47 黄昏色気持ちほろほろ
~ヒナル視点~
玉座の間での重苦しい謁見を終え、私達は王宮の巨大な城門を出た。 午後になり、王都の空は抜けるように青く澄み渡っている。
「……それじゃあ、拙者は忍者の里の再建と、ルシルたちと合流するために、一旦この場を離れるでござる。ここからは、若者たちだけの旅だ」
「ええ! 今まで護衛してくれて、本当にありがとうございます……」
「いや、これで終わりではないでござる。ルイスどのが『真の勇者』、ヒナル殿が『大聖女』だと世界に知れ渡ったからには、王国や世界中から、過酷な『王命』が下されるであろう……。もしも、困った事や危険が迫れば……これを使うといい」
お兄ちゃんと仁さんが固く握手を交わしている。 仁さんは懐から、鈍く光る青と赤の二つの石を取り出し、青い方をルイスお兄ちゃんに手渡した。 あれは確か、何百キロも離れた遠い所からでも、念じれば相手に意思の疎通ができるという、希少な忍者の魔導具『共鳴石』だ。そう……、頼りになる仁さんは、今日から暫く私達と離れるみたい……。
「……後、拙者からルイスどのに、父親として一つ頼みがあるのだが……」
仁さんは、いつになく真剣な面持ちで、お兄ちゃんの目を見つめた。
「ルイスどのの背負う運命は、必ずや後世において、またとない伝説になるに違いない……。だから、拙者の娘達……フレアとケアルに、ルイス殿の側で、本物の冒険と勇気を学べる機会をあげてほしい。色々見て学んで……、いつか、ルイス殿の手助けになってくれればと思うでござる」
「えっと……! 仁さん、そんな! 俺なんて、ついさっきまで無能って言われてたんですから、何も教えられないですよ?!」
お兄ちゃんは顔を赤くして照れている……。 その謙虚で少し困ったような笑顔を、私は横からジッと見つめていた。……よくよく意識して見ると……、昔、写真で見たお母さんの、優しくて少しタレ目な笑った顔に、なんとなく似ている……。
「ふん! 私達が、アンタから何か学んでやるんだから、感謝しなさいよね! しっかり私達に手本を見せなさいよ! 勇者なんだからできるでしょ!」
妹のケアルが、相変わらずのツンデレな態度で腕を組む。
「ケアル……、私達は学ばさせてもらう方……です。口を慎む……です。ルイス兄さんは、神様に選ばれた真の勇者さんなのです。……歴史の目撃者になれる大チャンス……です」
姉のフレアが、長い黒髪を揺らしながら、妹のケアルを杖でポンと叩いてたしなめる。無表情のフレアだけど、その黒い瞳は、お兄ちゃんへの尊敬の念でキラキラと輝いていた。
……私のお兄ちゃんは、本当に誰からも好かれやすい。 王宮を出て、まだお昼を過ぎたばかりだけど……。色々なことがありすぎて、もう何日も経ったような気がする。
………。 ……。 …。
これから数日間……私達は、国賓として扱われ、王宮の近くにある大きな貴族用のホテルに皆で泊まることになる。 隣には、私を気遣って歩調を合わせてくれるルイスお兄ちゃんがいる……。
さっきの神官さんの言葉が、頭の中でリフレインしている。 『血の複製』……という、古代の神話スキル。 私も、お兄ちゃんも同じスキルを持っていて、神官さんが文献を調べてくれた結果、それは全く同じ血縁者同士でしか扱えない、”ふたりがけ”という合体スキルの1つらしい……。
お兄ちゃんの年齢。異世界から来たという時期。その黒髪と黒目。何より、同じ血が流れているという神の証明。 ……これで私は、お兄さんが、行方不明だった『本当の兄(レイジお兄ちゃん)』だと確信してしまった。
気になった私は……、前を歩く双子の姉妹に声をかけた。
「お姉ちゃん、ケアルちゃん? ちょっと、聞きたい事があるんだけど……」
「なになに? ヒナルお姉ちゃん!」
「私達が分かる事なら、なんでも聞くといい……です……」
「貴方達は実の姉妹だから聞きたいんだけど……。姉妹二人で合わせる、”ふたりがけ”のスキルって知ってる?」 姉のフレアは、ピタリと足を止め、首をコクコクと頷かせた。
「あったり前じゃない! まだ私達の特性や魔法は完全に使いこなせてないけど……このスキルって、濃い血の繋がった人としか絶対にできない、特別な奥義なのよ!」
妹のケアルが自慢げに胸を張る。
「私達の”ふたりがけ”は、『プリズムスター』ってスキル名をつけた……です。魔力消費が激しくて、まだ何回かしか使った事がないけど……私とケアルが手を繋いで魔力を合わせると、相手の頭の上に光る星の塊をたくさん召喚して、一斉に放つ必殺技……です」
