28 しばしの別れと出発。
-ルイス視点-
ぴーちく、ぱーちく……。 窓の外から小鳥の囀りが聞こえ、柔らかな朝の陽光が瞼を刺激する。 あぁ、いい朝だ。昨日の激闘と流血が嘘のような、平和で健康的な目覚め。 ……の、はずだった。
(んん? なんか……重い。それに、すごく……むにゅむにゅしてる?)
俺の左右の腕に、温かくて柔らかい何かがしがみついている。 さらに、俺の健康的な朝の生理現象(通称:ロケット発射準備)を迎えた下半身に、何かがモゾモゾと顔を擦り付けているではないか。 なんだこれ、マシュマロか? いや、それにしては体温があるし、甘いシャンプーの匂いが……。
「はっ!?」
俺は飛び起き、慌てて重い毛布を勢いよく天高く剥ぎ取った。 その瞬間。 俺の目に入ってきた光景を見て……、俺の全身の毛穴という毛穴から、ナイアガラの滝のような冷や汗が噴き出した……。
「んんっ……お兄さん……。おはようございますぅ……。もう、朝ですか……? むにゃむにゃ……好き……」
「すぅ……ルイスのテント、おっきいねぇ……。おいしそう……ガブッ」
「んがっ!? 寒い! 毛布を返すのじゃ、我が主よ……。我は裸族だから、服を着ていないのじゃぞ……。ぷりっ」
そこには!! 俺の右腕に抱きつき、幸せそうな寝顔を浮かべるヒナル。 俺の股間に顔を押し付け、ウサギの耳で俺の腹をくすぐっている、寝相の悪いコタース。 そして、生まれたままの全裸の姿で、俺のあぐらをかいた足の間にすっぽりと収まり、あられもない姿を晒している、記憶喪失のロリ魔族、スルトの姿があった。 三人の美少女(一人魔族)が、俺のベッドを占拠し、俺をハーレムの生贄にしていたのだ!!
「はぁぁぁああああああああっ!!? な、なんで!? なんで全員俺のベッドにいるのぉぉぉぉっ!!? ここシングルベッドだぞ!?」
俺の絶叫が、平和な朝の宿に、けたたましく響き渡った。
「んん~? どうしたのお兄さん、朝から大声……えっ?」
「ふわぁ……ルイス、うるさいよ~……あれ?」
俺の叫び声で目を覚ましたヒナルとコタースが、現状(特に俺の足の間の全裸スルト)を認識した。
「…………」
「…………」
沈黙。からの。
「きゃぁぁぁぁぁっ!! お兄さんの変態! 鬼! ロリコン! 事案! 警察呼びます!!」
「ル、ルイスさん~っ!? や、やっぱりそういう、ちっちゃい子好きの趣味が……っ! 朝からなんて事を~っ! ウチという婚約者がありながら~っ!」
ボカッ! ガスッ! と、二人の枕投げ攻撃が炸裂する。
「ち、違うんだ! 誤解だ! 俺は何もしてない! 誓って手は出してない! 俺は被害者だ!」
「うるさいのじゃ~! 朝から喚くな! ルイス、ギューッてして二度寝するのじゃ!」
スルトが俺の首に全裸で抱きついてくる。やめろ、感触がダイレクトに伝わる!
コンコン。と、遠慮のないドアを叩く音が聞こえる。 終わった。タイミングが悪すぎる。
「ルイスちゃ~ん! 朝よぉ~ん! 入るわよぉ~ん!」
ガチャ……。
ドアを開けて入ってきたのは、昨夜ジェイさんが戦い、ヒナルの魔法で回復させた相手……元・冷酷な女殺し屋のファデューさんだった。 ……が、その姿を見て、俺はさらに思考が停止した。
「んまぁっ!! いやだわぁぁぁ……! 朝から四P!? ハレンチなぁ! 若いって、どんだけ~羨ましいのぉぉっ!!」
ちょ、ちょっと! ファデューさん、キャラどうした!?!? 昨日のあの「散りなさい!」とか言ってた冷酷な殺し屋はどこ行ったんだ!? なんで急にオネエ言葉で、クネクネしながら投げキッスをしてるんだ!?
