98話 策士策に溺れる
その知らせが入ったのは突然だった。
「ほ、本当に今日なのね?」
「はい。本日は満月……月の光は魔力を高め、儀式の成功率が高まると言われておりますので、今夜決行する可能性が高いかと存じます。協会側も窮地に追いやられておりますから、これ以上は待てないでしょう」
「それ、お城の人たち分かってるかなぁ?」
「その点は抜かりありません。王宮側との連絡は密に取り合っております。私たち隠密諜報部隊は、城にもおりますので」
「うん、本当はそれが1番怖いんだけどね……」
今日の夜、満月が一番高まる頃に闇の魔力を宿すための儀式が地下で行われる。それを直前で阻止する為に、必要最低限だがまだ協会は泳がせている。全てを摘発する為だ。
恐らく、大量に儀式の為の供物が用意されているだろう。魂の犠牲が予想されるので、その前に取り押さえなければならない。
『シブニー教』自体を解体するためとは言っても、なかなか心が痛む問題だ。先に助けられたら良かったが、それだと蜥蜴の尻尾切りに合って、証拠が辿れなくなる恐れがあった。
一応私の予言で、儀式の前の死の未来は消したんだけど……。
私ほどではないにしても、少しずつ儀式を重ねて来た協会側には、闇の魔力持ちが存在する。だからなのか決定的な儀式の阻止が、予言しても覆されてしまっていた。
大きく逸らす道がダメなら、少しずつ逸らしていき、崖に追いやるしかない。
選択していった先に、選択肢が残らない運命を意図的に掴むにはーー小さな予言を繰り返し行うしかない。それは例えば、道端に小石を転がすような、小さな積み重ね。
事前にやっても、覆されてしまうなら。
相手が手を出せないーー儀式の最中に、運命を変えていくしかない!
だから私は、その時を待っていたのだ。
ただこれは私の負担が結構大きい。
現場で見れていれば、そこを予言で書き換えるだけで良かったけれど、見えない状況でやるので、予知も予言もしなければならない。
その上で念のための撹乱分も含め、いくつも小さな未来を変える必要がある。だから魔力量が知りたかったけど、まぁもう言ってもしょうがない。
やると言ったらやるのだ。これ以上犠牲を出さない為、みんなを助けるため、世界を救うため、そして望まぬ闇の魔力なんてものを、植え付けられようとしている不幸予備軍の為だ。
こんなのは、こんな感情を持つなんて事は、無い方がいいに決まってる。それは、私が1番知っている事だ。
「……お嬢様」
「うん? なに、シーナ」
「私が言うのも何ですが……危ない事はなさらないで下さいね?」
「あはは。何言ってるの? 今日のお屋敷の前見た? すごい警備だよ。これで外に出る方が、無理じゃない?」
念には念をという事なのか、夜だけお城の方からうちに警備が派遣されていた。私が女神様を呼んだことは、ある程度の人には話が回っているので、協会側を警戒してるんだろう。
「……それでは私は扉の前におりますので、何かございましたらお申し付け下さい」
「心配症だなぁ。部屋から出ないから、大丈夫だよ」
そう、この部屋を出る必要は無いのだ。
シーナの出て行った部屋で、私は水晶をーーお父さんの水晶を取り出した。
「柄では無いけど……まぁ、私もシンビジウム伯爵の娘なのでね。少しくらい体を張って、自慢の娘になれれば良いんだけど」
****
その日は何かがおかしかった。
儀式を摘発する為、城から精鋭の部隊が組まれた。皆武に優れ、魔術のレベルも高い者ばかりだ。
しかしこれから挑むのは未知の領域。人質を沢山使い、恐ろしい儀式をしているのだ。それを行っているのが、あの『シブニー教』だと言うのも、耳を疑う内容だ。
しかもあの、誰もが恐怖を覚える闇の魔力を持つ者達が潜む巣窟であると言うでは無いか。何があるか分からず、不安にならないわけがない。
けれども何故か、その日は妙な安心感があった。まるで不安という気持ちを、忘れてしまったかのようだ。部隊の指揮はネジが外れたかのように高い。誰の顔にも、不安の色が無いのだ。
部隊は慎重に、地下へ向かい歩を進めていく。その先々で不思議なことばかり起こる。
仕掛けられていた罠には、蹴つまずいた時の小石が先に転がり嵌る。
視界が悪くなったかと思えば、突然突風が吹く。
道に迷ったかと思えば、間違った道は落石で塞がれる。
誰かが転んだ音がして後ろを向けば、敵が倒れている。
人質たちの牢屋を発見したら、鍵が壊れかけている。
見張りに至っては、居眠りをしていて起きない。
おかしい。おかしすぎる。
しかも、この精鋭部隊ほとんど戦っていない。たまに出てくる敵も、何故か魔法が不発になったり、呪文の途中で噛んだりして相手にならない。
命の恐れもあると言われて、鼓舞して死地に来た気でいたのに、誰も傷ひとつ負っていない。
まるで誰かに、案内をされているかのようなのだ。
先程助けた人質も、人質だったとは思えないほど穏やかな表情をしていた。確かに傷はあったのだが、疲れが見えない顔で眠っていた。
これは、何が起こっているんだ?
そう思っているのに、誰も口に出さないのは何故だろうか。
奥へ奥へと進んでいくと、大きな鉄の黒い扉が現れる。流石にここは壊されてなかったので、自分達で壊して中に入った。
扉が壊れた瞬間、目に入ったのは複雑で大きな魔法陣、黒いローブの男たち、そして、意識を失っている1人の少年であった。
「観念しろ! お前たちはもう終わりだ!」
「くそ……! 何故この計画がバレたのだ!」
「あんなにいた見張りの者達を倒して来ただと⁉︎」
「斯くなる上は……!」
切羽詰まったローブの男の1人が、少年に手を伸ばす……!
「くっ! やめろ!」
「ダメだ、間に合わない……!」
しかし。
バチンッ!
「あいたっ⁉︎」
「静電気⁉︎ なんか知らんがいまだ突っ込め!」
「取り押さえろー!」
しかしその声に反応したローブの男たちが何か呟くと、彼らの手の甲が一瞬眩い光を放ち、次々に倒れた。
残ったのは王国の精鋭部隊と、魔法陣の上に寝かされた少年だけであった。
拍子抜けした彼らは帰城して1つの事実を知るーー彼らを助ける為に、1人の少女が命を落としかけている事を。
それは今回の問題提起をした『神の涙』を持つ選ばれしものであり、この国の王子の婚約者。
三大公爵家のうちの1つである、シンビジウム家のご令嬢であった。




