第十一話 [水網都市マレントゥス]
「馬鹿ですか、ランス」
他の仲間にもルシアと敵対しないように説得をする、とアニスを前に安請け合いをしたランス。
その軽はずみな言動に、ルシアは氷柱よりも冷たい視線を向ける。
「ここに第九番目の魔王(私)とフェリオたちがいると知れば、速攻で襲撃するに決まっているでしょう、他の連中は」
「だから、そうならないように誠心誠意――」
「通じません」
「いや、みんな仲間だろう? 僕がこうして君と一緒に過ごしていてなんともない上、水網都市マレントゥスのエドガルド・バウア首席が、目の中に入れても痛くないほど可愛がっているふたりのお孫さんを助けたって実績だってあるんだ。大丈夫、少なくとも君が信頼できる相手だってことは、僕たちが証言するよ」
ランスの反論にベッドに半身を起こして、成り行きを見守っていたアニスも瞳を輝かせて、何度も頷いた。
「……子供の言うことや、単純馬鹿の証言が証拠になるわけがないでしょう。魔族が甘言で、いいように騙していると判断するでしょうね、ゴヴァン以外の全員が」
は~~っ、と嘆息混じりに再反論をするルシア。
あの気のいい洞矮族ならあるいは信じるかも知れないけれど、他は駄目だとダメ出しをする。
ボールドウィンは女好きではあるが、公私の区別はつける男だし、そもそも魔術師というのは魔族の怖さを一番よく知っている人種である。魔王との取引など絶対にしないだろう。
旅妖精のダグは、見た目こそ子供だが、実際には海千山千の盗賊である。
「イーディスは半妖精族という生まれもあって、『勇者の従者』として認められている現在の立場を誰よりも大事にしています。寄すがといってもいいでしょう。ここでランスがとち狂って魔王と結託したなどとなれば、下手をすれば背信者として告発するでしょう」
表情こそちょっと仏頂面ながら、なんで魔王が勇者相手にこんな当然のことを説明しなければならないのかしら? という不満がありありとルシアの背中に溢れていて、ウーラはそっと距離を置いた。
「いや、だけどエリィは見習いの時から君が面倒を見ていたんだろう? 彼女なら――」
「アレが一番厄介ですね」
最後の仲間のひとり。地味ながら慎まし気な少女を思い描いて口に出したランスの言葉を、あっさりと一刀両断するルシア。
「半ば私に対する崇拝にも似た念を持っていただけに、憎しみも人一倍といったところでしょう。『聖女の体を乗っ取った魔王許すまじ!』といったところで……おまけに無自覚な恋心も加味されてますし、八つ当たりされるこっちとしては堪ったものではないですね」
「ああ、そう言われてみれば、君のことで一番気が逸っているのはエリィかも知れないな。聞く耳を持たないというか、聞きたくないって感じだし――あと恋心って……?」
心底不思議そうな瞳で尋ねてくるランスに向かって、ルシアとなんとなく状況を理解したアニスが、同時にため息をついた。
「はあ~~~~っ」
「ああ…………」
「???」
馬鹿みたいに小首を傾げているランスを前に、口元に手をやったアニスがルシア――別に耳を寄せる必要はないのだが、形として付き合ったのか、あるいはいかにも「内緒話をしていますよ」という姿をランスに見せつけるためか、身を屈めたその耳元――に囁く。
「これは勇者様がルシアお姉さまを一途に想っているから、気が付いていないのでしょうか?」
「もともとこういう性格なのです。好意の種類に鈍感で、自分がモテる自覚が皆無なお陰で、私がどれだけ彼に執着する異性相手に、水面下でしのぎを削ったことか……」
仮にも聖堂都市レナトゥスの三公爵家の姫で、なおかつ聖女というブランドを持っていたルシア相手に、堂々と横恋慕をしようという相手である。様々な意味で尋常な相手ではなかったのだが、そのあたり当の本人であるランスはまったく気づいていなかったところが、呆れるか驚愕するか判断に迷うところである。
まあ、下手に当人が絡んで来たら余計にややこしくなったと思うので、どうでもいいのですが――と、締めて改めてルシアはランスに向き直った。
「……ともあれ、軽挙妄動は控えてください。それと、ダグあたりに見られるとまずいので、宿の中では今後は絶対に接触しないようにお願いします。もしもバレたら、無理やりでも〈妖血陣〉を破って結界の外に逃げますから」
ただしそうなると追っ手の魔族に大々的に居場所を教えることになるので、たちまち大挙して術をかけた魔族が集まってくるでしょう。
魔獣や妖獣、中級魔族程度なら問題ありませんが、上級魔族や魔王の腹心あたりが束になると、さすがに手が回らないので、足手まといになりそうなら、真っ先に火竜を使い潰すのは当然として、続けてウーラとアニス、フェリオの順番で見捨てていきますが、と続けるルシア。
「なんでそれがしが小童どもより先に見捨てられるのですか、陛下!?」
思わずといった感じでウーラが抗議の声を上げるが、
「そなたは第九魔王の下僕にして、魔神官なのであろう? ならば身命をかけて我が身を守るのが使命であり、誉れと心得よ」
冷ややかなルシアの正論に、ガビーンとショックを受けるウーラ。
「ルシアお姉さま、いくらなんでも可哀想なのではないですか?」
ヨロヨロと心許なく部屋の中を徘徊するウーラを眺めて、アニスが心配そうな声をあげる。
「いえ、問題ありません。ウーラは、一見、歌って踊れるマスコットのふりをしているだけで、実態はアニスやフェリオの十倍以上生きている古狸ですから、基本的に敵だと思っていても問題ありません。というか、私はいまだに信用していませんので、本格的に裏切者だと分かった瞬間に消し飛ばしますので、ランスも遠慮なく斬ってくれても構いません」
「陛下、それは洒落になりませんぞ!」
ウーラの抗議を軽くスルーして、改めてルシアは念を押す。
「ともかく今後は連絡先として冒険者ギルドに、『ティモス』という名前の赤毛の男性を派遣しますので、緊急時にはそれに伝言をしてください」
「『ティモス』? それってルシアの仲間かい?」
「単なる駄竜です」
「???」
「話すとながくなるので、それについては当人にでも聞いてください。それよりもいい機会ですから、状況を整理しましょう。フェリオとアニスが水網都市マレントゥスの首席のお孫さん、というのは理解していますが、なぜここにいるのかが、どうにも当人たちの話では曖昧です。それについてご存知ですか?」
ルシアの問いかけに、チラリとアニスの顔を一瞥したランスが「まあ、隠すことでもないからいいか……」と、納得して話し始めた。
「もともとはエドガルド・バウア首席の別荘まで、ふたりの乗った小舟――といっても二十人くらいは乗れる小型の帆船が、その名の通り縦横に張り巡らされた水網都市のはずれで、魔物に襲撃されたことに端を発するんだけれど――」




