ー閑話ー 王子の企み
「アルバート王子! おめでとうございます、良かったですね! とってもお元気になられたようで!」
「殿下、ご婚約者さまのご回復、心から御喜び申し上げます! 素敵なご婚約者様で! 私にまで感謝を返して頂きました!」
「あっアルバート殿下、ご婚約者のご軽快祝福申し上げます! ご婚約者様に宜しくお伝え下さいませ! あの可愛らしいハグは、私の一生の思い出です!」
まただ。一体ティアはどれだけハグして回ったのか。
思わず苦笑いしたくなるほど、声を掛けられる。
ここのところ毎日、この状態だ。
フィンセント王国の王子アルバート・カサブランカは、今日何度目かもわからないーー自分の婚約者の『ハグ行脚』の結果の影響を受けていた。
それをされた者、城の官僚や騎士、果ては使用人までが。
皆、婚約者である公爵令嬢ーークリスティア・シンビジウムからの、『感謝と謝罪のハグ』に対する感想を述べてくる。
『感謝と謝罪のハグ』を受けたものは、一様にテンションが高く、ニコニコとしていて、幸せそうな様子なのは良いのだがーー。
公爵令嬢的にこんなにハグして回るのは、いかがなものかとひとこと言いたくなる。
しかしまぁ、ずいぶん上手く行ったものだ。
いくら城のものたちは、彼女の父親のお陰でどちらかというと良い印象を持つとは言え。
闇の魔力は恐ろしいという。
知識からの根本的な嫌悪感。
それは、当然あるはずなのに。
それがどうした事だろうか。いくら『王国内での、生死をかけた英雄的活躍』があったとはいえ、こんなに受け入れられるものなのか?
思わず共に歩く護衛の声すら耳に入らないほど、廊下を歩きながらもの想いに耽ってしまう。
いつもは隠れて警護する彼らも。
見つかった時に彼女の洗練を受けたらしい。
ずっと話してくる。
彼女がまだ子供だから、ということはもちろんあるが。
これはただの人たらしなのでは?
私はこの国の王子だ。
その自覚をもつようにされてきたし。
自分でもその自負は意識してつねに動く。
さいわいな事に、私は人より多少賢いようであるから、この歳の割には上手くやっていると思う。
王である父上と。
その妃の母上から受け継いだこの顔も。
にこりと微笑むだけで、人を動かせる。
「天使のように可愛らしい」と。
嫌になる程、よく言われたものだ。リリーが人前であまり笑わないから、その反動もあるかもしれない。
けれどそれゆえ。
「子供らしくない」と。
そう言われている事も、知っていた。
まぁ自覚はある。「計算高い」と言われても、しかたないだろう。それを意識してつかっていかなければ、王子としては失格だ。
しかしどうだろうか。
今自分は、行く先々で話しかけられている。この中には、「子供らしくない」と言っていたものたちもおり、正直話しかけられて驚いたほどだ。
あのご令嬢ーーティアの、突飛な言動は毎回驚かされるが。
最終的に許してしまう。
いやむしろ好ましく思うほうが多いか。
何も考えずに、気のおもむくまま行動する子供のようであり。かと思えば、いきなりこちらが思いつかなかったような、知的さもうかがえる発言をしたり。
不思議なご令嬢だ。
実はずっと自分の魔力のことを、『愛し子』のリリーと比較し気にしていた。
王族は、かつて『創造神マウティス』と、『水と生命の神セイレーヌ』から生まれたと言われている。
そのためほとんどが『火』と『水』、どちらも魔力を持つにもかかわらず。
自分には『水』が欠けていた。
可愛い妹のリリーを、そんな事で嫌いになりたくなかった。でもどうしても耳に入ると、気になってしまう。
『完全』な妹と、『不完全』な自分を比べて。
けれどそんな悩みも、彼女はあっけらかんと簡単に跳ね返してしまった。私に衝撃を残して。
彼女の影響力は、ある意味すごい。
人の心を、簡単に動かしてしまう。
それはまるで魔法のように。
事務的に挨拶してくるだけだったものたちですら、この有様だ。
