82 少女の名はクローディア
~そして現在…~
焚き火の爆ぜる音が、静寂な夜の森に響く。 俺たちは旅の途中、休憩を挟みながら、保護した魔族の少女――クローディアに事情を説明していた。 俺が「本物のルイス」であり、彼女の村を焼いたのは「偽物のルイス」であること。そして、その偽物を止めるためにアスガルドへ向かっていることを。
「……というのが、俺達がアスガルドに向かう理由についての全てだ」
一通りの説明を終え、俺は薪をくべながら彼女を見た。 俺を見て恐怖に震えていた魔族の少女は、膝を抱え、揺れる炎を見つめながら黙って聞いていた。
「……じゃあ、目の前にいるルイスさんは……本当にアスガルドや、私の住んでいたセトリア王国にも来た事がないの?」
「ああ。そうだよ。今までその地へ行った事もないし、君の村の場所さえ、今日初めて知ったくらいだからね」
俺が真剣に答えると、横からシューが俺の首に腕を回し、頬をぴたりとくっつけてきた。
「そうそう! ウチの兄貴なんか、目立つのが嫌でひっそりと村の村長さんしてるしね~! 英雄なんて柄じゃないんだよ。ボクはそういう、飾らない所が好きなんだけどね~っ! イシシ!!」
シューが猫のように頬をスリスリと擦り付けてくる。 クローディアは少し戸惑ったように瞬きをして、もう一つ、気になっていたことを口にした。
「じゃあ……他の人から聞きましたが……『女たらし』で、毎晩酒池肉林という噂は……? 街中で凄く話題になっていましたが……」
「はぃいっ?! だ、誰がそんなありもしない噂話を!?」
俺は一瞬、素っ頓狂な変な声が出た。 女たらし!? 酒池肉林!? あの偽物、一体どれだけ俺の風評被害を広げれば気が済むんだ! 俺のそんな過剰な反応に、少女はじ~っと、探るような、警戒するかのようなジト目で俺を見てくる。 い、いや……睨んでるのか!? こ、怖い! 信じてない目だ!
「うんうん! 旦那様は我達には弱いのじゃ! だから我達が街中でこうやっても怒らないのじゃ! 噂もあながち間違いではないのじゃ!」
俺の後ろに居たスルトが、火に油を注ぐような事を言いながら俺の隣にやってきた。 そして、反対側から俺の腕を抱きしめ、自分の体に押し付けてくる。
「むふふ……ルイスは暖かいのじゃ……」
スルトがスリスリしてくる。 彼女の体は小柄で、胸は慎ましやかだ。いわゆる「まな板」に近い。 だが、その薄い布越しに、何気に俺の腕を伝わり、未成熟なふくらみの先端にある「小さいイチゴ」のような突起がクリクリと当たる。 その硬くて小さい感触が、とても俺を変な気分にさせてくる。
(や、やめてくれ! 今は誤解を解く大事な局面なんだ! ほら! クローディアちゃんがめっちゃ睨んでるじゃないか!)
「じーっ……」
少女の視線が痛い……。 「やっぱり女たらしじゃないか」と言わんばかりの冷ややかな目で見られている。 それでも気にせずに、シューとスルトの二人はお構いなしにスリスリと甘えてくる。
「い、いい加減やめろ~ぉ!! お前ら~! 今は真面目な話をしてるんだから! 離れなさい!」
俺が顔を赤くして二人を引き剥がそうと、手足をバタつかせた時だった。
「……ぷふっ!! あはは!!」
ずっと張り詰めた表情をしていた少女が、突然吹き出した。
「えっ?」
俺たちが動きを止める。 少女は口元を手で押さえ、涙を浮かべて笑っていた。
「あはは……ご、ごめんなさい。でも……本物のルイスさんって、なんか私の兄ちゃんみたいで……。兄ちゃんも、いつも周りの女性に振り回されて、そんな顔をしてたから……」
彼女の表情から、ようやく恐怖の色が消えた。 たしか、ハロルドさん……だったか。彼女が囮になって逃がしたという兄。
「そういえば、貴女のお名前、まだ聞いていませんでしたね。なんて言うの?」
ヒナルが優しい声で少女に話しかける。
「あ……そういえば、まだ名前言ってなかったですね……。私はクローディア。ジョブは『魔物使い(テイマー)』です。……といっても、まだ使役するモンスターもいない、見習いですけどね……」
「えっ!? テイマー!?」
俺は思わず身を乗り出した。 クローディアのジョブ……テイマー。 それは、魔獣を使役し、自らの力とする特殊な職業だ。レベルが上がり、強力な魔獣を従えれば、その戦力は一騎当千。時には聖女や勇者といったクラスにも匹敵し、戦況すら大きく変えてしまうほどの可能性を秘めた「ユニークジョブ」の一つだ。
「うん! でも……兄ちゃんの周りにいるあの人達、幼馴染のお姉ちゃん達がいつも強くて前にいたから、私の出番はそんなに無かったんだよね……。それに私のレベルはまだまだ低いから、役に立てなくて……」
クローディアは少し寂しそうに俯く。 そうか、彼女は守られるばかりで、自分の力を使う機会がなかったのか。