「そうなんだ……。他には、血が繋がってない友達同士でもできそう?」
「無理じゃないかな? 一組につき1つずつしか固有のスキルは使えないみたいだし、神官様が『他人の魔力同士じゃ反発して爆発する』って言ってたわよ」
妹のケアルの話を聞きながら、姉のフレアもコクコクと頷く。
「ふたりがけって凄いね~。じゃあ、兄弟や親が近くにいれば、誰でもできるのかな~?」
「……いえ。聞いた話だと、血の繋がりが濃く、さらに『歳が近ければ近いほど』良いみたい……です。……双子や、歳が近い本当の兄弟なら、尚更威力が跳ね上がる……と聞きました……です……」
……やっぱり。 ふたりがけって、そういう仕組みなんだ……。 私とお兄ちゃんは、四歳差の兄妹。歳も近い。……完全に条件が一致している。
「ヒナル? よくそのマニアックな特性の事知っていたね?」
「……うん……。昔、本で読んだ事があったから……?」
フレアは「さすが大聖女様……です」と目を輝かせながら、「おーっ!」という表情で私を見る。 それから、私の横にいたレイジお兄ちゃん……、ううん……ルイスさんが、嬉しそうに笑った。
「そっか! 兄弟の絆の力か。すげぇや! ヒナルも物知りだな!」
「あっ……」
お兄ちゃんは、大きな温かい手で、私の頭を優しくワシャワシャと撫でてくる。 ……本当は、お兄ちゃんにこうしてもらうの、大好きで、凄く安心するんだよね……。 でも……。 今は、その優しさが、胸をえぐるように痛い。 私がお兄ちゃんの実の妹って知られるのが怖い。近親のタブーに触れて、この関係が壊れてしまうのが怖い。 ……いつまでもこうして、ただの『一人の女の子』として愛されたいと願いながら、実の妹である事実を隠して、お兄ちゃんに嘘をつき続けるのは……息ができないくらい、辛くて、嫌だ……。
「……うん。えへへ」
「どうかしたか? 顔色が悪いぞ? 検査の疲れが残ってるのか?」
「ううん……。何でもないですよ! お腹空いちゃっただけ!」
私は、泣き出しそうになるのを必死に堪えて、嘘の笑顔を作った。
………。
……。
…。
王都の街を見渡すと、既にお兄ちゃんと私が「勇者と大聖女」だと国中に知れ渡ってきていて、あちこちで熱狂が起きていた。 「あの黒髪の人が!?」「今回の大聖女さんは凄く可憐で可愛い」「希望の光だ!」と、興奮した噂が波のように押し寄せてくる。 更に、道ゆく人から、残酷なほどよく聞こえてくるのが……。
「ねぇ、見て。あの勇者と大聖女の二人って、兄妹なのかな? 雰囲気そっくりね」 「まさか兄妹で勇者と大聖女?! 神に愛された血筋だな!」 「お似合いの兄妹だなぁ!」
……そんな、無責任な噂の数々。
「あはは。そんなに俺達って、顔が似てる兄妹に見えるかな~」
お兄ちゃんが照れ隠しに笑う。
「うむ……、正直な話をいえば、笑い顔が凄く似てるでござるなぁ~! でも良いではないか! 『好きな人は好きな人に似てくる!』って言うでござるよ!」
なんて、仁さんも笑って言っていたし……。 みんなの何気ない言葉のナイフが、私の心にグサグサと突き刺さり、血を流していく。
………。
……。
…。
そして。 私達がホテルに向かう大通りの途中だった。 ふと視線を感じて、通り沿いにある大きな建物の敷地……大聖堂の地下にあるという『王立治療院』の鉄柵の奥に、目を向けた。
そこには、三人の白い患者衣を着た少女の姿があった。 私と同じくらいか…… もう少し上か……。一人は金髪で、私より大人っぽいお姉さんという感じだ……。 よく、見てみれば……あの日、辺境の森のギルドで、お兄ちゃんを冷たい目で見て馬鹿にしていた、クリステルさん達だった。 彼女たちは、鉄柵の向こう側の冷たい日陰から、まるで亡霊のように、じっとこちらの光の道を歩く私たちを見つめていた。
……レイジお兄ちゃんは、彼女たちの視線に全く気付いていない。 お兄ちゃんは、ただ前だけを見て、足元がフラつく私の手を、迷いなくギュッと握ってくれた。 温かい。 無意識の内に、私もお兄ちゃんの大きな手を、絶対に離さないように強く握り返す……。
「あっ、ウチも~っ!」
それを見たコタースが、嫉妬したように、お兄ちゃんの反対側の空いている片方の手をギュッと取る……。
日向の大通りで、光り輝く勇者の両手を繋ぎ、笑顔で歩く私とコタース。 その幸せすぎる光景を……。 鉄柵の向こうの日陰で眺めるように見ていた、患者衣を着ている三人の女の子達の表情。 彼女たちの目からは、とめどなく涙が溢れ……その表情は、言葉にならないほど、切なくて、悲しくて、全てを失った絶望に満ちていた……。
