アムルア
不吉な音を立てて開く木の扉。僕はエリスさんの後ろからランタンの明かりを投じた。
――そこは想像よりも広い部屋だった。無機質な鉄の作業机が中心に置いてあり、四方を同じ鉄製の大きな棚が囲んでいる。あちこちに木箱が点在していて、謎の機材なども散見された。
外とは違ってひんやりとした空気。やはり屋敷と繋がっているような他の入口はなく、隔離された研究室といった様相だ。
「何なんだここは……?」
「屋敷の地下にこんな部屋があったなんて……」
入口も隠されていたし、エリスさんたちにも秘密にされていた。明らかに怪しい部屋だ。
僕とエリスさんは両サイドに分かれて地下室の探索を始めた。昼間、ムバータとシュベリはこの部屋で密会をしており、その内容は到底理解できないものだった。
ここに事の真相が分かる手がかりがあるかもしれない――。
「お兄さん、これ……!」
エリスさんが棚に無造作に置かれていた書類を手に取って僕を呼んだ。
僕は急いでエリスさんのそばに寄り、横から紙面を覗き込む。
「……『アムルア』――人間が持つ感情の高揚・魂の躍動から生み出されるエネルギーだ」
日中にムバータが口にしていた単語だ。
僕はゴクリとつばを飲み込み、続きを読む。無意識のうちにエリスさんから紙を受け取っていた。
「アムルアは人間から常時発生しているが、極めて微弱なものである。闘争や快楽、怒りなど、感情が熱く高ぶるような状況下では一時的にアムルアは強まるが、それでも目標量に達するまでは長い時間がかかる」
「目標量って……。ムバータ様はアムルアを集めたいと思っているの……? なんのために……?」
エリスさんが呟く。僕も同じ疑問を抱きつつ、紙面に目を這わせる。
「しかし、桁違いのアムルアを生み出せる存在がいる。――踊り子である」
「……!?」
隣のエリスさんの気配が張り詰めたのを感じた。
「身肌集中という技能を用いて戦う踊り子の感情の高揚・魂の躍動は、多数の人間が集まっても到底なし得ないほどの強力で強大なアムルアを一瞬にして生み出すことができる。踊り子を管理し、定期的に戦闘を行わせることによって、効率よくアムルアを発生・蓄積させることが可能となる」
僕は脳裏に思い起こす。
踊り子は敵と戦うとき、身肌集中によって全身の感覚を敏感にし、気合と精神力を高める。そして確かに、エリスさんやリーナさんは戦うときに物凄い気迫を発していた。まさに感情が高揚し、魂が躍動している状態と呼ぶに相応しい。
「これってつまり……」
エリスさんの細い声が漏れた。
「……うん。エリスさんたち踊り子だけを集めた踊り子ギルド――そして、踊り子たちをモンスターと戦わせる名目となるクエスト……。全ては踊り子からアムルアというエネルギーを生み出させるためだったんだ」
「人々のためじゃなく、自分の密かな目的のためにムバータ様はエリスたちを戦わせていたわけだね……」
「まるでエリスさんたちをエネルギー資源としてしか見てない書き方だよ……こんなのあんまりだ……」
エリスさんはショックを隠しきれていなかった。それはそうだ、自分がいるギルドの長に、いいように操られていたのだから。
「書類の文章はこれで終わってるけど……この部屋にはまだまだ何かありそうだね」
僕はざっと周りを見渡した。目に付く物は幾らでもあるが――一番近いのは、テーブルの上に置かれた紙切れだ。
「これは……」
僕はそれを手に取る。筆跡的にごく最近書かれたメモのようだった。そしてそこには僕に関することが書かれていた。
「アムルア発生量――接触後、+230%。癒掌術なる力の効果で、アムルアの著しい増幅を確認」
読んで僕は直感した。この意味を、そして昼間にここでムバータが口にしていた僕についての話を。
「そういうことか……踊り子たちのアムルア発生量が、僕の癒掌術によって更に増大することが分かったから、ムバータは僕にあっさりとこの屋敷に住むことを許可したのか……」
エリスさんは顎に手を当てて納得の表情を浮かべた。
「だね。たぶんリーナちゃんとのクエスト中に、アムルアが一気に高まったことを確認できたんだよ。どうやってそれを知ったのかは分からないけど、お兄さんがディラメル館に住んで、踊り子たちのクエストに毎回同行すれば、これまで以上のアムルアを収集することができるって考えたんだね」
癒掌術を施している時の踊り子のあの高揚感に満ちた反応――そして戦闘力向上と、リーナさんの例の強化された身肌集中は、まさしく魂の躍動を彷彿とさせる。
「リーナさんとエリスさん、あんなに頑張ってオークの巣窟の掃討に尽力してたのに……そして僕もリーナさんを助けるために癒掌術を使ったのに……結局はムバータにとって都合のいい行動になってしまってたわけか。なんか悔しいな……」
「一体何のために……? そこまでしてアムルアを集めたい理由は……?」
そう――エリスさんの言う通り、手段は分かったがムバータの目的までにはまだ辿り着いていない。
「あれはなんだろ?」
エリスさんが、木箱から突き出た大きな巻物を指差した。
「見てみよう」
この際なんでもいい。僕は木箱に駆け寄って巻物を引き抜いた。紐をほどいてテーブルの上に広げる。それは黄ばむほどに古い地図で、海の上に一つだけある島が描かれていた。
その島には、こう名前が記されていた。
「――『ガノヴァス』。……エリスさん、知ってる?」
「ううん、聞いたことない島だよ」
どことなく禍々しさを感じる名前の、謎の孤島。島の輪郭はノコギリの歯のようにギザギザしており、色合いからして全土を森に覆われているようだ。そして中央には大きな火山が口を開けている。
「この島も、ムバータの目的に関係あるってことか……?」
「――それ自体が目的なのだよ」
僕はエリスさんと一緒に地下室の入り口を振り返る。
そこに立っていたのは――他ならぬムバータだった。