「じゃあ尚更、俺達と来た方がいいな……。その才能、眠らせておくには惜しいよ」
「うんうん! 何かあれば、お姉さんである私達も守ってあげれるしね! それにルイス君がいれば、どんな魔獣だって手懐けるコツを教えてくれるかもよ? 彼はドラゴンすら手懐けたんだから!」
ミランダがウィンクをしてフォローを入れる。 クローディアの緊張が、完全にほぐれていくのが分かった。
「ありがとうございます……。本物のルイスさん達って、本当に優しいんだね……。怖がってごめんなさい」
「そだよ~っ!! なんっていったって~っ、ルイスは~ウチのウサ神様だからね~っ! 絶対に悪いようにはしないから、安心してね~っ!」
横からコタースも、のんびりとした口調で彼女の不安を取り除こうとしてくれる。
「うん! 信じます!」
それから、俺達は一人一人自己紹介をした。 彼女の年齢はヒナルやシュー達と近く、すぐに打ち解けることができた。 夜も更けてきた。今日は野宿ではなく、前に王様から貰った『異空間ストレージ・サンクチュアリ』の中で皆で休む事になった。
「じゃあ、移動するぞ」
俺が異空間へのゲートを開く。 中に入った瞬間、クローディアは目を丸くして叫んだ。
「な、なななな!? なにこれ~!! あの小さな箱の中に入ったって思ったら!? こ、ここどこなの~!?」
季節は常夏、広がる草原とログハウス。 外の暗い森とは別世界の光景に、彼女は驚きの声を上げ続けていた。 無理もないさ。俺も最初は腰を抜かしたからな……。
「ここなら追手も来ないし、ゆっくり眠れるよ」
それから俺達はログハウスに入り、それぞれの部屋で休みを取ることにした。 部屋割りを決める際、ヒナルがクローディアの手を取った。
「クローディアちゃん、今日は私と一緒に寝よ? いろいろお話したいし!」
「えっ、いいの? ありがとう、ヒナルちゃん!」
二人は何故か一番波長が合ったようで、すっかり仲良くなっていた。 クローディアの安らかな寝顔が見られることを願いつつ、俺も自分のベッドへと潜り込むのだった。
………。
……。
…。
~ヒナル視点~
ご提示いただいた、女子会のような微笑ましい雰囲気と、シリアスな事情の共有、そして新たな友情が芽生えるシーン。 ヒナルとクローディア、二人の距離が急速に縮まっていく様子を、会話のテンポや心理描写を丁寧に積み重ね、文字数制限ぎりぎりの大ボリュームで書き直しました。
第百十五章:箱庭の夜、異世界の恋バナと「マジ」な友情
~ヒナル視点~
異空間ストレージの中にあるログハウスの一室。 ふかふかのベッドに二人で並んで横になり、天井の木目を見上げながら、私とクローディアちゃんはヒソヒソ話をしていた。 まるで修学旅行の夜みたいで、なんだかワクワクする。
「……そういえば、ヒナルちゃん? ずっと気になってたんだけど……」
クローディアちゃんが、隣で寝返りを打ち、私の顔を覗き込んできた。
「ヒナルちゃんって、ルイスさんと顔のパーツとか雰囲気が凄く似てるけど……本当の兄妹なの?」
「うん! そうだよ~! 正真正銘、血の繋がった実の兄妹だよ。しかも私達、この世界の人じゃなくて、『異世界』から来たんだ~」
私がサラッと言うと、クローディアちゃんは目を真ん丸くして驚いた。 そりゃそうだよね。目の前に異世界人がいるなんて、普通はびっくりするよ。
「えっ!? じゃあ、おとぎ話に出てくる『迷人』だったの!?」
「うん! 当たり!」
私はクローディアちゃんに向き直り、枕を抱きしめながら、自分たちの馴れ初め(?)を語り始めた。
「お兄ちゃんは私が産まれてすぐに、事故でこっちの世界に来ちゃって……。それから何年も経って、私が高校生の時にこの世界に迷い込んだ時に、偶然助けてくれたのがお兄ちゃんだったの」
「へぇ~……! 運命的だね……」
クローディアちゃんが目をキラキラさせながら話を聞いてくれる。
「でね、私がお兄ちゃんに助けられて、守ってもらっているうちに……『この人のこと大好き!』って恋をしちゃった後に……実は生き別れの兄妹だって判明したんだ~……」
「ええっ!? ル、ルイスさんに恋を?! 兄妹だと分かったのに?」
「うん。だから私達は兄妹だけど、付き合ってる『恋人』なんだよ~! 世界で一番ラブラブなんだから!」
私が胸を張って言うと、クローディアちゃんはポカンとした後、少し顔を赤らめて照れ笑いをした。
「そっか~……。実の兄妹で恋人、かぁ~。なんか、そういう強い絆って羨ましいなぁ~。私の兄ちゃんも凄く優しいけど、やっぱり私は兄妹以上の関係には見れないからなぁ~。あっ、ヒナルちゃんたちを否定してるわけじゃないよ!?」
「あはは! 大丈夫だよ! 分かってるって!」
私は笑って手を振った。 そして、ふと気になっていたことを聞いてみた。
