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50 ルイスの過去求め二人はメルドアの街に!



~ヒナル視点~


 月明かりのベランダで、お兄ちゃんから愛の告白を受け、甘く狂おしいキスを交わしたあの夜から……三日が経った。


 私達はまだ王都に滞在している。  『真の勇者』と『大聖女』の誕生という、歴史がひっくり返るような大事件。各国の王族への手続証明の通達や、神殿との調整などで、まだ正式な活動許可が降りていないらしいのだ。  なんでも、この手続証明の魔法印があれば、勇者パーティーにはあらゆる活動制限がなくなり、王族と同等の権力が与えられるらしい。つまり、正当な勇者にはギルドランクという概念すら無くなり、国境を越えてどんな最高難度のクエストも自由に受けられるようになるという。


 そんな準備期間の中。  あの日から、私は……表面上は「普通の仲間」として、お兄ちゃんと一緒にホテルで過ごしている。朝起きて「おはよう」と笑い合い、皆でご飯を食べ、くだらない事で笑う。……でも、私の心臓は、お兄ちゃんと目が合うたびに、張り裂けそうなほど高鳴っていた。あの夜のキスの感触が、唇に残って消えないから。


 そして。  あれからも、私はこっそりと夜の噴水広場に通い、クリステルさんと話をしていた。  そこで私は、この異世界の「結婚」についての衝撃的な事実を知った。  この世界は、なんと『一夫多妻制』が法律で認められているというのだ。魔力を持つ子供を多く残すため、王族や貴族はもちろん、平民でも一般的なことらしい。だから、あのクズのアレックスは、手当たり次第に自分の欲望をさらけ出し、複数の女性を侍らせていたのだ。  ……でも、問題はアレックスが使った『魅了』という洗脳のスキルだ。本来の一夫多妻制は、あくまで夫とお互いの妻たちが「全員合意してOKした時のみ」許される、愛のある制度だという。中には、一人の男性が実の姉妹の何人とも結婚して、皆で一つの家で幸せに暮らしている家族もいるのだとか……。


 正直、日本人の私には驚きしかなかった。  ……でも。それなら、もしお兄ちゃんが望むなら。  お兄ちゃんの事が絶対に好きであろう、ウサギの獣人のコタースちゃんや、双子の姉妹たちとドロドロの取り合いになって、大切な仲間の関係が悪くなるくらいなら……皆でお兄ちゃんのお嫁さんになって、家族になるのも、案外悪くないのかも……?  ……って、私! まだ付き合ってもいないのに、何を言ってるんだろう! 顔が熱いっ!


……。 …。


 そして今日。夕闇が迫る時間。  私は、またあの約束の噴水広場へと足を運んでいた。


「……今日も来てくれたのですね。ヒナルちゃん」


 相変わらず、聖母のような優しい言葉をかけてくれる、お兄ちゃんの元・婚約者であるクリステルさん。  一夫多妻制が普通の国だからか、彼女は、他の女性がお兄ちゃんにベタベタしていても、その嫉妬よりも『ルイスが愛されている事実』に安堵しているみたいだった。


 ふと、クリステルさんの横を見ると……今日は、見知った二人の女の子の姿があった。  ショートカットのボーイッシュな子と、ウェーブのかかったお嬢様のような子。……あの日、ギルドで見た他の二人だ。  三人は全員、白い患者衣のまま、まるで亡霊のように噴水の前に立っていた。


「……初めまして……、ヒナル様。私は、エアロと申します……」


「……こんにちは! ボクはシュー! ……その、あの時、一番苦しかった兄貴を支えてくれて……本当にありがとう」


「あ……はじめまして。スガ・ヒナルっていいます」


 どうやら昨日……、クリステルさんと私が会話していた所を、病室の窓から二人に見られていたらしい。そして、洗脳が解けた彼女たちは、どうしても私に会って『直接お礼が言いたい』という事で、病院を抜け出してここまで来たみたいだった。その表情は、ひどくやつれ、痛々しかった。


「……あの。わざわざ、どうして私に?」


「ヒナルちゃん。この子たちがね……ルイスの、子供の頃の『ある記憶』を思い出したみたいなの。きっと、貴女の役に立つと思って」


 クリステルさんが、優しく二人の背中を押した。  すると、シューちゃんが、私の前に一歩進み出て、震える声で話し始めた。


「ボク……、昨日、全部思い出したんだ。兄貴の家には、おばさん(ルイスの母)が兄貴の記憶のために残した『隠し部屋』があってね。ボクら、小さい頃はそこでよく遊んでたんだ。……その中に、兄貴が異世界から着てきたっていう、変わった服が大切に保管されてたんだ!」


