533話 不調
「……最悪の目覚めすぎる」
ベッドの上で起き上がって、ぼーっとしていた。
寝た気はしない。カーテンの隙間の外はまだちょっと暗め。小鳥のさえずりは聞こえるので、朝ではあるらしい。
「……あ、開きっぱなしだ。戻さなきゃ」
寝落ちたために無造作に置かれていた白百合のノートを、元のカサブランカに戻す。うん、大丈夫そう。
「はぁ~……今日が休みならよかったのに。いや現実は待ってくれないよね。しかたない起きるか……えい!」
眠い気はするけどもう2度寝の気分ではなく……しかも寝たら起きれない気がするので、あきらめて布団を押しのけた。
適当に髪を整えたり制服に着替えが終わったところで、シーナがやってきたものだからびっくりされた。
「お嬢様……⁉ 今日は槍でも降るのですか⁉」
「失礼すぎる! もー……ちょっと寝れなかっただけだもん」
「まさか学園が楽しみで寝られなかった、とでも?」
「……ソウカモネ」
そんなわくわくわんぱく小学生みたいな感じではないのだけど。まぁ、当たらずとも遠からず。気にしすぎたのはそう。
「朝食の準備はできておりますから、もうお召し上がりになられますか?」
すこしだけ髪を直されながら尋ねられて、「んー……」と唸る。
「いい。食欲ないから……申し訳ないけど、メイドさんたちで分けて食べてもらってもいいよ」
「え、召し上がらないのですか? いつも欠かさないではありませんか」
「まぁあれはクセというか習慣というか……ちょっと今日本調子じゃないから」
いつもなら取り繕ってでも食べるのだけど、今日はその気が起きない——と思ったところで魔力が減っているのに気づいた。
「……なるほど、嫌がらせね。いい度胸。どーりでリアルで疲れてるわけ……」
相手の過去を見るのはかなり魔力を消費する。でも本人の過去なら——まぁ全部見たってこの程度で済むんだろう。
調べられる事への抗議?
私が何かしたとき用の闇魔法かな。
たぶん、仕込んでたのね。
私が牢屋に入れられたときかな。
まぁそれだけされるってことは、逆に言うと知らなきゃならないことでもあるんだろうけど。
「ええと……?」
「あぁごめん、こっちの話。セツは……まだご飯食べてるよね。はぁ。待たなきゃいけないか……」
「別々の馬車がご希望でしたら手配はできますが」
「いや大丈夫。まぁいざとなったら勝手に登校するし」
「侍女を置いていかないでいただけるとありがたいのですが……」
「あはは、そうしないようにしないとね。ちょっとセツの様子見てくる!」
そういって、勢いよく飛び出したところで——ちょっと気になって振り返る。
「ねぇシーナ」
「なんでしょう?」
「もし……もしもね。私に操られて仕えてるとしたら……どうする?」
「はぁ……どうもしないのでは」
「え」
シーナは意図が分からないと言いたげに首をひねりつつも、平然として言ってのけた。
「私はメイドですから。雇われればどなたにでもお仕えします」
「うん、聞いた相手が間違ってたのはわかった」
それはそう。そうだよね……そもそもシーナは拒否権なかったもんな……。
「変なこと聞いてごめんね」と言って、階段を下りる。はぁ……だめだ切りかえなきゃ。こんな調子じゃいいことないし。
「……馬鹿なお嬢様。だからって、骨の髄まで忠誠を誓うようなことにはなりませんよ。最初にあなたが私の願いを聞いたからでしょう?」
遠ざかる足音にかき消されたつぶやきは、クリスティアの耳には届かなかった。
***
「わ……何人前食べてるのこれ?」
朝食を食べる弟の様子を見に来たら、朝からものすごい豪華で大量の料理が並んでいた。胃袋どうなってるの?
「あ、はよ」
「おはようと言いなさいおはようと!」
「うわダル」
「はぁもう、ちゃんとしないとダメでしょ。お行儀!」
「つーか立ってないで座れば? カルシウム足りてないみたいだし」
「誰のせいだと……」
……いや、私が悪いかな。気がたっているというか……もやもやしてるせいで当たっている気がしないでもない。
夢に引っ張られている。夢とセツは関係ない。本当に切りかえないと……。
「そういやさぁ」
あろうことか朝からステーキをリッチにキメて、ナイフで切りながらほおばっている弟はさらっと聞いてきた。
「ブラン兄ちゃんフッたの?」
「ぶっ! ……いや振ったというか……」
藪から棒すぎて、ちょっと吹き出してしまった。
なんでセツからそんな話が⁉ ブラン、そんなことうちの弟に話したの⁉ そういう話するタイプだっけ⁉
いろんな思いが頭をめぐっていたら、「まぁなんでもいいけどさ」と続いた。
「そういう優柔不断なのがよくないんじゃい? 昔からだけど。人のこと振り回すだけ振り回してさぁ」
「……どういう意味?」
「いやなんか、いつも自分が一番悩んでますーみたいな顔してんじゃん。そういうのがよくないっていうか」
すっと、気温が下がった気がした。
気のせいだ、知ってる。
そしてその意見が正しいことも。
「王子の事もそうだけど。振り回される側だって迷惑だし、イライラするし、なんかもっと早めに言うとか……」
「あは! そーだね!」
「……? なに? なんか笑顔で怖いんですけど……」
「べっつにー? ただその通りだなって思っただけ!」
ニコッと笑うと、怪訝な顔をされた。
「先行くね! セツも食べたら学校行きなさいよ‼」
「え……メシは?」
「いらない! 元々食欲なかったから!」
後ろ手で手を振って歩きだす。荷物もないまま。教科書も全部、置いてきたまま玄関を飛びだした。
「はぁ……なんかもう、消えちゃいたいな」
ひとりごとは、空に吸い込まれて消えた。




