39 仁さん家の食卓
-ルイス視点-
仁さんの自宅の広くて温かいリビングにて、俺達は豪華な夕食をご馳走になる。 大きな木製のテーブルに並べられたのは、異世界ではなかなか見られない、懐かしい料理の数々だった。 ツヤツヤと光る白米、出汁の効いた豆腐とワカメの味噌汁、こんがりと焼けた川魚の塩焼き、新鮮なサラダ。 そしてメインは、山菜やキノコとジューシーな豚肉を、濃厚なエルドアス産バターと醤油で香ばしく炒めた『エルドアス豚焼き』。さらに小鉢には、鮮やかな黄色の『たくあん』と、藁に包まれた『納豆』という発酵食品まで出されている。まさに極東の忍の里の伝統的な和食だ。
「うわぁ~っ、なんだこれ~っ! 糸引いてネバネバだよ~っ!」
コタースは、初めて見る納豆を箸でかき混ぜて伸ばすと、ねば~っとどこまでも伸びる糸に目を丸くしている。これも忍の里に伝わる、スタミナ満点の伝統料理らしい……。
「はむっ! ボリボリッ! ん~~っ! 美味しいのだ!! この『たくあん』? しゃきしゃきしていて、しょっぱいのがお米に合って癖になるのじゃ! 我、これ好きじゃ!」
「凄いです……。あぁ、いい匂い……。私の知っている、お母さんが作ってくれた料理ばかり……」
ヒナルは、湯気の立つお味噌汁を一口すすり、料理を見て泣き出しそうなくらい懐かしそうに語る。 あぁ……、ヒナルが元居た世界にもこういう料理があったのかな? 俺の世界と繋がっているのか?
そんなことを考えて美味しく食べている俺に、チラチラと横から二つの熱い視線を感じる……。
「ん? どうかした?」
夕方の事件の張本人、双子のフレアちゃんとケアルちゃんだ……。
「ルイスお兄さん……、そのお肉、美味しい……です?」
妹のフレアちゃんが、モジモジとエプロンの裾を握りしめながら聞いてくる。
「うん! すっごく美味しく食べさせてもらってるよ! 味付けが絶妙だね!」
「それは……良かったです。それ、ママに教わって、私が頑張って作りました……です」
「えっ! 本当に!? すごいな、こんなに美味しい料理が作れるなんて、お嫁さんにしたいよ!」
「ふぇっ!? お、お嫁さん……!? やった!……です! お嫁さん第一候補なのです!」
フレアちゃんが顔を真っ赤にして、頭から湯気を出して喜ぶ。 すると、もう一人の姉の方に目をやると……。
「アンタ! 何こっち見てるのよ?! それ、味付けは私がして、私が焼いたんだけど?! お姉ちゃんは野菜切っただけなんだからね!」
妹のケアルちゃんが、顔をぷいっと逸らしながら、耳まで赤くして抗議してくる。
「あはは、二人で作ったの? とても美味しいよ! バターとキノコと肉の相性がバッチリで、ご飯が止まらないよ」
「ふっ、ふん! 別にお礼言われたって、お姉ちゃんみたいにデレデレ喜んでないんだからね! 調子に乗らないでよね、変態ロリコンお兄さん!」
……と言いながらも、口元が嬉しそうにニヤケている。ツンデレの鑑だ。
「なんじゃー? ルイス? お主、ちっちゃい娘に囲まれて、ニヤニヤしておるのか? ……ふんっ。我には振り向かないくせに、可愛いとこあるのじゃ!」
「お前に言われたくないぞ! スルトは口の周りにご飯粒ついてるぞ!」
「あーん、ルイス~っ、ウチのことも見てよ~っ! はい、あ~んして~っ!!」
コタースから、口にたくあんを入れられる。ポリポリ。うん……美味しい……! って、餌付けか!
