525話 至れり尽くせり
その後がすごかった。
「な……なにこれ?」
ずらりと目の前に並べられるのは。
色とりどりのドレスたち。
えーと、どこからこの量を?
「殿下のご配慮により、すべて着用が楽なエンパイアドレスになっております」
「へ、へぇ……っていうかなんかすごい世話されてるんだけど⁉」
「はいお嬢様、あーんしてください♡」
「え、なに、あなたよく見たらトリ……むぐっ」
なにかをスプーンで無理やり押し込まれて、しかたないから食べる。あ、ミルク粥だ。……他にも人いるから呼ぶなってこと?
今の私はいまだベッドの上なんですが。
ベッドの上でご飯食べさせられてるし。
ベッドの上で髪も整えられている。
そしてその上でドレスを決めろって言われてるんだけど……なんだこれは。いまだかつてない甘やかされ待遇すぎてこわい。
「ていうか、あなた王女殿下付きじゃなかった?」
「リリチカ王女殿下よりしっかりお世話するように仰せつかっております! こちらは『正規のお仕事』ですのでご安心ください!」
「いや、自分で食べられ、んぐぐ」
昨日はいなかったはずなのに。いつのまにか忍び込んでいるトリスが、嬉々として私に餌付けしてくる。
ちなみにお世話係は彼女だけじゃなく、昨日お手伝いに来てくれたメイドさんたちがいろいろ動いてくれている。
まるで女王様。
いや、気分はおままごとの人形?
……周りが楽しそうだしいいか。
あきらめて偉そうに構えておくことにして、私もシーナに少しだけよそ行きの受け答えをする。
「ん~無難に白……だと、まだリリちゃんがいらっしゃるなら被るからダメね」
「念のためにお伝えいたしますが、殿下のおすすめはこちらのクリームイエローのドレスですね」
「それはもう選択肢ないようなものじゃない……?」
ていうかアルは、希望が決まってるのにこんなにそろえたの……?
これが見栄というものなのか。
庶民感覚的にはびっくりしちゃうけど。
いや元々リリちゃん用のだったとか?
それにしてはちょっと、リリちゃんの趣味から外れそうだけど。とかいろいろ考えてるうちに、支度が終わっていた。
「お綺麗ですお嬢様~♡」
「ありがとう、ト……えぇと」
「リズと申します!」
「そう、リズも助かったわ。それにほかのみんなも」
声をかけるとみんなが拍手してくれるので、できあがりは上々なのかもしれない。そんなに体調悪くはないのだけど、なるべくラクなようにしてくれたらしい。
ドレスはワンピースに近い感じの締め付けがないタイプだし、髪はあまり結わずに片側によせた髪に白い花が映える。
ただちょっとふわふわしてる。
ファンシー? メルヘン?
そんな感じで落ち着かない。
だってクリスティア、悪役顔なんだよ……⁉ 意外にも変ではなかったけど、正直そわそわしちゃう!
そのあとお礼として、軽く手品みたいなことをした。
メイドさんたちの明日を占って。シーナが持ってきていた金貨をネックレス状にして、持ってると運が上がるよと言って渡す。
そうこれは、口止めと買収料です。
昨日のこととクロのことと。
色々含めて穏便に、ね。
力を見せて私を味方にしといたほうがいいよ~という、黒い大人の対応ですね!
まぁ効果は本物だし、記憶消すより魔力使わないし。おまけに味方が増えるなら、そっちの方がいいのはお互い様だから。
にっこり笑って「特別だから、秘密ね?」と対応してあげたら、好感度も上がる。フィーちゃんには決してできないだろう。
「お嬢様は意外とやり手でいらっしゃいますね」
アルの部屋へ案内するということで部屋を出た後、シーナが猫姿のクロを抱えて撫でながらそんな軽口を言った。
そういえばシーナってクロが魔獣なの知ってたっけ? 言った覚えはないけど、全然怖がらないのは肝が座ってるというかなんというか……。
まぁ私の侍女やるくらいだからな。
普通に考えたら私の方が脅威だもん。
それよりクロは可愛いものかも。
「まぁあのくらいは。私は子供じゃないし——身内のためなら手を汚せるタイプの人間だからね」
態度には触れないまま、廊下にひかれた赤い絨毯を眺めながらそう返す。ふかふかの踏み心地は慣れなくて、違和感がある。
「我々としては、主の器が大きくて嬉しい限り——」
「ご主人様が下賜された金貨……! 死ぬまで放しません‼」
「……このように忠誠を誓う者も、自然と増えましょう」
鼻息あらく子どものように喜ぶトリスあらためリズは、アルのところへの案内役らしい。ちょっと心配なくらいテンションが高いけど。
なんか好かれすぎてる気がする。
別に彼女のことだけじゃない。
この世界は私に優しすぎる気がする。
―― 自分が周りを操ってるかもしれないことにも気づいてないんだ。
つい言われた言葉を思い出す。
そう、昨日のことだ。
忘れるはずも、忘れられるはずもない。
あの意地悪な笑い方と声は、私の頭の奥にこびりついてもう離れない。それに、ちゃんと向き合わなきゃいけないとも思っているけれど……。
「ご……お嬢様! こちらが殿下のお部屋です」
「あ、ありがとう」
そんなこと考えてたらついたらしい。
すでにリズがノックをしている。
なんか夢のせいかな、ちょっと緊張。
「ティア」
少し下を向いたつもりでいたら、目の前にいた。
え、早い。ていうか、やたらいい笑顔。普通は尋ねられた主人は中で待ってるものじゃ? ご機嫌すぎて出てきちゃった人みたいに見える。
いや違うよな、この後国王夫妻にご挨拶に伺うからかな。
「あ、アル、その、おは……いやおはようはおかしいんだった。えーと、ごきげんよう?」
「ええ。いい朝でした。とても」
「なんか返事がおかしいけれど……」
「満足度の高い睡眠が取れたので」
「いや明らかに時間は足りてなかったはずなのだけど……」
「きっと私の妖精が安らぎをプレゼントしてくれたからでしょう。ねぇ?」
そんなことを言いながら腰に腕を回し、実にスムーズにエスコートされて部屋に案内される。な、なんという手だれ……‼︎
あとなんて返したらいいのこれ⁉︎
恥ずかしい! 顔覗かないでほしい‼︎
ドレス褒めてくれてるんだと思うけど!
あと聞きにくいんですけど、もしかして昨日の夢じゃなかったりしますか⁉︎
「やはり私の方がティアに似合うドレスを送れると思いませんか? 昨日のようなどこの馬の骨ともしれないドレスとは比べ物になりませんよ」
「昨日のそれ気にしてたの⁉︎」
「当然です。ティアはドレスを贈る者の気持ちを軽く考えすぎない方がいいですよ――意図があるに決まっていますから」
この人、なんか嫉妬してる⁉︎
自分の方がセンスあるぞってこと⁉︎
それはなんかごめんね⁉︎
目が笑っていない彼に向かって、愛想笑いで「気をつけるね……」と返すのが精一杯だった。
エンパイアドレスはくびれを作らない、胸下で広がるドレスです。