「い、いや、ファデューさん!? なんでオネエに!?」
「あ~ん、失礼しちゃうわねっ! 昨日のアタシは『スザク』の呪いで、心がガチガチの氷の女王みたいに凍ってたのよ! でも、ヒナルちゃんの温かい光のおかげで、アタシの本当の『心(乙女)』が解放されたのよん! これが素のワ・タ・シ…… キャハッ!!」
呪いが解けた反動がデカすぎるだろ!! どんだけ抑圧されてたんだよ! ファデューさんはズンズンとベッドに近づいてくる。
「もぉ~、ヒナルちゃん達~、お熱いところお邪魔しちゃ悪いから、食堂に向こう行くわよ~。でもその前に、アタシもルイスちゃんに夜の美味しいご奉仕しちゃおうかしら~っ! るーるるん♪ 年上のテクニック、教えてあげるわよん! ガブッ!」
「ひぃぃぃっ!! ファデューさん……、あんたが一番危ない……やめてくれ! 俺はそっちの趣味はないぞ!」
「あらぁ~、つれないわねぇ! でも、そのツンデレなところも好きっ! ……って、そこの赤毛のチビちゃん! なんで全裸なわけ!? 風邪引くわよ!」
「うるさいのじゃ~っ……。我は二百年前から、寝る時はいつも裸と決まっているのじゃ~……。健康法じゃ! それに、昨夜寝ぼけてルイスの部屋に間違ってはいったら、毛布が思いのほか暖かくて寝てしまったんじゃ……。ルイスは我のホッカイロじゃ!」
「だからって、全裸で男のベッドに入るバカがいるか!?」
「そうだ~っ! そうだ~っ! ウチらのルイスから離れなさいよ~っ!」
ヒナルとコタースがスルトのほっぺたを引っ張る。
「痛いのじゃ! 嫉妬は見苦しいぞ! そんなに我がルイスと寝てるのが羨ましかったら、お主ら二人も裸になって、このベッドで一緒に寝ればいいのじゃ! 我が真ん中じゃぞ!」
「う、羨ましくなんて~っ、ないよ~っ! 変態~っ!」
「わ、私の胸……あの子みたいに、まだ少し小さいから……お兄さんが、小さい子が好きなら……! 私だって……脱げば……!」
「ヒナル! 何に変な対抗心を燃やしてるんだ! 服を着ろ!!」
この地獄みたいな修羅場を、誰か止めてくれ……!!
………。
……。
…。
宿屋の食堂にて皆が集まる。 なんとか服を着て落ち着いた(スルトには俺の予備のシャツを着せた)ヒナル、コタース、スルト、ジェイさん、ルシルさん、ファデューさんが円卓にそろっている。 目の前のテーブルには、豪華な朝食が並んでいた。
太陽のような目玉焼きと、新鮮な野菜のサラダ。 そして驚いたことに、忍の里に代々伝わるという、『白米』という米を使い、薪の釜でじっくりと蒸して作った、真っ白でふっくらしたご飯。 さらに、大豆と米糠を発酵させて作って、熱湯で溶かした『味噌汁』という、スープみたいな飲み物まである。
「凄い……いい匂い……。お米だ、ご飯だ……! パン以外の主食、久しぶりだ!」
「いただきま~す! ウチ、お腹ペコペコだよ~っ! 昨日のカロリー、全部消費したし!」
「ん~ま~ぁ! ヒナルちゃん、初めてなのに火加減、よくできたじゃない~。お米がピカピカ光ってるわ! ルシルも手伝ってくれたのよ~! 玉ねぎ切って泣いてたけど!」
「うるせぇ! あれは目に染みただけだ!」
ルシルさんが顔を赤くして怒鳴る。平和だ。 ヒナルが、湯気の立つ味噌汁を一口飲み、涙ぐむ。
「あぁ……美味しい……。懐かしいです……っ! 日本の朝の味がします……」
「あらぁ~まぁ~! ヒナルちゃんも『忍食』食べたことあるの~! これはね、極東の島国から伝わったと言われる、に・ん・し・ょ・く! キャハ! 身体にいいのよぉ~! 美肌効果バツグン!」
ファデューさんのオネエパワーに圧倒されながら、皆で食事を進める。 ルシルさんも見違えるほど元気になった……。
「うめぇ……。やっぱ、操られた状態で無理やり食う残飯と、自分の意志で仲間と食う温かい飯は、全然ちげぇ! うめぇぞ、仁! お前ももっと食え!」
「ははは! まるで昔、里で修行をしていた頃に戻ったみたいでござるな! ルシル、口の周りに味噌がついてるでござるよ」
