75 少女とルイス達…
~ルイス(レイジ)視点~
目の前に、一人の少女が倒れていた。 年齢はヒナルと同じくらいだろうか。みすぼらしい衣服を纏い、泥と傷にまみれている。 この辺りは日差しが強く、フードを被っていたから熱中症か何かかと思い、俺は親切心で声をかけた。 だが、少女は俺の顔を見た瞬間、まるでこの世の終わりを見たかのような悲鳴を上げて気絶してしまったのだ。
「お兄ちゃん? やっぱり気になる?」
ヒナルが心配そうに俺の顔を覗き込む。
「うん。なんで俺の顔を見ただけで、あんなに怯えて倒れたんだろう……。俺、そんなに怖い顔してるかな?」
「兄貴~っ……。まさかかなり前に、この女の子に何かしたんじゃないのか~? 身に覚えがあるんだろ~?」
シューがジト目で疑いの眼差しを向けてくる。
「するわけないだろ!? 初対面だよ! 俺がそういう風に見えるわけ?!」
「フンッ! フツーにアンタならやりかねないわね! でも、やっていいのは私だけ!! いい!? 私だけなんだからね! 他の女に手を出したら、クロが許さないんだから!」
「にゃーん!」
「はいはい……」
なんか、ケアルが顔を真っ赤にしてぎゃーぎゃー騒いでいるけど、今はそれどころじゃない。 しばらく木陰で休ませていると、少女の瞼がピクリと動いた。
「んっ……んん……? はえ……私は……」
少女がゆっくりと目を開ける。 俺は優しく声をかけ、水筒を差し出した。
「大丈夫? 急に倒れたからびっくりしたよ。はい、これ水だから。良かったら飲んで?」
少女は震える手で水を受け取ると、ゴクゴクと飲み干し、ふと顔を上げて俺と視線が合った。 その瞬間、彼女の瞳孔が開き、ガタガタと震え出した。
「あ……ありがとうございます……。……ぇっ! ひっ……! い、いや!! 殺さないで!! お願いします、殺さないで!!」
少女は水筒を取り落とし、地面を這って後ずさる。
「ち、ちょっと!? 落ち着いて!」
「レイジ! お主は一体何をやったのじゃ?! まさかついに理性を失い、獣になったのじゃ!! 変態なのじゃ!」
スルトが俺の足をペシペシと叩く。
「いや! だから意味分からないって! 俺は何もしてない!」
少女を見ると、過呼吸になりそうなほどビクビク震えている。尋常じゃない怯え方だ。
「あ、あの? 私のお兄ちゃん、貴女に何かしたの?」
ヒナルが優しく問いかけるが、少女は答えない。ただ恐怖に染まった目で俺を凝視している。
「……」
無言の少女に、俺も膝をついて目線を合わせ、問いかける。 「えっと、多分……俺達は初対面だと思うけど……。何か誤解があるんじゃないかな? 俺達はつい一昨日、遠くのエルドアス王国からこっちに来たばかりなんだ……」
「お主、誰のおかげでこんなに早く来れたと思っておる! 余を忘れるでない」
いきなり俺の背後から、ぴょこっと銀髪の幼女――バハムが顔を出す。
「はい……。バハム様のお陰です! ありがとうございます」
「うむ! 感謝すんだぞ! 竜神たる我の背に乗せた事は、歴史的な意味をするんだぞ! 光栄に思うがよい!」
バハムートことバハムが、眼を瞑りながらニコニコして頭を差し出してくるから、俺は苦笑しながらナデナデをする。 その和やかな光景を見て、少女が困惑したように瞬きをした。そして突然、地面に頭を擦り付けた。
「勇者様!! 兄さんを……兄さんをもう追わないでください! お願いします! 私の命なら差し出しますから!」
「えっと、話がよく分からないんだけど……」
「貴方のお兄さんは、誰かに追われているの?」
ヒナルが少女の背中をさする。
「えっ……」
少女は顔を上げ、困惑したように俺とヒナルの顔を交互に見る。
「君は誰かと勘違いしているのかな? 君の兄さんとは会った事もないし、もちろん、君ともはじめてなんだ……」
「そうなのじゃ! お主は魔族じゃろ? 我も魔族で、正真正銘の『魔王』なのじゃ!! ほれ! この可愛いぷりちーな角が何よりもの証拠なのじゃ!」
スルトがフードを脱ぎ、自慢の角を見せる。
「お、王様……? 魔王様……?」
少女が呆然とする。
「そうなのじゃ! まぁ……5ヶ月前に、我の父は死んじゃったのじゃがなぁ……。今は我が跡を継いでおる」
「でも!! 勇者様……ルイス様は魔族を殺しているのでは!? 村を焼いて、私の仲間たちを……!」
「ち、ちょっと! 俺が魔族を殺してるって?! 村を焼いた!?」
