100話 騒動の収束
シンビジウム邸は本来、明るい雰囲気の屋敷だ。それは開けた外観や、日当たりの良さ、庭の手入れされ整った色とりどりの草木もそうだが、何より屋敷の人達が明るいからだ。
しかし今はどうだろうか。常に緊張感が漂い、殺伐とした雰囲気さえ感じられる。皆一様に顔が暗く、疲れが見える。朝の清々しさとは一線を画するどんよりとした空気。
それもそのはず、この屋敷の御令嬢はもう一昨昨日の夜から、人形のように冷たく目を覚さない。生きているのが不思議なほどなのである。
今夜目覚めなければ、もう、というのは皆の知るところであり、いつもならテキパキと動く使用人たちも動きが鈍い。一使用人でしかない彼らには、ただ祈る事しかできない。
彼女の部屋では、ずっと城お抱えの魔術師達が何かを唱えている。あれを止めればすぐにでも彼女の魂は、その体から離れてしまうだろう。
奥方様は部屋の前から泣いて離れない。ご主人様は、仕事を後回しにして家にいるが、そんな様子の奥方様を宥めることしか出来ない。
彼らの子供である御子息だけは、泣かずに気丈に振る舞っているが、使用人たちは彼が小さいから、状況が分かっていないのだと考えていた。
しかしそれは違う。彼は人一倍、この状況の深刻さについて理解しーーその上で信じていた。
いつも彼との約束だけは守ってくれる、彼女の事を。
「ったく……何やってんだバカ姉。こんなにみんなに心配かけて、起きたらどうなっても知らないからな」
本人はそんなつもりは無かったのだろうが、もう国中大騒動である。王宮からの通達や、一大宗教『シブニー教』の解体、先日の城の異変から話を纏め理解するのは容易い。
その渦中の人物は、そんなことも知らずに、ここで暢気に寝ているわけだが。
大丈夫。大丈夫……だと分かっていても、心配しないなんて、もちろん無理。表面上は冷静なセスも、それは例外ではない。無駄に廊下をウロウロしてしまう。
彼に魔法は使えない。それはこの国のこの年齢では当然のことで、特に焦ってなどいなかったのだが、使えたら何か違ったのかと思わなくもない。
起きたら1発殴ると決めて、それだけで抑えた。
「セス君セス君……!」
突然後ろから誰か抱き付いて来た、と思ったら知っている人物だった。
「ブラン兄ちゃん……」
「僕ずっと来たくて、そばに行きたくて、でも邪魔になるから我慢してて、でももう、時間がないから……! でも大丈夫、大丈夫だからね! きっと大丈夫だから!」
言っていることが支離滅裂だしぐちゃぐちゃだ。そして、大丈夫だと言っている自分の方が、泣いている。
起きたらもう1発追加する事にした。
「ブラン兄ちゃん……大丈夫だよ」
泣いている彼の腕をポンポン叩きながら伝える。
「くー姉は、人のための方が頑張るから」
まぁそれが今回仇になったとも言えるが。暖かい腕の中で目を閉じる。
思い出すのは、幼い日のーー昔の記憶。ちびだったために、近所のガキンチョに自分が虐められる度、相手を追いかけ回していた姉。自分がされても泣いてただけのくせに。
「大丈夫だよ」
それはブランドンへ言ったのではなく、自分に向かって言い聞かせているのかもしれなかった。
「あ! ここにいましたか、お2人とも!」
声の方へ目を向ければ、王子がいた。
「あ……殿下すみません……僕がちゃんと気付いていれば」
「いえ、大丈夫です。それより彼女を助ける手段が見つかりましたよ!」
「それは本当ですか⁉︎」
「はい、もうすぐローザ家の者が来るはずです」
「ローザって……ヴィン君の家ですよね? 彼の家に何か特別な秘術でも?」
「いえ……けれど隠し玉と言えばそうかもしれませんね。何せ今日ローザ家の者と、認められたばかりですから」
「えっそれってどういう……」
「あ、来ましたね」
その言葉に反応して、部屋の扉の方をみれば、出入りしていた魔術師達に囲まれるようにして、見たことない子供と……。
「ヴィン君?」
