99話 死のカウントダウン
正直、魔法陣の部屋まで誘導したり、部隊の士気を維持したり、敵に攻撃させないようにしたり、あと生贄になりそうな人達の苦痛も和らげたり……結構やることが多くて、もうギリギリだった。
1度に色々やり過ぎて、水晶にヒビがはいっても、自分が闇の魔力を持っているからこそ、その恐ろしさが分かっているので止められなかった。
でも最後に、あの魔法陣の上の少年に何かされそうになった時、止めないといけないと思ったから、無理やり最後の力で触れないように書き換えた。それがいけなかった。
あ。ヤバい。
そう思った時にはすでに遅く、体に力が入らない。そのまま重力に身を任せるしかない。
床に盛大にぶつかった。何かが割れた音がする。めちゃくちゃ痛いのに、声も出せない上に目蓋も持ち上がらない。
「お嬢様っ⁉︎」
物音に焦ったシーナが扉を開けて、駆けてくる音が聞こえる。それでも反応出来ない。
「お嬢様⁉︎ お嬢様っっ‼︎」
すごい揺さぶられてるのに、眠たい。それに抗えなくて、そのまま意識を手放した。
****
公爵令嬢が魔力不足で仮死状態になっている。
その話は、夜のうちに城へ届いた。何故なら彼女は王子の婚約者であり、神に認められた証を持つ特別な人だったからだ。
「父上‼︎ ティアが……クリスティア嬢の話は本当ですかっ⁉︎」
いつもならするノックも挨拶も飛ばして、アルバート王子は父である王の元へ駆け付けた。
「……どうも本当らしい。先程公爵邸から緊急連絡があったのだ」
「そんな……! でも! それなら魔力を補えばいいんですよね⁉︎」
「……彼女があの状態になっているのは、闇の魔力を使ったせいだろう。お前も知っているようだが、先程儀式を止めるための部隊が帰って来てな。その話がどうにもおかしいのだ」
確かに先程、部隊長が報告に向かったのを見た。それでこっそり探ろうとしたら、騒ぎになっているこの話を聞いて、その勢いのままこちらに来たのだった。
「おかしい? どういう事ですか?」
「まるで……誰かに案内されてるかのように、ほとんど何も無かったというのだ」
「⁉︎ どういう事ですか⁉︎ そんな手薄い警護はあちらもしないのでは……あっ」
「気付いたか……あの子が何かしたのだろう。そう考えれば辻褄が合うのだ……」
「な……っ! あれだけ止めたのに‼︎」
「どうも言っても聞かないのは、親子で同じらしいな……」
アレキサンダー王はそっと空に浮かぶ月を見つめる。あの悲劇の夜も満月だったと思い返した。
「じゃあ……それじゃあ、闇の魔力を持つ者しか……⁉︎」
「あぁ。足りないのは闇の魔力だろう。そうなると……そもそも、使えるものが殆どおらん。1度あの状態になると、自分では補えないから、ある程度魔力を与えられなければならないが……」
ただでさえいない魔力持ち。それも誰も、あれだけの量を補うほどは持ち得ない。けれど諦めるわけにはいかない。
「なら光! 光の魔力なら、回復力を上げられますよね⁉︎」
「そうだが……並大抵の者では、彼女が起き上がれるほどの魔力を回復できる力がない。王宮付きの光の魔術師は向かわせたが……」
あくまでも、繋に過ぎないということか。それほど事態は深刻なのだ。言い淀んだ先にある、死を強く意識させられる。
「……なんで……なんでそんな事したんだっっ‼︎」
普段は声を荒らげない王子が叫ぶ。叫んでもどうしようもないのは分かっているが、気持ちの逃げ場が無い。焦りばかりが募る。
何か。何か考えなければ。
仮死状態になると、3日以内に魔力が戻らなければ死に至る。それまでになんとかしないとーー。
「明日の朝、国中に通達する。『神の涙』を持つ者の命に関わることだ。国の総力を上げて全力で手段を探す……お前はもう休め」
そんなもの、3日で見つかるわけがない。フィンセント王国は広いのだ。
