第13話 夏合宿 後編
「それじゃあ出発だ!」
部長号令のもと、バスに乗り込んだ僕たちは、一路、学園保有の宿泊施設に向かった。
ちなみに、先生は自分で勝手に現地に向かうと言っていたので、ここにはいない。
バスの一番後ろの席とその前の席を確保した僕らは、合宿という初めてのことにテンションが上がりまくって、どうにも騒がずにはいられなかった。
いくら他に乗客がいないとはいえ、運転手からすれば甚だ迷惑な行為だったのだろうと、後々で反省したことを追記しておく。
そうしてテンションが高いまま騒ぎ続けてしばらくしたころ、ふと部長が外に目を向けて声を上げた。
「海だ!」
その声に、皆が一斉に顔を見合わせた後、そのまま窓際に殺到した。当然、窓際に座っていた人物(今回は里井と向井さん)は全員に押しつぶされるような形になって、意味不明な悲鳴(向井さんは嬌声)を上げた。
「ちょ、皆さん! おちつ……まそっぷ!」
「ぐぅおおおぅ! いい!」
その後、テンションが上がりきった僕たちは、目的のバス停で降りると、油断すればすぐにでも海に突撃してしまいそうな部長と生徒会長を押さえつつ、一度宿に向かった。
先生と合流してから、宿の受付で全員生徒手帳を見せると、受付の人が説明と共に鍵を2つ手渡してくれた。
「お伺いしております。いらっしゃいませ。お部屋の方は四人部屋と三人部屋をおひとつずつご用意させていただきました。男女に分かれていただくのが妥当かと。なお、一緒の部屋に泊まりたいというバカップルには、私から粛清のプレゼントをご酔いさせていただきますので、この場でお申し付けください」
さらりと物騒なことを言われた気がしたけど、幸いというかなんというか、この面子に特定の相手がいる人はいないので、事なきを得た。
少しして、それぞれの部屋に案内された僕たちは一度部屋に入って荷物を置き、水着を着用の上、ロビーに集合という流れになった。
ちなみに、この宿から直接ビーチに行けるため、部屋で水着に着替えても問題ないらしい。何とも便利な話だ。
「それじゃあ、また後で」
「はい」
部長と生徒会長と別れた男子組は、そのまま自分たちに割り当てられた部屋に入ったところで、僕は違和感を覚えて、入り口で立ち止まる。
「どうしたんだい?」
「何か忘れ物でもした?」
里井と黒野さんが部屋の中から問いかけてくる。何となく後ろを振り返ってみたけど、そこには誰もいない。
僕の行動を訝しげに見た里井と黒野さんが、お互いに首を傾げる。
はたと気づいて、人数を数えてみると……。
僕、里井、黒野さん……。
「………………………………………あっ!」
僕が違和感の正体に気付き、同時に里井と黒野さんも気づいた瞬間、隣の部屋から大声が聞こえてきた。
『貴様! なぜ堂々とこちらに来ている!?』
『向井……、さすがにそれはいただけないな……』
『あらあら。あなたにはきついお仕置きが必要ですね』
直後、隣の部屋から大声が聞こえてきて、最後に、
『変態とは死ぬことと見つけたり! ビブロッ!』
と向井さんの声が聞こえて、バタン! というひときわ大きな音が聞こえた。そして、一瞬の静寂の後、僕たちの部屋の電話が鳴る。
僕たちは、一瞬だけびくりとなった後、一番近くにいたという理由で僕が電話に出ることになった。
恐る恐る受話器を持ち上げて、ゆっくりと耳に当てる。
「も、もしもしもしもしもしもしもし…………」
『なんだ、ずいぶんと〈もし〉が多いな……』
「ぶ、部長……、ど、ど、どうしたんですか? 着替えならまだですよ? あ、それとも、このまま、里井や黒野さんの水着生着替え実況が欲しいとか?」
『なぜ私がそんなものを聞かなきゃならんのだ……。用件はあれだ。今、私たちの部屋の前に変態を一つ放り出したから、回収してほしいと思ってな』
「へ、変態……ですか……?」
『ああ、そうだ。いつの間にやら私たちの部屋に紛れ込んでいてな。私達の着替えを堂々と覗き見ようとしていたので、処刑したのだ。だからすまないが回収を頼む。それとできれば、しばらく動けないようにしておいてほしい』
