真夜中の探索
夜が更け、屋敷の中は静まり返っていた。灯りも消えて廊下には誰の足音も響かない。まるでこの広大な建物そのものが眠りに落ちているかのようだった。
僕はエリスさんと廊下で落ち合い、ランタンの弱々しい明かりで足元を照らしながら一階の倉庫の前まで来ていた。日中に聞こえた、地下からの謎の会話。そのことを考えると、胸の奥に重い何かがのしかかる感じがした。
「例の地下室に今誰もいないか、一度確かめてみよう」
そう言ってエリスさんは扉を静かに開ける。倉庫の中は昼間と変わらず湿り気を帯び、陰湿な空気感もそのままだった。
僕とエリスさんは再び壁際の配管の穴に耳を近づけてみる。しばらくそうしてみても何も聞こえなかった。
「……うん、誰もいないみたいだね」
エリスさんは頷き、立ち上がる。
「じゃあ早速地下室への入口を探しに行こう。構造的に一階のどこかにあるはずだよね」
僕も立ち上がったところで――倉庫の入口から声が飛んできた。
「――お二人とも、こんな時間にこんなところで何をしてるんですか?」
冷淡かつ冷静、それでいて幼気がある声音。驚いて振り向くと、そこには明かりも持たずに一人の少女が佇んでいた。
「ユ、ユノンちゃん……!?」
僕は声量を抑えるので精一杯だった。
緑色のショートヘアーと褐色の肌が印象的な踊り子――ユノンちゃん。もちろん衣装はエリスさんと同じく胸に巻いた細い布と、腰の低い位置から垂れ下がる腰布だけだ。暗い中でも僕の持つランタンの光を受けて褐色の肌がてらてらと光り、独特な妖艶さをたたえている。
――おっと、見惚れている場合じゃない。僕を見つめ返すその眼差しは、完全に疑わしきものを見るような雰囲気を帯びている。
「ど、どうしてここに……?」
エリスさんも心底驚いて問いかけると、ユノンちゃんは少しだけ目を伏せ、言葉を選ぶように口を開いた。
「先ほど、廊下で一緒に歩いているお二人の姿を見かけまして。こんな夜更けに、二人きりで……。私はお二人が何かやましいことをしているのではないかと、つい尾行してしまいました」
(やましいこと、とは――!?)
僕は焦って両手を振る。
「ち、違うよ……! そういうあれじゃなくて……!」
今度は僕が言葉を選んで慎重に答えることになった。
「ええと……昼間ここに来た時、そこの穴の空いた配管からムバータさんとシュベリさんの会話が聞こえたんだ。その内容がちょっと怪しくてさ……。怪しいっていうのは、なんか『アムルア』がどうとか、『僕』がどうとかいう内容だったから、ちょっと気になって……」
「うん、そうなの。しかも位置的にこの屋敷の下にある部屋に二人はいたようなんだよね。この屋敷に地下室があるなんて聞いてなかったから、お兄さんと一緒にその場所を探そうと思ってここに来たんだ」
エリスさんも説明する。するとユノンちゃんの警戒心が緩んだようで、代わりに僕らと共通の疑問を抱いたような表情を浮かべた。
「地下室は私も知りませんね……。それにアムルアなんて言葉、聞いたこともありません」
「とりあえず地下室に行けばなにか分かるかも知れないんだけど、地下室の入口がどこか分からなくてさ。そこでエリスさんと一緒に、今から一階を調べてみようとしてたところなんだ」
「一階を調べる、って……この広い屋敷のどこにあるかもわからない入口を探すんですか? 無茶な……」
「そうだ、もしよければユノンちゃんも探すの手伝ってくれない? 気になるでしょ? 地下室」
エリスさんがピンク色のツインテールを揺らして閃く。
「えぇ……こんな時間に、ですか……」
明らかに乗り気じゃない様子のユノンちゃんだったが、当然の反応だ。時間的に眠いだろうし、何よりも面倒な作業だ。
「お願いっ、ユノンちゃん」
エリスさんはたたた、とユノンちゃんのもとに駆け寄り、彼女の片腕に抱きついた。
跳ねるように体をびくつかせて、ユノンちゃんは顔を赤くする。
「ちょっ……!? エリスお姉様っ……む、胸が当たってます……!」
「ねぇ~、お願いユノンちゃん」
今度は頬ずりまでしだすエリスさん。僕もなんだかドキドキしてしまうスキンシップだが、ユノンちゃんの心を動かすには十分な効果があったようで、
「……わ、わかりました。手伝います。エリスお姉様にそこまで言われたら、断れません」
と、あっさりと同意を示した。
「ふふっ、ありがとうユノンちゃん。可愛い」
「エリスお姉様ったら……っ」
そうだ――先日夜の酒場で初めて会った時、ユノンちゃんはステージ上で踊るエリスさんの姿を見て恍惚としていた。今の反応からも察せる通り、エリスさんのことをかなり慕っているのは明白だ。
僕だけじゃなく、リーナさんとユノンちゃんのように同性まで惹きつけてしまうエリスさんの魅力は計り知れない……。
なにはともあれ、これでユノンちゃんを協力者として迎え入れることができた。
「それで、私はどうすればいいんですか?」
「まず、調べる階は一階ね。で、エリスとお兄さんはこの倉庫から近い場所から調べてみるから、ユノンちゃんは反対側からこっちに向かってくるように調べてみて」
「なるほど、わかりました。では」
ユノンちゃんは短く言い残して音もなく去っていった。明かりは持っていなかったが、踊り子だから身肌集中で暗闇でも視界は利くのだろう。……そういう意味では、僕が今持っているランタンは、僕のためだけのものか。
「じゃあエリスたちも始めよっか。まずはこの倉庫の中に隠し階段みたいなものがないか見てみよう。ないなら、ここから出て廊下の床とか壁とかくまなく見てみる感じで」
「うん。そうだね」
こうして、真夜中のディラメル館探索が密やかに始まった。