「ふふふ、たくあんもまだたくさんあるから、遠慮なく食べてねぇ~」
ペトロさんに微笑みながら進められ、俺はどんどん食べる。白米が進む! 美味しい家庭料理と、賑やかな食卓。独りぼっちだった俺には、この騒がしさが何よりも心地よかった。
「ははは! 拙者の愛する奥さんと娘達の作る料理は、世界一、いや天下一品でござるだろ! いっぱい食べて大きくなるでござるよ!」 「はい! 本当にそうです! ははっ!」
そんなこんなで、笑い声の絶えない賑やかな食事が終わり……、皆で協力して後片付けをする……。
………。
……。
…。
夜も更け、フクロウの鳴き声が遠くに聞こえる時間。 お腹がいっぱいになったコタースとスルトは「眠い~」と目をこすりながら先に二階の寝室の床につき、フレアとケアルも「明日、一緒に王国の街に遊びがてらついていく!」とはしゃぎ疲れて、早めに就寝したみたいだ。 俺たちのおかげで、仁さんの王都への護衛任務は安全だから、家族旅行も兼ねてということらしい。
静かになった一階のリビング。 薪ストーブの火がパチパチと爆ぜる音だけが響く中、俺と仁さん、ヒナル、そしてペトロさんの大人四人(ヒナルは未成年だが)でテーブルを囲み、大人の会話をする。 今まで仁さん達と共に潜り抜けてきた、緑骨団との戦いや、ルシルさんの話などの出来事を話す……。 仁さんが、豆から挽いた特製のいい香りのコーヒーを作ってくれて、湯気の立つマグカップを出してくれた。
「へぇ~……。そうなんだね~っ。危ないところだったのね。なら、ルイス君は私の旦那の、大切な命の恩人じゃない~! 足を向けて寝られないわ!」
「そんなんじゃありませんよ! 俺も助けられましたから」
俺は照れ隠しに、コーヒーを一口飲む。苦味の中に深みがあって美味しい。
「いや、ルイスどのとお嬢さん達と出会わなければ、あの兄弟子二人も洗脳から解放出来なかったからな……。拙者一人では、今頃は死んでいたかもしれんでござる」
「お兄さんは、最初から凄い人だって思っていましたけどね! 私が保証します!」
ヒナルがえっへんと胸を張る。 ペトロさんは、そんな俺とヒナルの顔を、意味深な笑顔でじっと交互に見る……。
「おやおや~、貴方達、すごくいい雰囲気ねぇ。もう、そういう深い仲で、できちゃってるわけ?」
「ぶっ!! ゲホッ、ゴホッ!!」
ついつい俺は、動揺して口に含んだコーヒーを派手に吹き出してしまった……。
「きゃっ! お兄さん、大丈夫ですか!? お水!」
「ご、ごめんなさい! 変なところに入って……!」
「ははは! 気にするなでござる! 男なら堂々とするでござるよ!」
「もぉ~、照れ屋さんなんだから。……ところで……、貴方達二人……」
ペトロさんは、今度は真剣な、不思議そうな顔をして、俺とヒナルの顔をまじまじと見比べながら……
「……本当に、血の繋がった『兄妹』ってわけでもないわよね?」
「え? よく色んな人に言われますが、違いますね……。赤の他人です。現に俺には、生まれた頃からちゃんと母親も父親も居て、一緒にエルドアスの村で暮らしてましたから……」
たしかに最近、エルフのフィリシアさんやスルトにも言われる……。
「私も、先ほど話した通り、向こうの異世界には、ちゃんと私を産んでくれた両親がいました……。一人っ子として育ちました。……でも、四つ年上の『お兄ちゃん』もいたらしいです。私が産まれる前に、病気ですぐ死んじゃったみたいですが……」
そういえば、前にも言ってたよな……。 でも、ヒナルの言う死んだ兄ちゃんって……、たしかヒナルが今、十六歳……。俺は二十歳……。 つまり、ヒナルのお兄ちゃんが生きていたら、今の俺と全く同じ年になるのか……。偶然にしては、妙な一致だ。
「そう……。でも、貴方達から何故かねぇ? 二人とも、魂の形が似ているというか……不思議な『同じオーラ』を感じたのよね? 例えば、私の子供達のフレアとケアルが持っている、双子特有の一緒の波長のオーラみたいな?」
「波長……?」
「ええ。それに、貴方達の漆黒の髪の毛の色や、光を吸い込むような目の色、骨格、そして何より……心を許した時の、その優しい笑い顔の雰囲気が、瓜二つに似てるのよね……。まるで、生き別れの兄妹みたいに」
「そ、そんなまさか~っ! 他人の空似ですよ!」
「あはははは! お兄さんと私が兄妹だなんて!」
俺とヒナルは顔を見合わせて笑った。 たしかに、この世界で俺と似たような「黒髪・黒目」の容姿をしている人なんて、極東の島国の一部にしか存在しない……。ましてや、異世界人のヒナルと顔が似ているなんて。 どういう事だ? ただの偶然か、それとも……。
