馬車に乗ってるだけなのに
翌日。
ディラメル館の酒場側の入口の前に、一台の馬車が停まっていた。これが今回の移動手段とのことだ。
僕はエリスさんとリーナさんに連れられて馬車に乗り込み、ディラメル館を出発した。
その際ユノンちゃんが店の入口に出てきて僕たちを見送ってくれた。
「エリスお姉様とリーナお姉様の二人なら心配いらないと思いますが……今回はお兄様が同行しますので、足を引っ張られないことを祈ります」
「ありがと、ユノンちゃん。でも大丈夫。むしろお兄さんがいてくれた方が心強いよ」
ユノンちゃんは僕の癒掌術のことをエリスさんから知らされているようだったが、最後まで懐疑的な目で馬車を見送っていた。
さて――僕たち三人を乗せた馬車はリュシーラの大通りを抜け、街道をひた走っていた。この馬車のように、クエストにかかる移動費・宿泊費・食費・その他諸々の経費は全てクエストの依頼主が負担するとのことだ。だからオーガ討伐のときもそうだったが、クエストに臨む時でもエリスさんたち踊り子は手ぶらなのだ。
馬車なんかに乗るのはもちろん初めてだったが、意外なことに乗り心地は良い。ただ、それでも落ち着かない原因が他にあった。
――そりゃそうだ。あられもない格好をした素肌むき出しの踊り子少女二人と、小さな馬車の中に密接して座っているのだから。
「今日もいいお天気だね。風が気持ちいい」
開けた窓から吹き込む風に前髪を揺らしながら、僕の隣に座っているエリスさんがにこやかに言う。
ふとした拍子に肩が触れそうな距離。むしろ彼女の方から微かに体を寄せてきているようにさえ感じるのは僕の思い込みか。
「そ、そうだね。景色も綺麗だね」
窓から見える草原を眺めるふりをして僕が視界の端に捉えていたのは、エリスさんの白くてむちっとした太ももだった。
薄い腰布の下から、白くてしっとりとした太ももが大胆に晒されている。馬車の震動によってその柔らかな輪郭が小刻みにぷるぷる震えており、僕の目を奪って離さない。
少し視線をずらしても、今度はつややかな膝が映る。
くっつけられたその丸い関節は、窓から差し込む日差しによって、まるで磨かれた陶器のように光っていた。
そして――膝から先、揃えられた裸足のつま先がちょこんと床に触れている。
柔らかそうな指先が、そっと馬車の板張りに触れ、何とも言えない可愛らしさを醸している。踵が綺麗に艶めいており、僕は息を呑んだ。
「……ちょっと。見てるのバレすぎなんですけど」
正面から飛んできた声に、思わずドキリとする。
リーナさんが監視員のように僕を睨みつけていた。
「あ、いや、その……!」
「え? どうしたの?」
エリスさんが何も分かっていない表情で小首をかしげる。
「なんでもないなんでもない!」
僕は顔を真赤にして慌てて取り繕う。
(リーナさんったら……!)
指摘されないよう正面に顔を固定するが――今度はそこにいるのはリーナさんだ。僕の意識が休まることはない。
リーナさんは腕を組んでおり、それによって寄せられた胸が更に大きく膨らんでいる。細い胸布はたるみ、出てはいけない箇所が今にも顔を出しそうだ。馬車の揺れで胸の肉が柔らかく波打っているところも本人は気づいていないだろう。
(見るな見るな……!)
僕は視野を下げるが――その先に逃げ場などなかった。
リーナさんは、足を組んでいた。
それによって股の前を隠している布が大きく横に崩れ、太ももの付け根までがっつり見えてしまっていた。ただでさえ短い布の裾も、組んだ足の角度によってめくれ上がり、内ももの間の奥にある危険地帯まで視線が届きそうになっている。
(この人……! 今自分がどんな状態なのか知ってるのか……!?)
宙に浮いた片足のつま先を、無意識にくねくねと動かしているリーナさん。細くしなやかな足の指が空中をなぞっており、その意味もない動きすら妙に扇状的に見えた。時折垣間見える足の裏も生々しくて、思わず目が釘付けになる。
「……どこ見てるのよ?」
その声で我に返る。リーナさんの鋭い眼差しが僕を射抜く。
「そ、それは……その……」
いや無理な話だ……!
ここに目のやり場なんてない……!
視線を泳がせていると、リーナさんはわざとらしく足を組み替えた。
丸みを帯びたお尻の片側が浮き上がり、腰布がするりと逆側にずれ、危険地帯との境界線が先ほどよりもさらに危うくなる。
「ほら。また見てる。……ヘンタイ」
「だ、だって……そりゃあ……!」
顔を赤くして思わず声を上げた僕に、隣のエリスさんが小さく吹き出す。
「ふふっ……リーナちゃんったら。からかい過ぎだよ。お兄さん、困ってるじゃん」
「だってお兄さん、わかり易すぎなんだもの」
僕は赤面した顔を俯かせて、膝の上に手を置いた。だがそうすると、再びエリスさんの素肌むき出しの下半身が間近に映る。
(目の拷問か……これは……!)
だめだ、せめて話題を変えなければ――!
僕は熱くなった頭をフル回転させた。
「と、ところで、オークの巣窟には何匹くらいのオークがいるの?」
あからさまに話を逸らしたことは当然リーナさんにはバレているようだったが、リーナさんは特に突っ込んでは来なかった。
「さぁね。踏み入ってみなきゃわからないってのが正直なところよ」
「なんと危なっかしい……敵の数も分からず単身踏み込むなんて……」
「しかもオークは知性があって武装もしてるから、油断はできないよね」
エリスさんからの補足に、僕は更に驚いた。
「ええっ? 武器も持ってるの?」
「うん、棍棒とか。鎧とかも着てるし、統制も取れてるよ」
「いやいやいや! そんなところに、そんな丸腰の格好で行くの!? いくら身肌集中があるとはいえ、死にに行くようなものだよ! ていうかよく今まで生きてこれたね……!」
勇敢というか、命知らずというか。
踊り子が相手にするのは、オーガのような荒れ狂う化け物とか、オークのような知性のある蛮族とか、(あとユノンちゃんが戦ったというローパーのような……その……そういう系のやつとか……)、とにかく多種多様な敵がいて、いずれも過酷な戦いになるのだろう。
そんなやつらに、胸布と腰布だけを纏って一人で立ち向かっていくなんて……。
僕が内心驚愕していると、正面のリーナさんがさらりと言った。
「まぁ、死なないしね、あたしたち」
「いや踊り子さんは確かに強いかもしれないけど、だからといって……」
「いえ、そうじゃなくて。ほんとに死なないのよ、あたしたち。踊り子は不老不死なの。そして体も傷つかないのよ。エリスから聞いてなかった?」
僕は理解するのに三秒ほど要し、
「えええッ!?」
これでもかと分かりやすく驚嘆の声を上げた。
馬車に乗ってるだけなのに、目の拷問だったり不老不死だったり、もう頭がパンクしそうだ。