「イエス・マム!」
『何で軍隊式!? まぁいい。では、また後で……』
「了解です!」
勢いよく返事を返してから、ゆっくりと受話器をおろし、里井と黒野さんに告げた。
「やっぱり、向井さんはあっちに痛みたいです……」
「そうか……、それで? 会長たちはなんと?」
「向井さんを放り出したので、回収してしばらく動けないようにしてほしいと……」
「そうか……、まったくあいつは……」
黒野さんは盛大に息を吐きだすと、幸せそうな顔で気絶する向井さんを引き摺ってきた。
「えぇっと……、とりあえずロープっと……」
黒野さんが呟きながら鞄をごそごそ漁って、ロープを取り出すと、向井さんの腕を後ろに回して縛り、さらに体全体をぐるぐる巻きにしてから、最後に柱に縛り付けた。
あまりの徹底ぶりに僕らが唖然としていると、黒野さんは一仕事終えたかのように爽やかに笑った。
「ほら、俺たちも水着に着替えるぞ」
促され、慌てて水着に着替えた僕たちは、折よく部屋の前で部長たちと合流し、そのままビーチへ降り立った。
灼熱の太陽に照らされた白い砂浜と、寄せては返す白波、そして眼前に広がるコバルトブルーの海に、否応なくテンションが上がった僕らは、そのまま海へと駆けだした。
波打ち際で水を掛け合ったり、先生を除く全員(いつの間にか、向井さんも縄抜けをしてビーチに来ていた)で遠泳勝負をしたり、ビーチバレーで部長と生徒会長のチームが圧勝したり、何故か里井が砂で姫路城を再現して皆に賞賛を受けたり、海の定番、海の家での不味い焼きそばを食べたり、スイカ割りで、最後に部長がどこぞの剣術を披露して、見事にスイカを人数分に切り分けたりと、「まさに青春!」という時間を思う存分楽しんだ。
そしてその日の夜になってもテンションが上がりっぱなしだった僕らは、部長や生徒会長も交えてまくら投げを夜遅くまで楽しんだ。
その翌日は、前の日の疲れが一気に出て、僕ら全員ろくに動くこともできずに、結局部屋の中で過ごし、そしてさらにその翌日は、荷物を纏め終えた僕らは、宿の女将さんにお礼を言って帰りのバスに乗り込んで、自分たちの家に帰った。
まぁ、最後の最後で思わぬトラブルに見舞われたのだけど。
◆◇◆
それから数日後。
僕らが、文芸部室でのんびりしていると、生徒会の人たちが、合宿の写真を持ってきてくれた。
写真を見ながら話す内容は、当然、合宿のことだった。
「いや、しかし、こうして無事に帰ってこられてよかったな……」
部長が、一枚の写真を見ながら感慨深げに言い、
「本当ですね。まさか、合宿の最後の最後にあんなことになるなんて……」
生徒会長も、何とも言えない顔で笑い、
「本当にみんな無事でよかったです……」
僕があの時のことを思いだして身震いした。
『まさか、バスの中で全員寝て、気が付いたら知らない場所だったなんて……』
そう、合宿最終日のあの日。僕らは帰りのバスで全員寝てしまい、気付いて慌ててバスを降りた時には時すでに遅し。
そこは見知らぬ山の中だったのだ。
携帯電話で連絡を取ろうにも電波は届かず、途方に暮れた僕たちは、偶然通り掛かった車を強引に止めて、帰り道を教えてもらい、どうにか無事に知っている道まで戻ることができたのだ。
「いやぁ、あの時は本当に焦りました……」
里井が、とてもそうは見えない顔で言いながらのんびりとお茶を啜っていると、部長がとんでもないことを言い出し、みんなもノってきた。
「ふむ。まぁでも楽しかったし、小説のいいネタにもなった。そうだ、いっそのこと、次の合宿は、『ぶらりバス途中下車の旅』でもしてみるか」
「あら、それはいいですね。その時はぜひ、生徒会も参加します」
「あ、それいいですね」
「俺は会長に踏まれるならどこでも……」
「「やめてください!」」
結局、常識人の僕と黒野さんでみんなの暴走を止めることになってしまった。