「ねぇねぇ? そういえば、クローディアちゃんって今、何歳なの?」
「私? 私は16歳だよ!」
私と同じ年だったんだ!? でも、どことなくあどけない雰囲気とか、背丈とかも似てたから納得かも。
「おーっ!? 奇遇だね! 実は私も16歳だよー!」
「えっ!? じゃあ同い年だ!? なんか嬉しい!」
私達は顔を見合わせて笑い合った。 でも……あれ? 魔族の人って、人間よりも寿命が長いから成長が遅いって聞いたことがあるような……。
「あれ? でも魔族って成長が……たしか……人間から見ればゆっくりなんじゃ……?」
私が首を傾げると、クローディアちゃんは自分の小さな角を触りながら教えてくれた。
「あ、それはね、私のパパが人間だったからなんだ。私と兄ちゃんは、人間と魔族の『ハーフ』なんだよ~。だから成長速度は人間と変わらないの」
「あ~、なるほど! そういうことか~」
だから私達と同じ年齢くらいの見た目なんだ~。 なんだか不思議。元の世界にいた数少ない友達と、パジャマパーティーをしているみたいで凄く楽しい。 どことなく、私とクローディアちゃんは波長が合う気がする。
「ちなみに、お兄さんのハロルドさんは何歳なの?」
「兄ちゃんは19歳だよ~」
私は思わずガバっと身を起こした。
「えっ!? まじに!? 私のお兄ちゃんと同じ歳だ!」
「うそー!! ルイスさんも兄ちゃんと同じ年なんだ~!! 私達、兄妹そろって年齢が一緒だなんて……すごく似てるね~!」
「うんうん!! これはもう運命だね!」
クローディアちゃんとは話が合うし、すぐに親友になれる予感がした。 うん。種族とか出身世界とか、そんなの関係ない。気が合えば、誰とだって仲良くなれるんだよ。
話が盛り上がったところで、私は少し声を落として、気になっていた核心に触れた。
「……そういえばさ。その偽物のお兄ちゃんについていった人達……ハロルドさんの元恋人たちのことだけど、彼女たちも魔族なの?」
クローディアちゃんの表情が、スッと曇った。
「ううん、違うよー。姉妹の二人がヒューマンで、あと恋人はがエルフ……。みんな、兄ちゃんが必死に守ってきた人たちだったのに……」
クローディアちゃんは悔しそうに拳を握りしめた。
「兄ちゃんが魔族とのハーフだってバレた瞬間に……『汚らわしい』って……。簡単に兄ちゃんを捨てるような、最低な人達だよ……」
「……その人達、もしかして偽ルイスに『魅了』とか洗脳をかけられているとか? 私の友達のクリステルさん達も、前は操られてたことがあるから……」
私は一縷の望みをかけて聞いた。もしそうなら、助ける余地がある。 けれど、クローディアちゃんは悲しげに首を横に振った。
「ううん……。違うみたい。あの目は、洗脳された目じゃなかった。ただ単に、あの人達が勇者という権力になびいた浮気心と……根底にあった『魔族嫌い』の差別意識が出ただけみたい……。兄ちゃんのこと、最初から『道具』感覚だったのかもしれない……」
「うわ~……。まじ最低……」
私は心底軽蔑した。 クリステルさん達の時は、あのアレックスというクズ勇者による強制的な魅了だったから仕方なかったけど……。 素で裏切ったなら、救いようがない。お兄ちゃんの偽物に群がるなんて、趣味も悪いし性格も最悪だ。
「ほんとほんと! 頭来ちゃうよ……。兄ちゃん、あんなに優しくしてたのに……」
クローディアちゃんが涙ぐむのを見て、私も自分のことのように腹が立った。 でも、今は楽しい話をしよう。私は空気を変えるように明るく言った。
「……というか、さっきからヒナルちゃんがよく使う『マジ』って言葉は何? 呪文?」
クローディアちゃんがキョトンとしている。
「あ~、そっか! こっちの世界の人って知らないもんね……」
クローディアちゃんの顔には、会った時の不安な表情はもう消えていて、ニコニコしながら私の言葉を待っている。 本当に修学旅行の夜みたいだ。
「えっとねー……。『本気』とか『真剣』とか、あとは『本当に!?』っていう驚きを表す言葉かな? 私の世界の若者言葉だよ」
「ほうほう!! えっと……、あいつら『マジ』で許さない! みたいな使い方?」
「そそ! 大正解! 使いこなすの早いね~!」
「いーね、これ! なんか気合が入る! こっちの世界でも広めちゃおっか!」
クローディアちゃんは口元を「いーっ」として、悪戯っぽく笑った。
「おー? お~!! やっちゃう? マジやっちゃう!?」
「マジでやっちゃおー! 私達『マジ』同盟だね!」
私達は顔を見合わせて、深夜までクスクスと笑い合った。 またここに来て、新しい友達ができた。 お兄ちゃん、私、この世界がもっと好きになれそうだよ。
そうして夜は更け、私達はいつの間にか寄り添って眠りにつくのだった……。