ただご令嬢としてはもう少し落ち着いて欲しい、と思わなくもないが。やはり自分の以前の懇願は、あまり意味をなしてないらしい。
彼女の行動は予測がつかない。
だから毎回焦らされる。すごいのはすごいのだが、今回の事のように、肝を冷やす想いもあるのだ。
だから放って置けない。
目が離せない。
隣で見ていないと、いつどこに行くかわからない。
そうでないと、安心出来ない。こんなに気にかかるようになるとは、思いもよらなかった。
最初は決められたから。
婚約者になったと思っていただけだったのに。
今、国王である父に婚約者を変えると言われたら、嫌だと思う自分が少し怖い。王子としては、失格だ。
だからそうならないように、誰もが納得するように。彼女を心配しなくて、すむように。そして彼女が逃げられないようにーー。
祀りあげてしまうことにした。
「父上、アルバートです」
コンコンコン、と3回ノックして王専用の執務室の前で、自分が着いたことを知らせる。
「入れ」
「失礼します」
端的な抑揚のない返事が聞こえ、自分だけ中に入る。いつものことだ。
ガチャリ、とドアを開け自分だけ中に入る。
ここは限られた者しか入室できない。
「お待たせ致しました父上」
「うむ、よく来た。今日は準備の目処が立ったので、一応伝えておこうと思ってな」
「あれのメドがですか? ずいぶんと早かったですね?」
髭をたくわえた威厳のある顔で、父である王はそう言った。顔色もよくなられたようだ。月明かりに照らされた、あの日の青白い顔が嘘のようである。
あの事件ーーこの国の一大宗教『シブニー教』にはびこる黒い影を一斉摘発したのは、まだ1週間前のことだ。
とてもセンセーショナルな事件だったのに。ほとんどティアの事に国民の意識も移ってしまい、悲壮感どころかそちらのお祝いムードが満ちている。
暴動覚悟だったのだが、拍子抜けなほどだ。
「鉄は熱いうちに打つものだ。この祝賀の空気を損なってはならない。それに、褒美は早い方が良い」
「そうですね……。たしかに城下のものも、彼女の無事を自らの目でたしかめたいでしょうし」
王勅のおかげで。今回の立役者を知ることになった王国民の間では、ティアは『大預言者』とか『賢者』と呼ばれている。
それを本当にしてしまおう、というのが今回の話なのだ。
「はっはっは! 王国民全員にあの謝罪をする訳にもいかんからな!」
「えっ? あの、まさか父上までされたのですか?」
じつに愉快といった様子で、声をあげ笑いながら父はいう。
この国の王にまで『感謝と謝罪のハグ』をしたのか⁉︎
衝撃の事実に、硬直する。
どれだけ怖いものしらずなのか。
「いやな、廊下でたまたますれ違ったんだが。私の連れの者たちに『謝罪のハグをさせて欲しい』と言ったのだ。面白そうだから許可したのだが、王である私を差し置いてなど許されぬだろう?」
「父上から頼んだのですか⁉︎」
「今回の事で最も動いたのは私だぞ。当然ではないか」
豪快に笑っているが、そんな理由で周りの者やティアを困らせないで欲しい……。
いや、1番の問題はティアなのだが。
でも私やリリーですら、そんな事ほぼしないのに……。
「アルバート、こちらに来い」
驚きで固まっていたところに、声をかけられた。その言葉に従い、執務机を迂回して父の横に移動する。
「……お前にも、ちゃんと言っていなかったな。よくやった。その賢い頭のお陰で、この国の宝は救われたのだ」
そういって父は、私の頭に手を置いた。
そのまま、ゴツゴツとした手で撫でられる。
自然と頬がゆるんだ。あたたかい。
「……いえ、婚約者として、当然の事をしたまでです」
「ははは! この国の王子としてではないのか!」
「婚約者を大切にできない王子に、王国民は大切にできませんよ」
「そうだな、違いない!」
その笑い合う王と王子の会話は、いつもとは違うーー他の親子と何ら変わらない、温かな空気に包まれたものであった。