「……そうです。私も覚えています……。見慣れない布地で作られた、水色の制服みたいな、可愛い小さな服でしたね……。今思えば、あれはヒナル様の居た『向こうの世界』で着ていた、幼稚園の服か何かだったのでしょう……」


 エアロさんが、遠い目をしながら語る。  水色の制服……。私の心臓が、ドクンと跳ねた。それは、私がお母さんのアルバムで見た、レイジお兄ちゃんが神隠しに遭った日に着ていた、あの水色のスモック……!


「……兄貴ったら、小さい頃は、よくその制服を無理やり着たがって、一人で泣いてたんだ~。『これを着たら、本当の家に帰れるんだ! お母さんのところに帰れるんだ!』って……。ボク、その時は意味が分からなくて笑ってたけど……。今、思い出したんだ。兄貴は、ずっと遠い世界の家族に会いたくて、泣いてたんだね……」


 シューちゃんが、ぽろぽろと涙を流しながら笑った。    ……お兄ちゃん。  四歳の迷子だったお兄ちゃんは、この見知らぬ異世界で、どんなに怖くて、どんなに心細かっただろう。  私という妹の名前を呼びながら、一人で泣いていたお兄ちゃんの姿を想像して……私の目からも、熱い涙が溢れ出した。


「……私達は、もうお兄様に会う事は叶いませんし、触れることすら許されません……。でも、少しでもお二人を結ぶ架け橋になれるなら……、私達は影から、どんな事でも協力します……。ヒナルちゃんとお兄様の為なら、この命など惜しくはありません」


 エアロさんが、深々と頭を下げた。


「ありがとうございます……。本当に、ありがとう」


「向こうの世界から来た貴女なら……、この服の記憶が何か、真実に繋がる『鍵』になるかと思い……どうしても、伝えたかった事でした……。少しでも、貴女の恋の、お力になれれば……」


 クリステルさんが、私の涙を、その冷たい指で優しく拭ってくれた。


「うん……! ありがとう、みんな……。間違いないです。それは、私のお兄ちゃんの服です。……私、決めた。今日の夜……、お兄さんに、私が本当の兄妹だという『真実』をしっかり伝えて……私の事、私の愛を、ちゃんと真正面から見てもらうつもりです……!」


 私が力強く宣言すると、三人は安堵したように、本当に嬉しそうに微笑んでくれた。


 それから、夜が更けるまで、私たちは噴水の前で軽い世間話をしたり、私の知らない五年前のお兄ちゃんの、やんちゃでカッコいい子供の頃の話を聞かせてくれたりした。  その話す三人の顔は、本当に幸せそうで……。  ルイスお兄ちゃんは、この三人に心から愛されていたんだな……。それが分かると、私は嫉妬よりも先に、何故か自分の事のように嬉しくて、胸が温かくなった。


 ただ。  別れ際、一つだけ、私の心を凍りつかせるほど気になる事があった。


「……あ、あのね、ヒナルちゃん。私たち、明日からちょっと遠くに行くから、もうここには来れないの」


 シューちゃんが、少し俯いて、暗い声で言った。


「遠く……? どこに行くの?」


「……えぇ。私達三人は、これからの残りの命の全てをかけて……。あの『アレックス』というクズを……近々、地獄へ連れて行きます。どんな手を使ってでも」


 エアロさんが、透き通るような美しい声で、恐ろしい宣告をした。


「えっ……!?」


 冗談かと思った。  でも……三人の目を見た瞬間、私は息を呑んだ。  クリステルさんも、シューちゃんも、エアロさんも。  その瞳の奥には、愛するルイスお兄ちゃんを想う光とは正反対の……底知れぬ漆黒の憎悪と、自分たちの命を捨てる狂気の覚悟が、メラメラと燃え盛っていたからだ。  地下牢の警備を突破し、偽勇者を確実に殺す。……それは、彼女たち自身の『死』を意味する。


「……止めないでね、ヒナルちゃん。これは、私達の愛の証明だから」


 クリステルさんが、最後にニッコリと、聖母のように笑った。


 私は……何も言えなかった。  人を殺すなんて駄目だ、とか、生きていてほしい、とか。そんな綺麗事は、彼女たちが味わった『地獄の凌辱』の前では、無力すぎた。  私には、彼女たちの壮絶な復讐の決意を止める権利もなければ、お兄ちゃんにそれを密告して邪魔するつもりもない……。


