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不穏な会話

 掃除用具を片付け、僕はエリスさんに連れられて屋敷の一階にあるという倉庫へ向かった。一緒に並んで歩いているだけでも、視界の隅で弾むエリスさんの大きな胸とひらひら揺れる腰布に気を取られていたことは言うまでもない。


「ここが倉庫だよ。普段滅多に使われてないみたいで、エリスも来るの久しぶり」


 一階の廊下を歩き、建物の端の方まで進んだところで、古い鉄製の扉に行き当たった。エリスさんの言う通り他の部屋からは孤立していて、扉の前にはどことなく陰湿な空気が漂っている。


「この屋敷、結構広くて入り組んでいるよね。慣れるまで時間がかかりそう」


「そうなんだよね。エリスたちもまだ知らない部屋がありそう」

 

 言いながら、エリスさんがドアノブを回す。ギィ……と鈍い音を立てて扉が開いた。中はこれまた埃っぽく、ひんやりとした空気が肌にまとわりつく。天井付近の壁に開いた長細い窓から陽光が差し込み、倉庫内を薄っすらと照らしていた。


「……うわぁ、ここもすごいほこり。しばらく掃除してないみたいだね」


 そう言いつつエリスさんは迷わず素足で倉庫内に踏み入った。棚がいくつも並んでおり、そこかしこに機材やら家具やら、その他わけのわからないものが雑多に置かれている。


 僕は戸惑いながらエリスさんのむき出しの白い背中を追った。エリスさんはどこを歩こうが素肌全開の格好で平気なのだろうが、それを客観的に見る僕はいつも背景とエリスさんとの色合いのギャップにドキドキしてしまう。


「この辺りにありそう、椅子」


 床に膝をついて棚の下を覗き込むエリスさん。踵の上にお尻が乗っかり、むにゅっと柔らかく形が変わる。


(いちいち刺激が強すぎる……!)


 先程の部屋の掃除に引き続き、エリスさんは僕のために椅子を探してくれているのだが、僕といったらずっとエリスさんの一挙手一投足に視界も思考を奪われっぱなしだ。


 直視しないよう僕も別の場所を探してみようとした矢先、


「ほら、椅子あったよ」


 と、エリスさんが明るい声を響かせた。


「これ、見た目は古いけど、座面はまだしっかりしてるし、使えると思う。座ってみて」


 棚の奥から引っ張り出した椅子を床に置き、僕に見せる。


「本当だ。どれどれ……」


 ゆっくりと腰を下ろし、少し体を揺らしてグラつきを確かめてみる。


「……うん、大丈夫そう! ありがとうエリスさん」


「あははっ、やったね」


 僕はエリスさんと一緒に思わず笑い合った。


「じゃあ部屋に戻ろう。あ、椅子はエリスが持つから大丈夫」


 そう言ってエリスさんは軽々しく椅子を持ち上げ、開けっ放しにしていた倉庫の扉へと向かう。一つ一つがとても献身的なエリスさんを心底頼もしく思いながら、僕もその後に続いた。


 ――しかし、エリスさんは扉の手前ですぐに足を止めた。


「……ん?」


 エリスさんは倉庫内に体の向きを戻し、目を凝らす。


「どうしたの? エリスさん」


「今……何か聞こえなかった?」


「え?」


 僕には特に何も聞こえなかったが、エリスさんは椅子をその場に置いて倉庫内を歩き始めた。さすが踊り子さん、身肌集中によって聴覚も高まっているのだろう。


 僕は入口に突っ立ったままエリスさんの動向を見守る。


「見つけた。ここだよ、お兄さん。ここ」


 エリスさんが指さしたのは、壁際の床を這う錆びついた古い配管だった。僕も歩み寄ると、その配管には劣化によって穴が空いていた。


「このパイプから……声が聞こえるよ」


 エリスさんが配管の穴に耳を近づける。僕もそれにならった。エリスさんとの距離がぐっと近づいたが、照れるより先に配管の穴から声が流れてきた。


「……ムバータ様……アムルアが……」


「……やはり……あの若造……」


 ――ムバータとシュベリの会話だ。

 

 僕は思わずエリスさんを見た。彼女も驚いたように目を見開いている。 

 それ以降の内容は聞こえてこなかったが、今のやり取りはどう聞いても不穏そのものだった。


 配管から顔を離し、僕たちは顔を突き合わせる。


「アムルアってなんのことだろう……?」


「それに、なんだか僕のことも言っているようだったね……」


 エリスさんですら聞いたことのない単語。そして、それに関連して僕の話も出ていた。なんだか嫌な予感がした。というかムバータとシュベリ、そしてあの大男ガルデンも含めたこの三人は、一目見たときから怪しさMAXだった。


「どうやらムバータとシュベリは地下にある部屋にいるみたいだね」


「この屋敷に地下室なんてあったんだ……エリス知らなかったよ」


 謎多きディラメル館。エリスさんたち踊り子にも明かされていない秘密がありそうだ。


「何か良からぬことを企んでいる口ぶりだったけど……エリスさん、身に覚えは?」


 エリスさんは首を横に振った。彼女の目にはいつもの穏やかな色はなく、真剣味が宿っている。


「エリスも気になる。……探してみよう、地下室。どこかに入口があるはずだよ」


「だね。今夜またここに来よう」


 僕とエリスさんは頷き合い、何も知らなかったフリをして倉庫を後にした。


 ――あの配管の奥、そしてそのさらに下に広がる地下の気配は、異質さと危うさを予感させてくる。倉庫の扉が重く閉まる音が、まるで何かを封印するかのように響いた。

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