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90 クローディアと黒猫のクロ


 

 宿屋の一室。窓の外はすっかり夜の帳が下りている。  俺達は、ケットシー族の少女チェルシーの姉を救うべく、エストリアの地下水路にあるという偽勇者のアジトへ乗り込むための作戦会議を開いていた。


 皆が真剣な表情で地図を囲む中、俺は閃いた名案を自信満々に発表した。


「先ずはこうだ!!」


 俺は立ち上がり、ビシッと指を立てる。


「正面から乗り込むのは危険だ。だから、変装して潜入する。……俺が奴隷のふりして、ボロきれの服を着て地下を徘徊するんだ! そうすれば、もし見つかっても『逃げ出した奴隷か?』と勘違いされて、牢屋の場所まで連行してくれるはずだ。そこを内部から制圧する! どうだ?!」


 完璧な潜入プランだと思い、俺はドヤ顔で皆の反応を待った。  しかし、返ってきたのは冷ややかな沈黙と、白い目だった。


「は?! アンタ意味わかんないよ!? それ、怪しい人っていうか……ただの露出狂の変質者に間違えられるだけだって! 通報案件よ!」


 ケアルが即座に却下する。


「い、いやいやいやいや! いくらお兄様でも……。ボロ布一枚でウロウロするお兄様なんて……私は見たくないですぅ! 解釈違いです!」


 エアロが顔を覆って首を振る。


「そ、それ~……、逆に目立って怪しまれるよ~。『うわ、やばい奴がいる』って石投げられる未来しか見えないよ~っ……。でも、見た目的には面白いかも~っ! なんならウサ耳つけとく~っ? もっと変態っぽくなるよ~?」


 コタースがニヤニヤしながら余計な提案をする。


「あ、あの~……、本物の勇者ルイスさんって、こんな感じにゃ……? 噂ではもっと冷徹で、真面目なお方かと思っていたにゃ……」


 チェルシーがドン引きしながら、ヒナルに小声で尋ねているのが聞こえた。


 う、うん。冗談だよ。いや、半分本気で言ったつもりだけど、ここまで引かれるとは……。  俺は咳払いをして誤魔化した。


「ま、まぁ……、冗談はさておいて……。もっとスマートな方法をだな……」


「あ、あの……、レイジさん?」


 俺が次の案を出そうとした時、ベッドの端に座っていたクローディアがおずおずと手を上げた。  その表情は、どこか確信に満ちていた。


「どうした? クローディア」


「私、ついさっきなんですが……、急に『感覚』が変わったんです。上手く言えないんですけど、動物の声というか、気持ちが流れ込んでくるような……。多分、『魔物使い(テイマー)』の隠されたスキルが、使えるようになったんじゃないかなって……」


「えっ? テイマーのスキル?」


 クローディアは頷くと、白魔道士なのにツンツンしているケアルの膝の上で、ちょこんと行儀よく香箱座りをしていた黒色の子猫、クロを見つめた。


「クロちゃん! 私の膝の上に乗って?」


 クローディアが優しく声をかける。  すると、クロはまるで人間の言葉を理解しているかのように耳をピクリと動かし、ケアルの膝の上から降りた。そして、ゆっくりトコトコとクローディアの方へと歩いていく。


「へっ?! クロ?! アンタ言葉が分かるの? 私の膝が定位置じゃなかったの!?」


 ケアルが驚きの声を上げる。  クロは椅子に座っているクローディアの所まで来ると、軽く「ぴょん」とジャンプをして、クローディアの膝の上へと着地した。


「いい子だね。……じゃあクロちゃん? 『にゃん』って3回鳴いて?」


 クローディアが試すように言う。  クロはクローディアの顔をジッと見上げ、一拍置いてから口を開いた。


「にゃ~ん! にゃ~ん! にゃ~ん!」


 正確に3回。  部屋にどよめきが走った。


「す、すごいにゃ!! 私たちケットシーでも、普通の猫の言葉までは分からないのに!! 完全に意思疎通してるにゃ!」


 猫耳少女のチェルシーは、大きなぱっちりした目を更に大きくして驚いている。  無理もないさ、俺も正直驚いている。これがユニークジョブ『魔物使い』の真の力なのか。


「クロちゃんも、私達に協力してくれるかな?」


「にゃん!!(任せろ!)」


 力強い鳴き声。


「後、こんな事もできますよ! 念話みたいな感じで、クロちゃんの思考を読み取れるんです。……クロちゃん? 試しに、レイジさんの面白い秘密を知ってたら教えて?」


 クローディアが悪戯っぽく笑う。  俺は嫌な予感がして身構えた。


「にゃんにゃにゃにゃ! にゃんにゃん……(あいつの異空間ストレージにある家の、寝室のベッドの下……奥の方に『隠し本』があるぞ。夜な夜なこっそり読んでニヤニヤしてるやつだ)」


 クロはクローディアを見つめ、流暢に鳴き声を上げる。  クローディアはそれを聞き取り、顔を真っ赤にしながら通訳した。


「ふむふむ……。異空間ストレージ内のレイジさんの部屋にある、ベッドの下の奥底に……『えっちな本』が隠してある……? へ? え、えっちな……本!?」


 ブフォッ!!