 なぜなら、それは彼女達が決めた、彼女たちだけの『最後の愛の形』だからだ。


「……うん。……気をつけてね。皆さんのこと……忘れません」


「……ありがとう。ヒナルちゃん。さようなら」


 三人の少女たちは、風に揺れる白い患者衣を翻し、暗い王都の夜の闇へと、静かに溶けて消えていった。  残された私は、三人の幸せと、これから起こるであろう血の惨劇に、一人、静かに祈りを捧げた。



………。

……。

…。



張り詰めた沈黙を破り、私は意を決して兄を見据えた。お兄ちゃんの家の中――あそこに行けば、私がずっと求めていた『答え』が見つかるかもしれない。そう告げると、室内の空気が一段と冷え込んだように感じられた。


 「それで、何を知りたいんだ?」


 「うん。お兄さんの昔着ていた青色の服…」


 「えっ?!どうしてそれを?でも昔の事だからなんで自分でも覚えているか分からないけどね。でもそれがどうしたの?」


 うん…。言えないよ…。クリステルさんと約束したし…。


 「それは、今は言えない…。もしそれがまだ有るなら…そこで話をしたいかな…」


 「そうか…、でもそれが何か分かればいいのかな?」


 「うん。これは私とお兄さんにも私にとっても大事なものだから…」




………。

……。

…。




 あれから、私とお兄ちゃんは、国王陛下に直接謁見を申し込んだ。  要件は一つ。  「本格的な勇者としての活動が始まる前に、メルドアの村(自分たちの街)へ、大切な『忘れ物』を取りに帰りたい」という許可をもらうためだ。


 忘れ物。  ……それは、お兄ちゃんが日本から持ってきたという、あの「水色の制服」のこと。そして、私がこの世界に来てからずっと、大切にお守りとして持っていた、ボロボロになった「家族の写真」。  お兄ちゃんに、私たちが本当の兄妹だという『動かぬ証拠(真実)』を見せ、全てを打ち明けるための、最後の準備だ。  温厚な王様は、勇者の個人的な事情を深く詮索することなく、「勇者の旅立ちには、過去の清算が必要であろう。すぐに行ってくるがよい」と、特別に許可を出してくれた。


 私達は、王様にお礼を言い、スルトたち仲間に留守番を頼んで、二人だけで城を出ようとした。


「……はぁっ、はぁっ! 待ってくれ! ルイス殿!! ヒナル殿!」


 長い王宮の回廊を抜けた時だった。  背後から、ドレスの裾を振り乱し、金色の長い髪を靡かせて、一人の女性が慌てて走ってくる。  いつもはクールで凛としているエルフの王女、フィリシアさんだった。今は王女様らしからぬ必死の形相で、息を切らしてこちらに駆け寄ってくる。その手には、何か大事そうに抱えられたものがあった。


「……ふぅ……っ! 間に合ったな! 王様から、貴殿らが急に街に帰ると聞いて、慌てて宝物庫から持ってきたんだ。……道中、魔物の襲撃も増えている。これを使うといい」


 フィリシアさんは、荒い息を整えながら、持っていたものを私たちに差し出した。  よく見ると、それは、私が日本にいた頃に時代劇で見たような「巻物」に似ている、古びた羊皮紙だった。紐で固く結ばれ、封蝋がされたものが二つ。


「……えっと、フィリシアさん。これは?」


「これは『転移のスクロール(巻物)』といって、一度に遠く離れた場所へ瞬時に移動できる、高度な『テレポート』と同じ魔術が込められた、王家の秘宝の魔法アイテムだ。これがあれば、馬車で何日もかかるメルドアの街まで、数秒で行けるはずだ。……目指す行きたい所の、一番思い出深い場所の景色を頭に強くイメージして、封印を解いて使うといい! 行きと帰りの分の、二本だ」


