第12話 合宿 前編
「合宿だ!!」
終業式が終わり、夏休み前最後の部活の日に、部長の開口一番の台詞だった。
「……は?」
コーヒーをテーブルに戻しながら僕が首を傾げると、部長がやれやれとばかりに首を振る。
「やれやれ……。文隆君。君はその年でもう耄碌したのかな? 私は合宿と言ったのだよ」
「あ……、いや。合宿といったのは聞こえましたが、なぜに合宿?」
「何を言ってるんだ、君は……? 高校といえば青春! 青春といえば夏! 夏といえば合宿だろう!」
ばばんと胸を張りながら、堂々と言い切る部長に呆れて、さっきから傍観している里井に視線を向けると、里井はタイミングを計ったかのように立ち上がった。
「分かります、部長! やはり、青春は合宿なしに語れませんよね!」
「おお! 分かってくれるか!」
部長はうんうん頷いてから、じっと僕を見る。
里井もじっと僕を見る。
……何なんだこの茶番は……。
今日も絶好調にアウェーな状況にため息をつきつつ、僕は両腕を上げて降参の姿勢をとる。
部長は満足げに頷くと、かばんをごそごそと漁って、何かを取り出した。
「部長……?」
受け取ってみると、表紙に『合宿のしおり』と書かれていて、ご丁寧にどこぞのログハウスの前で、バーベキューをしている子供たちまで描かれていた。
なんとなくそのまま裏返してみると、裏表紙の左下にこう書かれていた。
――Presented by 五十嵐瑞枝
部長がにやりと笑う。
「どうだ? いい出来栄えだろう? 昨日徹夜して作ったんだ」
よくよく見れば、部長の目の下には隈が浮いていた。
「うん、何かすごいんですけど、これを徹夜で作るのは間違ってる気がしてならないです」
素直な観想を言った僕を無視して、部長はさっさと話を進めた。
「日時はそこにも書いてある通り、三日後、週明けの月曜日、朝九時に学校に集合、そのまま、学園保有の合宿施設へ向かう。一応、二泊三日の予定だ」
説明を受けながらパラパラとしおりをめくると、学園保有の合宿施設の詳細のページを見つけた。
本当に無駄に細かいな……。
とにかく、しおりによると宿泊施設は海沿いに建てられており、なんとビーチまで併設しているらしい。
どこのお金持ちだよと内心でツッコミながら、最後に書かれていた持ち物のページを見てみた。
――持ち物、着替え、生徒手帳、お金、医薬品、筆記用具、水着、ビーチサンダル、ビーチボール、木刀、スイカ、おやつ(三百円まで。ばななはおやつではない)、トランプ(U○Oでも可)
「………………ちょっと待てぃ!」
思わず声を上げてしまって、部長がきょとんとこちらを見る。
「文隆君、どうかしたのか?」
「どうしたも、こうしたも、何ですか、この最後の持ち物は! 遊ぶ気満々ですか!?」
「なに、合宿の合間の息抜きだ」
こともなげに言う部長を見て、何を言っても無駄だと悟った僕は素直に引き下がることにした。
その後も、なんやかんやとツッコミたい気持ちを抑えつつ、部長の話を聞き終えた僕は、ふと疑問に思ったことをぶつけてみた。
「そういえば部長。これ、先生には許可を取ってるんですか?」
「私が取っているとでも?」
何故か自信ありげに胸を張る部長。
……うん、正直期待した僕が馬鹿でした。
平常運転な部長を懇々と説き伏せて、どうにか顧問の沙条先生に許可を取りにいくことになった。
そして、職員室に向かう途中で、生徒会室の前を通りかかったときのことだった。
「あ! 会長! もっと踏んで……!」
なんだか恍惚とした声が聞こえてきた僕らは、思わず立ち止まって生徒会室の扉を開ける。
するとそこには、床に寝そべって恍惚の表情を浮かべる生徒会書記の向井貴理斗先輩と、上履きのまま、その書記の背中をぐりぐりと踏みつける生徒会長の美月真子先輩、そしてそれを呆れるように見ている生徒会副会長、黒野誠先輩の姿があった。
ちなみに副会長、この光景を見てとめるどころか諦観している辺り、意外にしたたかなのかもしれない。
「何をやってるんだ? 真子……」