「ヴィスが連れて来たんですね。本当は大人が良いですけど、宰相殿も手を離せませんし……母君は動きたがらなかったのでしょう。それでも養子の許可を出して動いてくれただけ、話を聞いてくれた方ですけど」
「殿下どういうことですか? ローザ家が養子縁組をしたと?」
「ええ。今回のご縁は、光の魔力の持ち主ですから。ローザ家に入っても問題ありません」
「でも普通もっとかかるんじゃ……」
「それは……」
にっこりと、しかし確かな含みを持たせた、爽やかな王子からは想像し得ない、黒い笑顔で言う。
「王と宰相が組めば、大抵どうとでもなるんですよ。国家権力の横暴です」
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うーん、なんか騒がしいなぁ。
ずっと何か唱えているのは知ってるんだけど、いかんせん体が動かない。さすがに自分でもちょっとヤバいと、思い始めていた。
何回か気を失いながらも、これでもたまに意識は浮上している。声だけは聞こえているが、それに返答する手段がない。
なんかとっても、迷惑かけてるっぽいことだけは分かっていた。
扉を開けた音の後に、いつもの声の人たちに混じって子供の声がする。1人は知ってる気がする。もう1人は誰だろうか。
「あぁ……これか。邪魔者は」
なんか聞こえた気がするけど、小さすぎるよ、聞こえない。それより私心配なことがあるんだよね。
いやね、儀式のところに部隊招いたまでは良いのよ。で、ローブの人たちが少年に触ろうとしてたから、書き換えたまでは良いんだけど……。
そのあと知らないんだよね!
あれ成功したのかなー? 少年大丈夫だったかなー? ちゃんと助けられたかなー? まぁ部隊の人たちがなんとかしてくれてると、信じてるんだけどさ。
「……。」
でも彼のアフターケアがまだ出来てないんだよ!
あのね! 人質の人たちは必要最低限以外記憶を曇らせたから、多分そんなに苦痛な記憶残ってないんだけど、彼まだなんだよ!
あんなに怖い思いさせておいて放置とは! 私はアフターケアまで頑張りたい派なのに、そこまでちょっと持たなかったというかね⁉︎ うーんあと1日くれたら! いや今からでも! って魔力ないんだけど!
「……気が変わった。1度だけだ。次はないからな」
魔力さえ……ってん? なんだこのあったかい光は? 全身を柔らかい毛布で包まれているかのような、安心感……これは?
……ダメだ……なんか眠い……オーケストラとか聴きながら眠くなっちゃうあの眠さ……くっ……抗えな……。
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「シンビジウム公爵! シンビジウム公爵はおられませんか‼︎」
「な……何事ですか? 父に何か用が……」
「あっ! 御子息様でいらっしゃいますか⁉︎」
「はい……そうですが」
「お嬢様が! お嬢様が助かりましたよ‼︎」
「本当ですかっ⁉︎ クリスティ助かったんですか⁉︎ セス君! 確認しに行こう‼︎」
「え、でも報告……」
「公爵へは私共からお伝え致しますので、どうぞお側へ」
そう言うと、魔術師はその場を離れた。
「じゃあ王子も」
「いえ……公爵たちよりも、先に伺える立場ではありませんから。まずは家族が1番でしょう。私はヴィスと出直しますよ」
「あ、じゃあ僕も……」
「いいよ、ブラン兄ちゃんはほぼ身内みたいなもんでしょ」
「いや、殿下が行かないのに……」
「行ってあげて下さい。まだ寝ているでしょうけど。私、今行くと怒ってしまいそうなので」
それが本音か。まぁ当然だ。
「私は城に帰って……ティアが後悔したくなる状況を作るのに、精を出しますから」
……殴るのは1発だけにしておいてやろうと、その時セスは思った。
記念すべき100話です!
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