アドベントのある世界
空が見える。青い空を白い雲が風に乗って流れていく。
青年の歳は二十歳くらいだろうか。その青年は崖の手前で寝そべって空を眺めていた。
そんな彼の顔を、背丈ほどある十字のカタチをした杖を背負った少女が覗き込んできた。
「?」 突如、見知らぬ少女の顔が現れて彼は困惑する。
「……大丈夫、ですか?」
「大丈夫? ――なにが?」
「あっ、すいません。てっきり倒れていたのかと」
街道を離れた山の頂上付近。場所が場所だ、そう思うのも無理はない。
彼は上体を起こし、少女を確認する。歳は17~18くらいに見える。彼よりは少し若い感じの年頃の少女だ。
「で、アンタは?」 初対面の少女だ、この問いは当然だろう。
「あ、名乗りも上げずに失礼でしたよね? ――私は『イリア』と申します。気晴らしに少し街道を離れて登ってきてみたんですが、まさかこんな場所に人がいるとは思わなくて……」
彼女は、次の彼の言葉を予測出来なかった。――いや、誰も予想できはしないだろう。彼にそのようなそぶりは見えなかったのだから。
「……なぁ。アンタ、俺についてなにか知ってることはないか?」
「はい? ……えっと、それはどういう意味ですか?」
「……わからないんだよ、なぜ俺がこんな場所で空を見上げていたのかが。――さらに言えば、俺自身何者かなのかさえもな」
「そ、それってまさか――」
「だろうな。うん、記憶喪失ってやつみたいだ」
「き、記憶喪失って……、どうしてあなたはそんなに冷静なんですか? な、なにか手がかりになるものはないんですか? 手荷物とか、今着ている服装とか」 明らかに動揺を見せるイリア。だが、本来動揺すべきは彼のようなんだが……
「なんでアンタが動揺するんだ? ……手がかりか。まぁ、あるとしたらこの手の甲にある何かの紋章みたいなものくらいだな」 彼の左手の甲には何か紋章らしき刻印があった。
「! それは、アドベントの刻印!?」
「知っているのか?」
「――はい。それは『アドベント』としてギルドに登録しているものが持つ刻印です。――私もそうなんです」 そういって見せたイリアの左手の甲にも同じ刻印があった。
「アドベントって、なんだ?」
「うーん。……何でも屋みたいなものでしょうか? 街にあるギルドで仕事の依頼を受けて、それをこなして報酬を受け取るんですよ。――でも、よかった」
「よかった? なにが?」
「その刻印があればギルドで身元照会ができます。――ちょうど私もここの麓にある『ギルテ』って街のギルドに行くところだったんですよ。一緒に行きましょう」
「別にいいよ。ようはそのギルドって場所に行けばなにかわかるんだろ? だったら適当に行くさ」
「ダメです。いまから行きましょう」
「おいおい。アンタにそこまでしてもらう理由はないだろ」
「放っておけるわけないじゃないですか。さ、いきましょう」 彼の手を取り、寝そべっていた彼を引き起こした。
「お、おい……」 イリアに手を引かれ、彼は立ち上がるしかなかった。
「心配はないですよ。すぐにあなたの不安は薄らぎますから」
こうして少々強引なイリアに連れられ、彼はイリアと共にこの山の麓の街ギルテへと向かうのであった。
――ギルテの街、アドベントギルド。
彼の左手が、赤い光を放つ装置の口に通される。
『――以龍 渚、認証しました』 手の刻印を読み取った機械が声を出す。
「イリュウ ナギサ? ――それが俺の名前か?」
「渚さん、ですか」
「なんか女みたいな名前だな? ――本当に合っているのか?」
「機械は嘘をつきませんよ」
「――で、こいつでは他になにが調べられるんだ?」
「待ってください。刻印を受けた場所とかが調べれたはずです。それがわかれば、その場所になにかしらの手がかりが――」
機械に投影される画面を操作して、情報を映し出そうとするが――
『禁則事項です。レベルの低い方にこの情報を開示することはできません』
「え? 禁則事項?」
「どういうことだ?」
「わかりません。私もこんなことは初めてなんです。――じゃあ、いままでの仕事の履歴を調べて――」 画面を切り替え、別の項目を選択する。
『禁則事項です。レベルの低い方にこの情報を開示することはできません』
「履歴も見れないの?」
「――ふぅ。もういいわ。とりあえず名前はわかったことだしな」 機械から手を抜いた。
そして、ギルドの出入口へと歩き出す。
「待ってください、どこに行く気なんですか?」
「さあな。――イリアだっけ? アンタには迷惑かけたな。あとはなにか思い出すまで適当にうろつくさ」
「ちょ、ちょっと、武器も持たずに行かれる気なのですか?」
「あんな場所に丸腰でいたんだ、なんとかなるだろう」
「ダメです。――待ってください」
イリアは自分の荷物袋を空ける。――取り出したのは財布となっている布袋だ。
「……足りるかなぁ? ――うん。渚さん、とりあえず武器屋さんに行きましょう」
「お、おい。その金はアンタの旅の資金なんじゃないのか?」
「渚さんは心配しなくていいです。――さぁ、いきましょう」
――ギルテの街、武器屋。
(なんなんだ、この状況は?)
まったくもってその通りである。以龍とイリアは先ほど出会ったばかり。それが、武器をおごってもらうためにわざわざ武器屋に足を運んでいるとは。
「渚さん、あなたの使用武器はなんですか?」
「使用武器って――覚えているわけないだろ?」
「ですよね。――じゃあ、ひとつずつ見立ててみましょうか?」
「はぁ。もういいよ、好きにしてくれ」
「じゃあ、まずはこの剣ですね」 最初に持ってきたのは、一振りの片手剣だった。
以龍はその剣を手に取り、試し斬る。――剣を振る残像で刃が何本にも増えては消える。
「――軽すぎるな」 剣を収め、元の位置に戻す。
「……」 イリアの動きが固まっている。
「? 次はどうした?」
「! あ、すいません。あまりにも剣さばきが凄かったもので」
二人のやりとりを見ていた店主が話しかけてきた。
「あんちゃん、いい腕してるねぇ。――この剣を振ってみなよ」
そういって店主が渡した剣は、イリアの杖と同じように背丈ほどの長さのある剣だった。
「――これは?」
「バスタードソードだ。両手用の大剣ながら、片手でも持てるように握り手が作られている特殊な大剣さ。――もっとも、この剣を片手で振るには相当な腕が必要と――」
以龍がバスタードソードを振りかざす。横一閃。動いた腕は右腕のみだった。
「これはいい重さだ。――とりあえず、これでいいかもな」
以龍が剣を置くと、イリアはその剣の値札を確認する。――そして、また財布との相談。
「お、おい。無理そうならやめとけ」
「いえ、大丈夫です。じゃあ、この剣をもらえます?」 その直後、呟くような声が聞こえた。「――これで宿代がなくなっちゃった。はやく依頼を受けなくちゃダメかな?」
(……なんでこの娘はそうまでして――) その呟きは以龍に聞こえていたようで。
以龍はバスタードソードを背中に固定してイリアと共に武器屋を後にする。
「じゃあ私はこれで失礼します。――道中、気をつけてくださいね」
イリアはギルドの方へ去っていった。
(……ここまでしてもらって、放っておくわけにはいかないな)
以龍はイリアに悟られぬよう、距離を置いてイリアの後をつけていった。