 俺は盛大に噴き出した。


「ち、ちょっ!!! な、なんで知ってるんだ!? あの隙間は人の手でもやっと入るくらいの……!!」


 異空間ストレージ内にある俺の部屋。そのベッド下には5cmほどの僅かな隙間があるのだが……。ヒナル達にバレないように、この世界でこっそり手に入れた貴重な文献(グラビア魔導書)を隠しておいたのだ。  よくよく考えたら、クロがベッド下で昼寝する事が度々あった……。  つまり、猫は液体。あいつは隙間に入り込み、俺の秘密のコレクションを熟読(?)していたのだ……!


「ひぇ~! それがレイジさんの秘密!? 最低です!」


「なになに!? お兄ちゃんの秘密が凄い気になる! どんな本なの!?」


 ヒナルが純粋な目で聞いてくるのが一番痛い!


「ち、ちょっとアンタ!! ハーレム作っておきながら、なんでそんな隠し本読んでるのよ!? 目の前に実物がいるでしょ!? 変態!! ド変態!」


 ケアルが顔を真っ赤にして罵倒してくる。


「バレないようにこっそり……です? とんだムッツリ変態さん……です……。私達というものがありながら……」


 フレアがジト目で軽蔑の視線を送ってくる。


「ま、まぁレイジ君は……。ねっ!? 健康な男の子だし……。そういう時期もあるわよね……ふふふ」


 ミランダが生暖かい目で見守ってくれるのが逆に辛い。


「だよなぁ~兄貴だから仕方ないさ! 男のサガってやつだろ? 今度ボクにも貸してくれよ!兄貴はどんなの好きなのか気になるっ!!」


 シューだけが理解を示してくれたが、方向性が違う!


 皆、それぞれに俺の事を変態だの仕方ないだの言ってくるが……、うん仕方ないさ。俺だって健全な男だもん! 癒やしが必要な時もあるんだよ!


「あ、アンタねぇ?! なんか開き直ってるし! その顔!! 反省しなさいよ!」


「まぁまぁ、レイジも健全な男の子っていう事ですわ! 本に頼らなくても、私がいつでもお相手しますのに……。ケアルもいつか分かる時が来るはずですわ……」


 クリステルがフォローになっていないフォローを入れる。


「えっと、君たち? クローディアが恥ずかしがって困ってるよ……? 俺の事はいいから……、話を戻そう! うん! そうしよう! 緊急事態だし!」


 俺は必死に話題を変えようとする。


「ご、ごめんね! クローディア! お兄ちゃんの『汚点』は置いといて話進めよう!」


「おい……、ヒナル……汚点って……」


「あは……、あははは~。ナンノコトデショウネ~」


 然り気無くヒナルに弄られる俺。まぁ、普段格好つけてる分、こういう扱いも悪くは無いんだけどね。  話は戻り、クローディアとクロが完全に意志疎通出来るのが分かった。これは作戦に大きく影響する。


「レイジさん、ごめんね? えっと、それで……、このクロちゃんだけど、ある程度場所が離れていても、私の頭の中に映像や音声を送れる『視覚共有』の能力も使えそうなんです。だから、今回のお姉ちゃん探すための地下探索でも、偵察役として凄く役にたってくれると思います……」


「視覚共有だって!? それは凄い……! 人間が入れない場所でも、クロなら忍び込めるし、中の状況がリアルタイムで分かるってことか」


 最強の偵察兵だ。   「確かにできるなら心強いけど……。危険な場所だ。クロはOKしてくれてるのかな?」


 俺がそう言うと、クロは俺の目を見て、ニヤリと笑った(ように見えた)。  「にゃああ!(フン、俺様の出番だな。エロ本男に貸しを作ってやるよ)」とでも言いたげに、可愛らしく、しかし凛々しく鳴いた。  ……本当にいいのか? お前……。後で高いキャットフードねだられそうだな。


「うん。クロは『様子見に行くなら余裕だ。任せろ』って言ってるよ! 中の状況、私が全部伝えます!」


「にゃあああんっ!」


 なんか、クロの猫の目がキリッとして、ハードボイルドな戦士の顔つきになったように感じた。格好いいな、おい。


「よし、決まりだ。じゃあ、クロに先行偵察を頼もう」


 俺は立ち上がり、メンバーを見渡した。


「今回の突入メンバーは、俺、ヒナル、クロを操作するクローディア、そしてケアルとフレアの5人で行く。地下への入り口付近で誰かに見られても、『迷子の子猫を探している』と言えば、このメンバーなら怪しまれないと思う」


 美少女たちが猫を探してウロウロしていても、不審者には見えないはずだ。(俺が奴隷の格好をするより100倍マシだ)


「チェルシーは悪いけど、仁さんやミランダ達と一緒にここで待っててくれ。顔が割れている君が近づくのはリスクが高い」


「わ、分かりました……。皆様、どうか姉を……よろしくお願いしますにゃ……」


 チェルシーは深々と頭を下げた。


「ま、まぁ、そうね。言っておくけど、アンタの為じゃないからね! チェルシーとクロのためだから!! 勘違いしないでよね!」


 ケアルが腕組みをしてツンデレを発揮する。


「はいはいー。姉さんの事はよく分かった……です。いつものテンプレ……です。素直じゃない……です」


 フレアが冷静に突っ込む。


「それじゃあ、行くぞ! クロ、クローディア、頼んだ! チェルシーのお姉さん救出作戦、開始だ!」


「「「おーっ!!」」」


 皆が一斉に拳を突き上げ、気合を入れる。  その声の中に、チェルシーやクローディアの希望に満ちた声もしっかりと混ざっていた。  俺達は装備を整え、夜のエストリアの闇へと溶け込んでいった。


  

 

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