俺は耳を疑った。 そこに、食事の準備をしていたクリステルがやって来る。
「お嬢さん? ルイ……いやいや、レイジはどんな種族も関係なしに助けるような、呆れるほどのお人好しな方ですよ? 魔族を殺すなんて、ありえませんわ」
「お人好し言うなっ!」
「困った時はなんであろうと助けようとする所がレイジ君の良い所なんだよね~。たまにこっちも巻き込まれるけど……ほっとけないんだよね」
ミランダも苦笑いしながら同意する。
「み、ミランダ……、お前まで……」
「そうなのじゃ! ここにいるほとんどが皆、レイジに助けられたのじゃ! 我も、殺されるところを助けてもらったのじゃ!」
スルトが胸を張る。 少女は混乱の極みにあるようだった。
「えっ……でも……。魔族を殺して楽しむような人……。冷たい目で、私達を見る人……。うん……それに間違いないよ! その顔も、声も、名乗りも……」
「俺は一度も魔族を殺そうなんてした事ないよ? むしろ親父は魔族だったし」
「でも1ヶ月くらい前に……。私達を追って……。兄ちゃんも……」
ん? なんか話が本当に噛み合わない……。 1ヶ月前? 俺が? なんで?
「おいみんな、1ヶ月くらい前って言ったら、俺たち何やってたっけ?」
俺が振り返ると、シューが指を折って数え出した。
「兄貴に風呂はいってる所を覗かれて、大騒ぎしてた頃だな……」
「わ、私の胸を! 足を滑らせたからって、あろうことか揉んでいたではないか!? あの感触、忘れてはおらぬぞ!」
フィリシアが顔を赤くして抗議する。
「うわ~っ! フィリシアの胸を~っ!? これ~っ、本当なら死刑ものだね~っ。でもね~、そのあと私も~『オオカミだぞー』って食べられたんだよね~。えへへ~」
コタースが意味深に顔を赤らめる。 その発言に、全員が一斉に俺の方を見て……冷ややかな視線を送ってきた。
「「「「……きも~」」」」
と言われる……。しかも皆、どこか楽しそうに。
「誤解だ!! あれは事故だし、コタースのはスキンシップだろ!」
俺が叫ぶと、少女がポカンと口を開けていた。
「じ、じゃあ……、本当に今日、こちらに初めて来たのですか?」
「ああ! そうさ! ずっと遠くの国で、バカ騒ぎしてたんだよ。ところで、君のお兄ちゃんってなんなんだ?」
「ハロルド……」
「ハロルド? 君のお兄ちゃんの名前かな?」
「はい……」
「ハロルドさんはどうしたの?」
少女の表情が曇る。
「勇者ルイスに、魔族だからと殺されそうになったところを……私が囮となって……逃がしたんです」
「勇者ルイス? ……いや、俺が一応、本物の『勇者ルイス』なんだけど?」
俺はそう言って、背中に背負っている聖剣エクスカリバーを鞘ごと見せる。 黄金の装飾が施された、間違いのない聖剣だ。
「これが聖剣エクスカリバーだよ。俺以外には抜けないはずだ」
「でも……ルイス……さん……が、エルドアス王国で魔族の親玉である魔王を倒して、英雄になったって……そう聞きました」
少女の言葉に、俺たちは顔を見合わせた。 いきなりスルトが横から飛び出してきて、腰に手を当ててふんぞり返った。
「違うのじゃ! 我の旦那様が倒したのは、エルドアス王国を破滅させようとした『女神崇拝教』のバカな教祖ホーエンなのじゃ! 魔王である我は、こうしてピンピンしてるのじゃ! 嘘つきはどこのどいつじゃ!」
「あ……」
少女は、目の前の小さなツノが生えた少女が「魔王」だと名乗ったことと、伝わっている噂の矛盾に、言葉を失っていた。
「ただ夜は狙われるかもしれないかもなのじゃ!」
「それはないから安心しろ!」
「ちぇー!つまんないのじゃ!」
何故かスルトは頬を膨らませて怒る。
「後、私の兄ちゃんの恋人達も勇者に寝取られてしまったらしくて…」
「まぁっ!!!そいつを今すぐ連れてくるのです!ぎったんぎったんのバッタンバッタンにしてあげますわ!」
「そうですね。許せませんね。寝とる男は女性の敵です!クリステル姉様!ルイス兄様!そいつをやっちゃいましょう!」
「ですが、寝取った相手は貴方なのですが…」
少女は俺の顔を見て言う…。
「兄貴~~~、ボク達がいながら恋人がいる人から奪ったの?最低なんだけど~。ボクには普段手を出してこないくせに!先ずはボクからだろ!?」
「お、おい!シューやめろ!今はやめろ!この子が怖がるだろ!」
じゃあ誰かが俺に変装しているのか?
