
「部長! すいません! 僕が悪かったです! だから、やっぱり明日はごちそうになります!」
僕が真剣な顔でそう言うと、部長は少しの間黙り込む。
そして。
「……………………そうか。そう言ってくれるか」
夕焼けの中でほっとしたように笑った部長に、一瞬、心臓が跳ねあがったのは内緒だ。
「それでは、早速明日の予定なのだが……」
何事もなかったかのように、けろりとしていう部長にそんな気分もまるで、「今のは幻想だ! そんな幻想は俺がぶち壊す!」とばかりに一瞬で消え去った。
そして僕は再認識する。
部長はやっぱり部長だったと。
とりあえず、僕の反省を返してほしいと、切に願う。
~~おまけ~~
文隆「ところで部長?」
部長「どうかしたのか、文隆君?」
文隆「何気に部長の作家としての名前が初登場でしたね」
部長「……ああ、そういえばそうだな……。ちなみに、江藤泉というのは、私の本名のアナグラムだ。よく出来ているだろう?」
文隆「そうなんですか……。言われなければ本名だと思う人も多いでしょうね……」
部長「ああ、私も編集者や業界仲間たちからはよく江藤先生とか江藤さんとか呼ばれるから、時々そちらが本名だと勘違いしてしまうよ……。作家あるあるだな」