さすがの部長も額を押さえながら、彼らにそう問いかける。
「何って……、向井君が踏んでほし……」
「会長は黙っていてください。俺が説明しますから」
会長の言葉をぶった切って、副会長の黒野さんがため息混じりに話し始めた。
さすが、生徒会一の苦労人……。
「まぁ、大体のところは分かると思うけど、向井が業務中のストレスで会長に踏んでほしいと言い出して……。悪乗りした会長がこうして踏んづけているというわけだ……はぁ……」
疲れたようにため息をつく黒野さん……、あんた、まじすげぇよ。
僕が黒野さんの苦労に同情していると、生徒会長が向井さんを踏みつけながら訊いて来た。
「それで? 瑞枝たちはっ、どうしてっ、ここにっ?」
合間合間に足に力を込める会長。その力の矛先となっている向井先輩は、力を込められるたびに、
「あぁ!」だの「いい!」だの変態的な悲鳴を上げていた。
「私たちは、顧問の沙条先生に合宿の許可を得に行くところだ」
部長がスルースキルを発動しながら答えると、生徒会長は、向井さんを踏んづけていた足をぴたりと止めて、目を輝かせる。
その様子に気付いた黒野さんが、いち早く生徒会長を止めようと口を開いた。
「っ!? 会長! 俺達は……」
「まぁまぁまぁまぁ! それは楽しそうですね! 私たちも参加したいです!」
「ちょ……、会長!?」
「ふむ……。確かに、文芸部だけで合宿をしようとすると、女は私一人になってしまう。真子がいてくれると私としてもありがたい……」
「ちょ、部長!?」
「あらあら。それなら早速スケジュール調整をしないとだめですね」
「そういうことなら私も手伝おう」
僕と副会長の制止も聞かずに、話しはどんどん進み、いつの間にか生徒会と文芸部の合同合宿が開催されることになった。
それから、生徒会の仕事を手伝った僕達は、何故か文芸部、生徒会、全員揃って職員室に向かった。
◆◇◆
「………というわけで、許可をください」
「いいだろう、許可しよう」
……あっさり許可が降りた。
机をごそごそ探って印鑑を取り出した先生に、ふと部長が声をかける。
「そういえば、合宿に先生は来なくていいんですか?」
「私が? 何で?」
「いや、先生は仮にも顧問でしょう? 引率というかそんなのはいらないんですか?」
「いやだね。面倒くさい」
面倒くさいという理由で仕事を放棄したよこの人!
これにはさすがの部長も呆れる。
「それでいいんですか? 仕事してくださいよ」
「別に問題ないだろう? お前たちが間違いを犯すとも思えないし、仮に間違いが起こっても、それはお前達の責任だ。お前達も、もう子供じゃないんだ。自分の責任は自分達で果たせ」
「先生……」
「それに暑いし、だるいのに何でわざわざ私が出かけなければならないんだ。私は家でじっくりのんびりしたいんだ」
折角いい言葉で感動したと思った矢先に、本音が駄々漏れだった!
「沙条先生!」
そこへ教頭先生が、沙条先生を呼び出し、何事かを伝えていた。
それを忌々しさを隠そうともせずに聞いていた先生は、やがて僕らの元へ戻ってきて、
「仕方ない。教頭のやつがうるさいから私も参加してやる。ったく、何で私が……」
苛立たしげに電子煙草を吹かした先生は、ぞんざいに印鑑を押して、申請書を突き返した。
それを今度は教頭先生に提出し、手続きが完了した。
こうして、不安だらけの夏合宿が幕を開ける。
「瑞枝。早速、水着を買いに行きましょう」
「ああ、そうだな」
「会長! 僕も着いていきます!」
「お前はダメだ、向井!」
「……………」
「……………はぁ」
本当に不安だ。
~~おまけ~~
部長「こうして始まった私たちの合宿。しかしてそれは苦難の連続だった……」
文隆「……? 部長?」
部長「荒れる天候……孤島に閉じ込められる合宿メンバー……、そして遂に惨劇が彼らを襲う!!」
文隆「…………部長?」
部長「次回、文芸部第13話! 絶海の孤島殺人事件と名探偵私! 犯人はいつも一人!!」
文隆「嘘予告の上にセリフをパクって更にアレンジまでしやがった!!」