たとえ見つかったとして、間に合わなければ意味がないのだ。
父である王は王子を気遣うが、彼は呆然としてまるで抜け殻のように動かない。結局、世話係たちを呼び寄せて、自室に連れて行かせた。
その日夜が更けても、城が眠る事は無かった。
次の日の朝とにかく文献を漁る彼の元へ、走りくる者がいた。
「アルバ‼︎ クリスの話、ほんとかよっ⁉︎」
彼の父はこの国の宰相だ。夜のうちに話を聞いて、いてもたってもいられず、朝一番でこちらに来たのだろう。
「ヴィス……」
「お前……ひどい顔だな。ちゃんと寝たのかよ」
そういう彼とて、あまり寝てないのではないだろうか。目の下にクマが見える。
「……もう会ったのか?」
力なく、首を横に振る。
「……今会ったら、私はそこから動けなくなるでしょう」
「……。」
それなら、会わずに何か方法を探す方がいい。けれど王子も、子供の手で出来る範囲の調べなど、ほぼ意味を成さないだろうことは分かっていた。
それでも、そのまま座ってなどいられない。それは諦めると言う事だから。
「……オレ、言っちゃったんだ」
「え?」
「クリスに……『化け物』って、言っちゃったんだ……」
「なんでそんな事を? ……いえ、何か見たのですね」
彼女のその強力な、人とは思えぬ力の一端を。
「だって、あんなの常識じゃあり得ないから……そう思ったら、怖くなって……あいつ、今度は何をしたんだ? なんでこんな事になってる? 教えてくれよ、僕も何かしたいんだ!」
「……そこまで分かっているなら、隠さなくてもいいでしょうか」
少し迷いながらも、そこで王子は話した。先日皆で集まった時は、話さなかった事の真相も含めて。
「なんなんだあいつ! 馬鹿なんじゃないのかっっ⁉︎」
話を聞いた彼は、声を荒げて抗議する。その抗議先の主には届かないのに。
「それほとんど自分に関係ねーじゃねぇか‼︎ なのになんで……!」
何故そこまでしたのか。もっといいやり方はなかったのか。
思い返して、彼女には無理だと悟る。
何かをしたら穴だらけな彼女は穴に気付かずに、いつでも1つのことに全力にしかなれないタイプだ。
要領が悪い。周りが見えてない。そして、自分が正しいと思えば、危険を顧みない。
あの日スライムをウサギに変えたのだって、ヴィンセントのためだっただろうことは、もう彼にだって分かっていた。
記憶に新しい彼女の顔は、泣き笑いのような、それでも彼を気遣うもの。
最後の会話があれだなんて、絶対に嫌だ。だってまだ、謝ってないのだ。
「クソッ! 儀式にいた闇の魔力使いは全員、死んじまったんだろ⁉︎ それじゃあどうすれば……」
「ギフト……」
「え?」
「そうだ、『ギフト』ですよ! 今の話で思い出しました‼︎」
「な、何がだ?」
「ティアが言ってたんです! 協会の孤児院には、『ギフト』……つまり、何らかの力を持つ子供たちが集められてると!」
「! それじゃあ!」
「ええ! 貴族に貰われた者か、貰われる予定の孤児たちを調べれば、闇か光どちらかの力を持つ者がいるかもしれません‼︎」
閃いたら、いてもたってもいられない。善は急げだ、父に知らせなくては。
「あ! 待てよ! でもそれが孤児だったら、まず面会が出来ないんじゃないか⁉︎ クリスあれでも公爵令嬢だぞ!」
「あっ! ……いえ、命が掛かってるんです! そのくらいなんとか……」
でも王子は、自分が上の立場だからこそ知っている。それにはいくつも申請が必要であり……受理には時間がかかる。彼女が倒れたのは昨日の夜だ。間に合うだろうか。
「アルバ」
焦る王子に、友人は落ち着いて話す。
「見つかったら、教えてくれーーこっちでどうにかする」
「何をする気ですか?」
「いやさー最近親父が言ってたんだよ、新しい子供が欲しいってさ」
ニヤリと笑うその表情は、いつもの太々しい彼そのものだった。




