ひとつの結末
「……渚さんの記憶の他にも、大勢の方の記憶を操作しております」
「それって、おいらやサレントも?」
「あなた方はいじる必要はありませんよ。対象となった方は、十二年以上前の記憶を持っている方です」
「十二年?」
「本当は世界を作り直すとき、時代をリネクさんの螺旋が終わった直後まで戻すつもりでした」
「だが、俺が禁忌を犯したせいでそれができなかった」
「戻せた時間はサレントさん、あなたが生まれる瞬間まででした」
「世界を作り直したとき、アドベントとディライトという新しい存在を作り出したため、世界の住民にそれが当たり前となる新たな記憶を植えつける必要が出来たわけだ」
「ここで問題となってくるのは、血の色の堕天使の存在です」
「どういうことだ?」
「彼女がどう生まれたかはわからないのです」
「螺旋の時人とその対象は、世界に突然現れる。俺もそうだった。そして、以龍。お前もだ」
「わかっているのは新しく世界を作り直してから十二年後にその時が来ると言う事だけです」
「だから、彼女にも偽りの記憶を与えた」
「血の色の堕天使をどうこうするのは危険すぎますが、その器であるイリアさん自体の記憶の操作にはなんの問題もありません――でした」
「でした?」
「ですが、ここに来て予想もしていなかった事態が発生しました」
「お前達がクリファーを訪れることになるとは思ってもいなかったんだ」
「……一概にそれが原因とは言い切れません。もしかすると、最初から廃墟のクリファーを目の当たりにしていたら、記憶の混乱を起こさなかったかもしれませんから」
「イリアの暴走は、お前達がクリファーを訪れたことと、幻を見せる能力者がそこにいたことで起こってしまった」
「結果、イリアさんの心は崩壊し、血の色の堕天使を目覚めさせることとなってしまいました」
「……もし以龍が力を取り戻していたら、また違う結末に出来たかもしれん」
「ですが、まさかこんなに早く血の色の堕天使を目覚めさせてしまうことになるとは思いもよりませんでした」
周囲の岩壁に、白い光が染み出すように姿を現し始めた。
「……時間のようですね。最後に我々に出来ることがあれば言ってください。それがせめてもの償いです」
「……今、イリアはどうなっているんだ?」
「クリファーに取り残されていますよ。この、消滅の光の中心で、全ての感情を失って」
「俺を、そこに送ってもらえるか?」
「……かまいませんが、いまさら何も出来ませんよ?」
「……イリアが言ってたんだろ? たとえ、死ぬことになろうとも、最後は一緒だって」
「! ドラゴンバクの時の……」
「では、リネクさん、お願いします」
「……おいらも、お願いできる?」
「私もお願いします」
「……わかった。一箇所に集まってくれ」
以龍たちが、クリファーの上空に姿を現す。三人は地上にいるイリアに向かって落下していく。
――イリアの身体に触れたとき、全ては白き光の中に消えていった。
気が付くと、以龍は真っ暗な空間に立っていた。
「……ここは?」
「ここは私達が『螺旋の中心』と呼んでいる場所です」
真っ暗な空間の中、シフラスとリネクの姿だけははっきりと見えていた。
「螺旋の中心?」
「ここは時の螺旋に失敗した時人が訪れる場所だ」
「まさか、新たな螺旋が始まってわずか七日でここに来る羽目になるとはねぇ……」
「シフラス。ここに来た以上は、以龍に言うべき言葉があるだろ?」
「そうですね。まず、あなたの意思を確認させてください」
「確認? なんのだ?」
「もう一度、血の色の堕天使の螺旋に入っていただけるかどうかです」
「? なぜ確認をとる必要がある? それは拒否権があるとでもいうのか?」
「拒否権なんてのはありませんよ?」
「――お前が選べるのは、記憶を残し、同じ世界をやり直すか、記憶を消して新たな世界を始めるかの選択だけだ」
「記憶もなにも、俺は昔の記憶を取り戻していないんだぞ?」
「すみませんが、あなたがかつての記憶を取り戻すことはありません。私達が言っている記憶というのは、ここ七日間の記憶のことです」
「わずか七日の記憶でも、あるとないでは大きく変わる。もしかすると、その中に螺旋の答えがあるかもしれん」
「どちらが正しいというのは一概には言えません。だから、今ここであなたが選んでください。記憶を残し、今一度同じ世界を巡るのか、記憶を消して新たな世界を始めるのかは」
「……一つ、頼みがある」
空が見える。青い空を白い雲が風に乗って流れていく。
俺は何も考えず、ただ、流れていく雲を目で追いながら空を見上げていた。
青い空の映る視界に影が生まれる。――誰かが俺を覗き込んでいるようだ。
「……大丈夫、ですか?」 俺を覗き込んだ少女はそう言ってきた。
「大丈夫? ――なにが?」 何故大丈夫かと言われているのかがわからなかった。
「あっ、すいません。てっきり倒れていたのかと」
周りを見て、その意味を理解する。ここは山の中腹か? とにかく、人がのんびりと眠っていられる場所ではないようだ。
俺は身体を起こし、話しかけてきた少女の目を見つめた。……俺はこの娘を知っている?
「……意外だったか、以龍の選択は?」
「私にはよくわかりません。何故、同じ世界を望んでおきながら、記憶を消す必要があるのですか?」
「……もし俺が螺旋を巡っていたのが十五年前だったら、俺も以龍と同じ事を望んでいたかもしれないな」
「……やはり、わかりませんよ」
「お前にも大切な者がいたなら、わかっていたかもな」
「で、アンタは?」 頭の奥底ではこの娘を知っている。……だが、それが出てくることはなかった。
「あ、すいません。名乗りも上げずに失礼でしたよね? ――私は『イリア』と申します。気晴らしに少し街道を離れて登ってきてみたんですが、まさかこんな場所に人がいるとは思わなくて……」
彼女の名前を聞いたとたん、俺は胸が締め上げられるような感覚に襲われる。……だから俺はその言葉を口にしていた。
「……なぁ。アンタ、俺についてなにか知ってることはないか?」
「はい? ……えっと、それはどういう意味ですか?」
当然の反応だ。初対面の人間にいきなりそう言われれば。
「……このままでは、前回と同じ結末が見えています。やはり、記憶を消すのであれば、世界も変えるべきでしょう?」
「お前に人間の感情を知れとは言わないが、すこしは以龍を信じてやれ。――そして、記憶を持つ俺たちが影ながら助けていこう」
「そうですね。……渚さんにはこの螺旋を幸せな結末で乗り越えて欲しいですからね」
「それは、以龍の友人としてのお前が言っているのか? それとも、『終末の天使』としてのお前が言っているのか?」
「リネクさん、私を終末の天使と呼ばないでくださいと前にも言いましたよ? この世界にいる限りは、私はただのシフラスです」
「いまはまだ『螺旋の中心』にいるから言っても問題ないんだよ」
「やれやれ。では我々も戻りますか。――いいですか、リネクさん? 今回の世界も前回と同じルールですからね。くれぐれもディライトなしに時人能力を発動しないでくださいよ?」
「はいはい。それと時人もなしなんだろ?」
「はい。我々は『エターニア』ですよ」
「……わからないんだよ、なぜ俺がこんな場所で空を見上げていたのかが。――さらに言えば、俺自身何者かなのかさえもな」
記憶をなくし、空を見上げていた以龍と――
「そ、それってまさか――」
何かに導かれてか、この場にやってきたイリア。
「だろうな。うん、記憶喪失ってやつみたいだ」
新たなる螺旋の始まり。……願うは、今回こそは幸せな螺旋の結末を迎えますように。




