傷つかない体
「ふ、不老不死!? なんで!? どうして!? しかも体が傷つかないって、どういうこと!?」
僕は馬車の揺れよりも遥かに激しく動転していた。ここが異世界だとしてもさすがに今のはぶっ飛びすぎている。
「なんでって言われても……踊り子ってそういうものだし」
出た。全てを一言で解決するいつものセリフ。
「ねぇ?」とリーナさんはエリスさんに目配せすると、エリスさんも困ったように頷いた。
「うん。そうだね。そっか、お兄さんに教えるのが遅れちゃったね、ごめんね」
「えっ、本当に? 二人――というか踊り子さんたちは本当に不死身なの? 死なないの?」
どういう原理? どういう理由? なぜ踊り子が?
間欠泉のように怒涛の勢いで溢れてくる疑問。
エリスさんが混乱する僕を気遣うように、極力優しい話し方で答える。
「本当だよ。歳も取らないし、死なないの。そして怪我もしないし、病気にもならない」
「マジすか……踊り子恐るべし……。あーでも、言われてみれば……」
僕は懸命に冷静さを呼び起こし、とある場面のことを思い返す。
「あの時――二度目のオーガ戦の時、エリスさんめちゃくちゃ全身を殴られたり、ふっ飛ばされたりしてたけど……。よくよく思い出してみたら、かすり傷一つしていなかったね……」
そう、あのときは壮絶な戦い故に気に留めることができなかったが――これでもかと言うほどオーガの攻撃を浴びていたエリスさんは、どこにも外傷がなく、血の一滴すら流していなかった。全身が土や草で汚れていたものの、その下の素肌の負傷はゼロだった。
「傷つかない体って……じゃあ刃物で斬りつけられたり、刺されたりしたらどうなるの?」
「全て『打撃』になるわ」
リーナさんが短く答える。
原理が意味不明だが――刃物が体を裂いたり、貫いたりはせず、衝撃だけが体に伝わってくるようなイメージだろう。
僕は口を半開きにしてしばらく呆然とした。
踊り子――なんて謎めいた存在なのだろう。素肌を晒すほど強くなり、更に不老不死と来た。もはや神秘性すら感じる。
――肩から力が抜けた。
「……なんだ、じゃあ僕の癒掌術がなくても、エリスさんたちは心配いらないってことだね」
オーガ戦のときも、不死身であればエリスさんはあのまま一人でも勝てていたのだろう。最初から心配は無用だったということだ。
僕は小さくため息をついた。
自分の重要性が下がったことに落胆したわけではない(そもそもそんなものを望んでいないが)。
むしろ逆の、安堵としてのため息だ。
今までは、こんな女子高生くらいの女の子が布切れだけを身にまとってモンスターに立ち向かうという、普通では考えられない無謀な実情にずっと不安を抱いていた。しかし彼女たちが『死なない』となれば、その不安も少しは和らぐというものだ。
良かった。まだ年端もいかない少女が命を軽んじているわけじゃなかった。
「……それは違うよ、お兄さん」
エリスさんが、今まで見せたことのないような真剣な顔つきで僕を見つめてきた。手を僕の膝にそっと乗せ、静かに訴えるように言う。
「体は傷つかなくても、痛みは感じるの。殴られたら、そのダメージ自体は全て体に伝わってくる。苦しくなったりもするし、もちろん戦っている最中に疲れもする。ただ死なないだけであって、倒れないわけじゃないんだよ」
僕はエリスさんの言葉一つ一つを噛みしめる。
確かに、最初にオーガと戦っときにエリスさんはこう言っていた。
「気合でなんとかしてるから」――。
あのときは半分冗談かと思って聞いていたが、本当にそうだったのだ。
踊り子は死なない。傷つかない。けれど痛みは感じる。
痛みを感じれば疲弊だってするし、疲弊が募れば倒れるときだってある。
それでもモンスターは待ってはくれないから、苦痛を押し殺して気合で立ち上がるしかないのだ。
「――それに」
リーナさんが口を開いた。
「死なないってことは、とてもリスキーでもあるのよ。不死身が得であると思っているなら、それは大間違い」
「え……?」
「普通なら、モンスターと戦って負けたら、殺されてそれでおしまい。でもあたしたち踊り子は死なないから、もし負けたりしたら……その先ずっと化け物にいたぶられ続けることになる」
僕は背筋がゾッとした。
「それがもし、今回相手にするオークのような、知性のある野蛮な奴らだとしたら? 捕らえられて、棲家に連れ込まれて、永遠にやつらに服従させられることになるわ。死んでおけばラクになれたのに、不死身であるせいで永遠の生き地獄を味わうことになるのよ」
リーナさんが不愉快そうな顔をして、両腕をさすった。負けたら死よりも辛い人生が待っているという、過酷な綱渡り状態。
僕はゴクリとつばを飲み込む。
……いけない。シリアスな話なのに、なんだか色々と妄想が駆け巡ってしまう。
ここから先は同人作家様たちにお任せしよう。
「……だから、お兄さんの力がエリスたちにとって大事なことに変わりはないんだよ。痛くて苦しい時、疲れてヘトヘトな時、後ろにお兄さんがいてくれると、すごく、心強いの」
エリスさんは目を細めて柔らかく微笑んだ。
「まぁそういうこと。お兄さんの力が本物であれば、だけど」
レモン色のポニーテールを揺らしてリーナさんは窓の方に顔を向けた。その横顔は凛としていて綺麗だった。
――それぞれ魅力的な二人。
「……うん、分かったよ。エリスさんも、リーナさんも、そして酒場にいるユノンちゃんも、結局は大変な思いをしてモンスターと戦っているんだと思う。不老不死で傷つかない体だとしても、踊り子の戦いはやっぱり過酷なんだなって、改めて分かったよ。しかもみんな、僕よりずっと若いのにね」
なんだか考えがまとまらないけど、とにかく僕は今の考えを伝えることで必死だった。
「だから、なんていうか……そんな女の子たちが、そんな辛い経験をしちゃいけないと思う。だから、その……踊り子さんたちがそうならないように、僕もなんとかこの力で支えたい、かな……」
一瞬静まり返る馬車の中。
やばい、なんか変なこと言っちゃったかな……。
「……また、あの気持ち」
優しい声で、エリスさんが微笑んだ。
リーナさんは相変わらず腕と足を組んで窓の外を眺めていたが、その口角は少し上がっているように見えた。