「うわぁ……! そんな貴重なものを、いいんですか!?」


「あぁ! ありがとう、フィリシア! 凄く助かるよ。これなら、今日中に帰ってこられる!」


 お兄ちゃんは嬉しそうに微笑み、フィリシアさんからその貴重なスクロールを丁寧に受け取る。


「ふ、ふん! 礼には及ばん! だが……タダでとは言わん! その代わりに、だ!」


 フィリシアさんは、急に耳の先まで真っ赤にして、視線を泳がせた。  そして、スカートの裾をギュッと握りしめ、もじもじと身をよじりながら、蚊の鳴くような声で俯いた。


「こ、今度……王都に帰ってきたら……その……っ! わ、私と……街で、でっ、デート……というものを、だな! してほしいのだ! 勇者の護衛として!」


「「へっ!?」」


 私とお兄ちゃんは、全く同じ声で素っ頓狂な声をあげた。  うん、びっくりしたよ! あの堅物な女騎士のフィリシアさんが、デートの申し込み!?  この数日、色々ありすぎて感覚が麻痺していたけれど、やっぱりお兄ちゃんは、この世界で引く手あまたの超絶モテモテなのだと、改めて実感する。


「い、いや! これはその、他意はない! 隣にいるヒナルが良ければ、ヒナルの許可があれば……ルイスとデートをだな……! 少しだけ、甘いお菓子を食べに……」


「……ふふっ。フィリシア……、ごめん」


 お兄ちゃんは、照れ隠しに頭を掻きながら、優しく、でもはっきりと答えた。


「嬉しいよ。でも……、まずは『順番』があるから。……俺は、一番最初に、ヒナルとの関係にちゃんと答えを出して、向き合いたいんだ。だから、それが落ち着くまで、待っててくれるかな」


 お兄ちゃんのその誠実な言葉に、私の胸がキュッと締め付けられる。  私のことを、一番に考えてくれている。……ごめんなさい、お兄ちゃん。


「あ、あわわわ! じゅ、順番!? す、すまぬ! 変なことを言った! わ、忘れてくれ! ああああっ!」


 フィリシアさんは、お兄ちゃんの「順番がある」という大人な言葉に、色々な妄想が爆発したのか、顔から湯気が出そうなほど赤面して、おどおどとパニックになっている。目線の焦点も合っていない。戦場ではあんなにカッコいいのに、恋愛となると、ただの純情な女の子だ。


「……はい! 私は問題ありませんよ! ねっ? 兄さん?」


 私は、お兄ちゃんの腕にギュッと抱きつきながら、笑顔でフィリシアさんに言った。


「この国は一夫多妻制ですから、別に順番なんて気にしなくてもいいんですよ? でも、フィリシアさんはお姫様なんだから、逆にそんなお兄さんでいいのかな?」


「わ、私は構わないぞ! 相手は世界を救う勇者なのだから、身分など些末な問題だ! ……ヒナル殿が許してくれるなら、その、いつか、ヒナル殿の『次』で構わないから……!」


 私のお兄ちゃんは、本当にモテモテだ。  こんな綺麗なお姫様にまで熱烈にアピールされて、妹として、いや、一人の女として妬けちゃうくらいに……。  いやもうね、この分だと、将来お兄ちゃんの家は、色んな種族のお嫁さんでハーレムになっちゃうかもね。でも、それで皆が笑顔で、お兄ちゃんが幸せなら……私は、それでいいと思う。


「ありがとう、フィリシアさん。……行ってきます!」


「あぁ! 道中、気をつけるのだぞ!」


 私たちは、フィリシアさんに見送られながら、王城の中庭に出た。


「じゃあ、ヒナル。行くよ。手、離さないで」


「うん!」


 私とお兄ちゃんは、しっかりと恋人繋ぎで手を握り合う。  そして、お兄ちゃんが片手でスクロールの封印の紐を解いた。


 シュゥゥゥゥゥッ!!


 途端に、スクロールから眩い青白い光が溢れ出し、古代の文字が宙に浮かび上がった。  私は目を瞑る……。  思い浮かべるのは、私とお兄ちゃんの全ての始まりの場所。  あのメルドアの街の、のどかな景色。そして、お兄ちゃんが初めて私を助けてくれた、あの薄暗い路地裏の光景。


「……開け! 転移のゲート!!」


 お兄ちゃんの叫びと共に、足元に巨大な光の魔法陣が展開される。  フワリと身体が浮くような、無重力の感覚。  やがて、私達の体はキラキラと輝く光の粒子となり、徐々に展開されたスクロールの魔力の渦の中へと吸い込まれていく……。


 瞬きする間もない、一瞬の出来事だった……。  目を開けた時、私たちが立っていたのは、懐かしいメルドアの風が吹く場所だった。

 

 

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