「よし……、話は尽きぬが、明日は朝早くから王都に出発するから、そろそろお開きにするでござるか!」
仁さんがパンッと手を叩き、場を締める。
「はい! 今日は本当にありがとうございました!」
「とっても美味しかったです! ありがとうございました!」
俺とヒナルは立ち上がり、深く頭を下げた。
「ほらね? やっぱり、お辞儀のタイミングや角度までそっくりで似てるでしょ? ふふふ。……まぁ、ゆっくり休んでねぇ~。若いからって、あんまり夜中にギシギシと、二階のベッドで大きな音はたてないようにね……! 子供たちが起きちゃうから!」
「そ、そんな事しませんよ!! 別々の部屋ですから!!」
俺とヒナルは顔を真っ赤にして否定し、笑いに包まれながら、夜の更けた二階の部屋へと向かったのだった。 ……明日はいよいよ、運命の地、王都エルドアスだ。
………。
……。
…。
シン……と、深い静寂が仁さんの家を包み込む。 先ほどまでの賑やかな団欒の熱気が嘘のように、二階の客間は、凍てつくような冬の夜の冷気に満たされていた。 木造の家特有の、時折ミシッと軋む梁の音。窓の外には、王都の明かりと、湖面を青白く照らす満月の光が、床に長い影を落としている。
また今日も、俺とヒナルは同じ部屋で、冷え込む夜の底を凌ぐために、一つの温かい羽毛布団にくるまって、二人で寄り添うようにして寝る事になった。 最近、やけに俺達は距離が近い気がする……。いや、物理的な距離だけじゃない。心の距離だ。 出会ってまだ数日しか経っていないはずなのに。肌が触れ合う距離にいても、男と女の気まずさよりも、もっと深く、根源的な安心感がある。 何年も、いや、ずっと遠い昔、生まれる前から一つの魂として一緒にいたような……そんな、言葉では説明できない不思議で懐かしい感覚が、俺の胸を満たしていた。
「……ねぇ……お兄さん……。まだ、起きてますか……?」
ふと、静寂を破るように、かすれた囁き声が聞こえた。
「ん? ああ、起きてるよ。……どうした? 寒くて眠れないか?」
俺が寝返りを打つと、隣で毛布を首元まで深くかけていたヒナルが、月明かりの中でこちらを見つめてきた。 彼女の黒曜石のような漆黒の瞳が、湖面の波のように、少し不安げに揺れている。
「ううん、寒くはないです。お兄さんが隣にいてくれるから、とっても温かい……。でも、さっきの……、ペトロさんが言った事……。お兄さんは、どう思いますか?」
「どうって? 俺達が『兄妹』に見えるって事?」
「うん……。姿だけじゃなくて、魂の形や、オーラの波長が似てるって……」
どうって言われてもなぁ……。 俺は天井の木目をぼんやりと見つめながら、遠い過去、俺がまだ幸せだった頃の記憶の糸を手繰り寄せる。 母さんと父さんの顔は、もちろん鮮明に覚えている……。
真っ赤なルビーのような『赤色の髪』が特徴的で、スタイルがスラッとした、いつも俺に優しく子守唄を歌ってくれた美人な母さん……。 そして、『銀髪』でいつも厳しい顔をしていたけれど、いざという時は誰よりも優しく、村人から頼りにされていた父さん……。 五年前、俺が無能の烙印を押された直後、流行り病で二人とも相次いで亡くなってしまったけれど……、俺を心の底から愛してくれた、大切な両親だ。
……ん? あれ? そういえば、俺って……どっちに似たんだろ……?
「……うん……、なんか考えてたら、急に頭がぐるぐる回ってきてる……。めまいがする」
「え? なんで?」
「いや……、俺って、両親のどっちにも全く似てないんだよな……。母さんは鮮やかな赤髪で、父さんは綺麗な銀髪だ。瞳の色も、二人とも透き通るような碧眼だった気がする。……なのに、俺は両親の要素が一つもない。真っ黒な夜の闇みたいな髪に、真っ黒な瞳だろ? おまけに、俺のこの意味のわからない未知の魔力……。隔世遺伝か、突然変異か……なんだか、ワケわからなくなってきた……。俺、本当にあそこの家の子だったのかな……」
今まで当たり前すぎて、親子の愛情に隠れて疑問にすら思わなかった事実が、今になって急に、重い鉛のようにのしかかってくる。 俺の根幹を揺るがす呟きを聞いて、ヒナルがハッとしたように息を呑み、毛布を握りしめた。
「私も……。私のお兄ちゃんも真っ黒な夜の闇みたいな髪に、真っ黒な瞳だったみたいなんです……。良くお母さんが話してくれてました……」
「ヒナルのお兄ちゃんも?」
「はい……。私のお兄ちゃん……四つ上の『レイジ』お兄ちゃん。……私が生まれた直後の赤ちゃんの時に、不慮の事故で死んだのは本当らしいんだけど……、昔、お母さんが、アルバムを見ながら悲しそうに言ってたの。交通事故があった時に、その場所には『レイジお兄ちゃんの死体が、骨一つ、どこにもなかった』らしいの……」