「いや、ごめん。俺はそういう趣味は全くないぞ」
「でも、夜な夜な色々な女性とエッチしてる時の声が…」
へ…?まさかあれが噂に!?
「お、おまえらぁぁあああ!だから誤解されるんだぞ!」
「う、ウチ達のせいじゃないよ~」
「脱ごうとしないお兄様が悪いです!」
「ち、ちょっと!私以外にもこの変態に夜這いかけた人いるの!?」
「も、もうやめろー!勘違いされるだろ~ぉ!」
俺の言葉に皆がしゅんと 怒られた犬のようになる。事情はこうだ。俺の下着を脱がされそうになったから頑張って脱がされないようにしていたら皆して変な声を出して誘ってくる…。
「な、なんですかそれ!?」
「…っとまぁこういう事なのじゃ!だからなんも心配はないのじゃ!この魔王の娘がいうのだから間違いないのじゃ!」
「あ、あの!貴女は魔王の娘という事は…。魔王はまさか…!?」
「うむ!我の父はアスガルド!母はユミルなのじゃ!」
「えええええ!!アスガルド様もユミル様もソロモン学校の教科書に載るくらいの偉い方ですよ!」
「うむ!それにルイスは二人育てられた義理の弟なのじゃ!」
「えええええ!魔王様が勇者を育てたのですか?!」
顔をビックリさせて驚く少女…。大分、緊張も解れてきたみたいだな…。良かった…。
「それにユミル…。我の母も今も健在じゃ!」
「それじゃあ…貴方と勇者ルイスって義理の兄妹なんですか?」
「うむ!我の方が年上なのじゃ!だから我はルイスの姉なのじゃ!」
少女はびっくりして目をパチパチと瞬きを繰り返す。
「まぁ、俺からしたら妹に見えちゃうけど…」
「むむむー!ひどいのじゃ!」
「じゃあ…、私が見たあのルイスは…?兄さんにそっくりだったから…」
横にいるヒナルが…。
「それそれ!私も思った…。なんでそっちにルイスがもう一人いて、魔族を殺しているの?後、貴方のお兄さんとルイス…、ううん…私のお兄ちゃんと知り合いなのかな?」
少女は全てを話してくれた。小さな国… セトリア王国にルイスが魔族討伐のために来た事。そのルイスは少女の兄さん…ハロルドの恋人たちを寝取り、更にはハロルドと少女が魔族だと知ると兵士を連れて襲いに来た事。ハロルドと親しい村の人がハロルドを庇うと兵士達が村に火を放ち、村人を虐殺した事だ…。
(一体、何が起こってる?)
「待って!それマジに酷いよ!お兄ちゃんはそんな事は絶対しない!」
「えぇ、ルイスは小さい頃から私達と一緒ですが、目立つような事も嫌がるし、勇者だからとそれを振りかざしす事もしない…、そんな彼だから私は愛しているのですが…」
「お兄様は、勇者だと知られるのが嫌で、今は訳があってレイジって名前で旅していますよ~。堂々と胸をはればいいのにって思いますが…」
ヒナルやクリステル、エアロは俺の事を庇うように、そう言ってくれる。ありがとう…。
「うんうん!それに彼…、ルイス君は困っている人なら種族関係なく手を差しのべてくれるよ?何か困っているなら言ってみなよ!」
ミランダもすかさずフォローしてくれる…。
「ところで、君はどこに行くの?俺達はアスガルドに向かう途中なんだ」
「あ、アスガルド?魔王様の国!?なら私の住んでいた国からそんなに離れてませんが…」
「君のお兄さんが不安なら行くついでだからついて来る?俺達といれば絶対でないけど安全だと思うし…。それに…、母さんやエルドアス王から魔族を大量虐殺している女神崇拝教がいると聞いて視察のために旅をしていたんだ…」
そう…。何か、この少女の関わった事と何か関係があるのかもしれない。それに俺の偽物が…?
「ルイス…さんは何故、アスガルドに?」
「それは…」