『触れたくても、もう二度と触れられない』。
彼女たちが、かつて愛したルイスお兄ちゃんを見つめるその目には、今の私と全く同じ……『絶対に叶わない恋の痛み』が、色濃く映っていたのだった。
………。
……。
…。
私達は、王城からほど近い、貴族街の一角にある豪華絢爛なホテルの前までやってきた。 白亜の石造りの外壁には、夕陽を受けて黄金色に輝く蔦が絡まり、玄関には真紅の絨毯が敷かれている。私たちのような平民、ましてや魔族や獣人が足を踏み入れることなど、普段なら許されない超一流の迎賓館だ。
「凄いのじゃ! 凄いのじゃ~っ! 魔王の城より大きいのじゃ~!」
スルトは、見上げるほど高い吹き抜けのロビーを見て、ぴょんぴょんとウサギのように跳び跳ねて落ち着きがない。
「う、ウチ、本当にこんな凄い所に泊まれるの~っ!? 床がピカピカすぎて、ウチの泥のついた靴で歩いたら怒られないかな~っ!?」
コタースも、こういう高級な場所は初めてらしく、長いウサギの耳をピョコピョコと興奮気味に揺らしながら、おどおどと辺りを見回している。
双子の姉妹は、二人で一つのスウィートルームを使うらしい。 妹のケアルが、相変わらずのツンデレ全開で腕を組み、仁王立ちになった。
「ふんっ! 夜中にあのルイスの変態が入ってこれないように、チェーンをかけて、厳重に鍵かけなきゃ!! ……そして、もしアイツがドアをノックして鍵を開けようとしたら……ちょっとだけ中に誘ってあげて……でも、もし来なかったら、明日一日中無視して怒ってやるんだから!」
「ケアル……。そもそも鍵をかけたらルイス兄さんは入ってこないし、ノックしても反応がなければ、気を使ってすぐ居なくなると思う……です。それは自滅……です。……それに、本心では来てほしいオーラがダダ漏れ……です」
姉のフレアが、長い黒髪を揺らしながら、的確なツッコミを入れる。 ……ケアルちゃん、それ完全に「夜這いに来てください」って誘ってるようなものだよ。
皆、これからの王都での滞在を凄く楽しみにしている。はしゃぐ仲間たちの明るい声が、ロビーに響いていた。 ……でも、私だけは違った。
今日。 今日の夜……。 お兄ちゃんから、あの魔物の森での「私の告白」への『返事』が来るだろう……。 あんなに待ち焦がれていたお兄ちゃんの答え。 好きだよ、と言ってもらえるかもしれない未来。 ……なのに。今の私にとって、それは処刑の宣告を待つような、恐ろしい時間でしかなかった。
私達は実の兄妹。 愛し合ってはいけない、禁忌の血の繋がり。
お兄ちゃんはまだその事実に気づいていない。 もし、今夜、お兄ちゃんが私を受け入れてくれたら……? 私たちは、知らず知らずのうちに、取り返しのつかない罪を犯してしまう。 かといって、真実を告げて拒絶すれば……この温かい関係は完全に壊れ、お兄ちゃんを深く傷つけることになる。
私は、震える手でチェックインの手続きを済ませたものの……胸の奥が冷たい泥で満たされたように重く、凄く気持ちが落ち着かなかった。ホテルの華やかな空気が、余計に私の孤独感を煽る。
「……ちょっと、ホテルの庭で、外の空気吸ってくるね? お兄さん……後で、お部屋で、また話しよ……?」
私は、心配そうにこちらを見ているお兄ちゃんに向けて、引きつった笑顔を作って声をかけた。
「あ、ああ……分かったよ! 夜、必ず行くからな。待っててくれ!」
お兄ちゃんは、決意に満ちた、優しくて眩しい笑顔で頷いてくれた。 その真っ直ぐな愛情が、今の私には何よりも残酷だった。
私は、逃げるようにホテルの裏口から、広大な庭園へと外に出た。 冷たい冬の風が、火照った頬を撫でる。見上げると、既に西の空は深い黄昏色に染まり、紫と赤のグラデーションが広がっていた。もうすぐ、全てを覆い隠す漆黒の夜が訪れる、その境目の時間。 街の喧騒が遠のき、庭園の噴水の音だけが静かに響いている。
ゆっくりと、山の向こうへと沈みかけていく大きな赤い太陽。 それはまるで、私とお兄ちゃんの『偽りの幸せな時間』の終わりを告げているようで……。 これから訪れる暗闇に飲み込まれていく、私の「届かない恋」そのものを表しているようだった。
「……お兄ちゃん……」
誰もいない庭園で、私は一人、空に向かって呟いた。 どうすればいいの? 好きになればなるほど、苦しい。 溢れ出す涙が、黄昏の光を滲ませていった。