「んぇ……? 死体が見つからなかった? じゃあ、まだ生きてる可能性もあるの?」
死んでいない……。この世から消えた……? そんな事があるのか? まるで、神隠しにでもあったかのような……。いや、あるいは『異世界転移』とか? 俺の脳裏に、とんでもない仮説が浮かび上がるが、すぐに打ち消した。
「うん……。警察も消防も必死に探したけど、痕跡すらなくて、結局、法律上は死亡扱いになっちゃったみたい……。……四つ年上の、レイジお兄ちゃん……。もし生きていたら、どんな人だったのかな……。顔も覚えてないけど、お母さんは『ヒナルとお揃いの、真っ黒な髪と黒い瞳の子だったのよ』って言ってた……」
ヒナルは、胸の前で小さな手を握りしめ、ポツリポツリと、心の奥底に封印していた想いを語り出した。
「もし生きていたら……優しいお兄ちゃんなのかな……。お母さんが死んで、私が独りぼっちで……あんなに酷いいじめを受けて、毎日泣いていた時……。レイジお兄ちゃんが生きていたら、私を助けて、守ってくれたのかな……? 『もう大丈夫だよ』って言ってくれたのかな? 私、お兄ちゃんに、たくさんたくさん甘えて、頭を撫でて、可愛がってもらえたのかな……?」
ヒナルの目から、限界まで堪えていた一筋の涙が、ツーッとシーツに流れ落ちた。 地獄のような孤独な世界で、たった一つの希望だった、顔も知らない兄への切実な慕情。
「ヒナル……」
「レイジお兄ちゃん……。会いたいよ……っ」
俺は、あまりの切なさに胸が締め付けられ、震える彼女の華奢な肩を引き寄せ、優しく、壊れ物を扱うように抱き寄せる……。
「……ヒナルが、こんなに優しくて、どんなに辛くても頑張り屋で、良い子なんだもん。ヒナルの兄さんが生きていたら、今の君を見て、絶対に泣いて喜んで、頭を撫でて、いっぱいいっぱい誉めてやりたいくらいだ……。俺だってそう思う。……もし俺が、そのレイジお兄さんなら、何があっても、命に代えてもお前を守って、たくさん優しくしてる。……あんな奴らなんか、絶対に寄せ付けない。俺が全部、ぶっ飛ばしてやる」
「うん……っ。たった一人になっちゃったから、寂しいの……! 心に、ぽっかり穴が空いてるの! レイジお兄ちゃんがもし生きていたら……。うん……血の繋がった家族は、もうこの広い世界に、レイジお兄ちゃん一人だけだから……。だから、どこかで生きていてほしい……! 生きて、私を見つけてほしい……! 会いたいよ……っ、お兄ちゃん……っ!!」
ヒナルが堪えきれずに嗚咽を漏らし、俺の胸に顔を埋めた。 俺もまた、彼女の冷えた身体を温めるように、強く抱きしめる……。ヒナルは、子猫のように俺の服を掴み、しがみついてくる……。彼女の流す熱い涙が、俺の服を濡らし、俺の胸に痛いほど染み込んでいく。 互いの孤独な鼓動が、重なり合う。
「そうだな……。だから…… なんっつーんかな……。大丈夫だ。何の根拠もない、ただの俺の勘だけど……君のレイジ兄さんは、きっとどこかの世界で、必ず生きていてさ? 今頃、誰かを守るために、強くなって元気でやってるよ……。君と同じ星の下で、繋がってるはずだ。俺が保証する」
「……そうだね……。お兄さん! 優しいね…… お兄さんは……、本当の、レイジお兄ちゃんみたい……」
ヒナルは涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、至近距離で、潤んだ瞳で俺を見つめる。 そして…… チュッ!
「……っ!?」
暗闇の中、ヒナルの柔らかく甘い唇が、俺の頬に軽く、小鳥が啄むようにキスをしてきた……。 それは、恋人への愛欲というよりも、もっと深く、純粋で、無償の家族の愛を求めるような……心を溶かすほどに温かい口づけだった。
「おやすみなさい、お兄さん……。大好き」
「ああ……おやすみ、ヒナル……」
俺は、恥ずかしそうに毛布に顔を隠したヒナルの頭を、どうしようもなく愛おしく思いながら優しく撫でる……。 彼女のシャンプーの香りと、心臓の音、そして心地よい温もりに包まれながら、俺の心の中にあった「過去の虚無感」が、少しずつ癒されていくのを感じた。 次第に、抗えない重い睡魔に襲われていく。 二人は、冷たい夜の闇を溶かすように、指を絡め合い、仲良く身体を寄せ合って眠りに落ちるのだった……。
まるで、遠い昔に引き裂かれた、本当の兄妹が、奇跡の再会を果たしたかのように……。
………。
……。
…。
誤字報告ありがとうございます!感謝しています!
また何かありましたら宜しくお願いいたします。