二人の兄弟子の笑い声に、俺の心も温かくなる。 だが、俺の隣では新たな戦争が勃発していた。
「あーん、スルト~っ! それ、ウチが食べようと狙ってた、一番大きな目玉焼き~っ! なんで一口でいくのさーっ! 返してよ~っ!」
「ふんっ、遅いのがいけないのじゃ! のじゃ! 早い者勝ち、弱肉強食がこの魔界のルールじゃ! モグモグ、黄身がトロトロで美味いのじゃ!」
「む~っ!! ずるい~っ! ヒナルちゃん、スルトがいじめる~っ!」
「あはは、コタースちゃん、私の半分あげるから喧嘩しないで。……スルトちゃんも、お兄さんの膝の上から降りて自分の席で食べてね? (ジト目)」
「むー、仕方ないのじゃ。ルイスの膝は乗り心地が良かったのに」
ドタバタ、わいわい、ガヤガヤと、まるで大家族の朝の食卓のように楽しく食事をして、宿から出る。 女将さんも玄関先まで出てきて、「また泊まってよ~! 次は結婚式で使いなさいよ!」と手を振って見送ってくれた。
………。
……。
…。
朝霧が晴れ始めた、村の入り口まで来てから……。 俺たちの旅立ちと、別れの時が来た。
「さて……、名残惜しいが、俺達はここで別れる。俺たちは、一旦散らばった忍の里の生き残りの仲間を探す旅に出る……」
ルシルさんが表情を引き締め、姿勢を正して、俺たちに向かって深々と頭を下げる。 ファデューさんも、いつものオネエ口調を封印し、真剣な顔で頭を下げた。
「仁、それとヒナルやスルト……、それからルイス。達には、死んでも償いきれないほどの迷惑をかけちまった。改めて謝罪する! すまなかった!」
「アタシも同じく……。本当に、身勝手なことで迷惑かけました……。この恩は、一生忘れる事なく、命に代えてでも借りは返すわ……」
「ふん、操られていたのだから仕方ないのじゃ! 我の貞操も奪われなくて安心なのじゃ! まぁ、ルイスに襲われそうになったがな!」
「おい、スルト! 余計な一言を言うな! ヒナルの目がまた冷たくなっただろ!」
「ふふ、冗談じゃよ」
「仕方ないでござる。二人とも、もう顔を上げてほしいでござる! 拙者は、こうして二人が無事に戻ってきてくれたことだけで、十分でござる。それに、ルシルのそのタフさには、本当に呆れたでござるよ」
「私も、連れ去られた事に対してはもう大丈夫ですよ! 操られていたんだから、どうしょうもないですよ! それに、美味しいお味噌汁の作り方を教えてくれたお礼です!」
ルシルさんとファデューさんは、俺たちの言葉に顔をくしゃくしゃにして、涙を浮かべて頭を上げる。
「気にしないでください。二人が何もなく、元に戻ってよかったですよ!」
「ルイス……。まじで好青年だな! これからの王都までの道中、何かあれば、すぐに俺達を頼ってくれ! 借りは必ず返す!」
「本当よね~。いつでもアタシは、ルイスちゃんの味方よ! ミ・カ・タ~! 夜の相手が欲しくなったら、いつでも呼んでねん! 一晩で大人の男にしてあげるワ・ヨ!」
「ご、ご遠慮しときます!!」
「拙者も、彼らを王都まで送り届ける仕事の役目が終わり次第、すぐそちらに向かう! スザクは野放しにはできんのでな! 必ず、合流するでござる!」
すると、ルシルは服の懐から、黒光りする不思議な形の勾玉のような石を二つ取り出し、俺とジェイさんに一つずつ手渡した。
「これは『共鳴石』だ。忍具の一つで、持つもの同士に魔力を込めれば、どんなに離れていても声が届き、意思の疎通ができる。……何かあれば、これでいつでも言ってほしい……。地の果てまで飛んでいく」
「わかったでござる! 大切にするでござる!」
「じゃあね! ルイスちゃん達も、またネ~! 道中、魔物と痴漢には気をつけるのよぉ~! チャオ!」
朝日に照らされながら、ルシルとファデューは、俺達とは違う方……失われた仲間たちを探す北の道へと、力強く、そしてファデューさんは軽やかにステップを踏みながら歩いていったのであった……。 その背中には、昨日までの絶望はなく、確かな希望の光が宿っていた。 俺たちは、二人の姿が見えなくなるまで、ずっと手を振って見送った。さあ、俺たちも、王都へ向けて出発だ。




