第071話 遭難:VSクラーケン
ズズズズズ……!!
唐突に、島全体が大きく揺れた。
地震ではない。
もっと生物的な、地面の下から何かが這い出してくるような振動。
そして、ジャングルの奥深くから、空気を震わせるような咆哮が響き渡った。
「グオオオオオオオオオッ!!!」
木々がなぎ倒される轟音と共に、拠点の目の前に巨大な影が現れた。
それは、海でわたしたちの船を襲ったあの「大王烏賊」――いや、違う。
無数の触手の下に、太く強靭な「脚」が生えている。
陸上環境に適応し、さらに凶暴化した島の主、「陸戦型ギガント・クラーケン」だ。
「うわぁぁぁ! イカが歩いてるぅぅ!?」
アリスが悲鳴を上げる。
「なんて大きさ……! 推定重量三百トンはあります!」
ミリアもリュックを抱えて後ずさる。
(……なるほど。あの魔力嵐は、こいつを封じ込めるための檻でもあったわけね)
ダンジョンの警備システムを壊して檻が消えたことで、島の主が活動を再開したのだ。
怒り狂うクラーケンが、触手を鞭のように振り回し、わたしたちの愛する拠点(ヴィータヴェン城(仮))を破壊しようと迫る。
だが、わたしは不敵に笑った。
「……あら。冷蔵庫を手に入れたと思ったら、さっそく中身の方から歩いて来るとはね。手間が省けたわ」
わたしは足元の影に意識を向けた。
そこには、深く、冷たい闇の空間が広がっている。
そしてその奥底で、愛おしい相棒が「待っていた」とばかりに震えたのがわかった。
通じる。
繋がっている。
今度の出番は農機でも建機でも重機でもない。
「――来なさい、相棒!」
わたしは影の中に手を突っ込み、一気に引き抜いた。
ズヌゥッ……!!!
影からせり上がってきたのは、光さえ吸い込むような絶対的な黒。
ドワーフの秘法とわたしの魔力で焼き直された、物理最強の鈍器。
ガシャン!
重厚な金属音と共に、『漆黒の玉座』が展開される。
わたしはそれを片手で軽々と担ぎ上げ、クラーケンを見据えた。
「さあ、お待たせ。……ここからは『完全武装』の悪役令嬢が相手よ!」
漂着、4日目:朝食。
「総員、調理開始!」
わたしの号令と共に、戦いの火蓋が切って落とされた。
「行くよ、新装備! もう魔力残量なんて気にしないんだから!」
アリスが『星光の聖杖』を掲げる。
杖の先端にある宝石が、太陽のように輝いた。
無限のリソース供給による、最大出力の光魔法。
「大いなる光よ、切り裂け! 極大聖光破斬ッッ!!」
チュドォォォォォン!!!
極太の光線が雨あられと降り注ぎ、クラーケンの触手を焼き払う。
再生しようとする肉体を、光の熱量が上回る。
「食材は鮮度が命です! 捌きますよぉぉ!」
ミリアが『永久の包丁』を構えて疾走する。
その切れ味は凄まじい。
鋼鉄のようなクラーケンの皮膚を、まるで豆腐のようにスパスパと切り裂いていく。
切断面が美しすぎて、クラーケンも切られたことに気づいていないほどだ。
「はい! イカ刺し一丁あがりです!」
そして、わたしは。
「墨袋は破らせないわよ!」
身体強化フルパワー。
わたしは砲弾のように飛び出し、クラーケンの懐に潜り込んだ。
振り下ろされる巨大な脚を、「玉座」で受け止め、弾き返す。
ガギィィンッ!!
「邪魔よッ!」
わたしは玉座をフルスイングし、クラーケンの足を一本、また一本と物理的にへし折っていく。
骨があるかどうかはどうでもいい。
全てブチ折ってやるのだ。
巨体がバランスを崩し、グラリと傾く。
「仕上げよ! アリス、目潰し! ミリア、油!」
「了解! 『閃光』!」
「はいッ! 特製ごま油、行きます!」
アリスの放った強烈な閃光がクラーケンの目をくらませ、ミリアが足元に大量の油を撒く。
わたしは玉座をハンマーのように振りかぶり、体勢を崩したクラーケンの脳天めがけて跳躍した。
「美味しく焼けなさいッ!! 『直火焼きプレス』ッ!!!」
ドゴォォォォォォンッ!!!
玉座の一撃がクラーケンの頭部を地面に叩きつけると同時に、ミリアの種火が油に引火した。
爆発的な炎が巻き起こり、クラーケンを包み込む。
ジュワァァァァァッ!!!
香ばしい、あまりにも香ばしいイカ焼きの匂いが、浜辺いっぱいに広がる。
クラーケンは完全に沈黙し、ただの巨大な食材へと変わった。
その直後。
浜辺では、盛大な「イカ焼き&海鮮ちゃんこパーティー」が開催された。
「ショーユの焦げる匂いこそが、勝利の凱歌よ!」
「イカリング食べ放題だー!」
「保存食用の燻製も作りますよー!」
大自然の脅威を物理と食欲でねじ伏せたわたしたちは、満腹になるまで勝利の味を噛み締めたのだった。
◆◆◆
漂着、10日目。
建造、6日目。
クラーケン討伐から数日。
島の入り江には、クラーケンの強化骨格とダンジョンの廃材、そして古代樹を組み合わせて建造した、巨大な「イカダ」が浮かんでいた。
イカダというか、見た目は完全に魔導戦艦だ。
動力にはダンジョンの魔導タービンを搭載している(冷蔵庫ごと引っこ抜いてきた)。
だが、まだ完成ではない。
わたしには、最後の仕上げが残っていた。
「うわぁ、真っ黒……。でもこれ、塗料に使うにはさすがに臭くない? 生臭いよぉ……」
アリスが鼻をつまんで顔をしかめる。
浜辺には、解体したクラーケンから丁寧に取り出した、巨大な墨袋が置かれていた。
中には大量の魔力を含んだ墨が入っている。
「失礼ね。これは勝利の証よ。……それに、ただ捨てるなんて『獣の穴』の流儀に反するわ」
わたしはニヤリと笑い、島の火山地帯を指差した。
「この墨をベースに、火山の近くで見つけた黒曜石と、地層に埋まっていた炭化木を混ぜ合わせるの。……ミリア、調合比率は任せたわよ」
「はい! 接着剤代わりの松脂と、防腐効果のある薬草も加えましょう! お料理と同じですね!」
わたしは巨大な岩の窪みを「すり鉢」代わりにして、黒曜石と炭化木を放り込んだ。
「硬い素材を粉末にするには、これが一番よ」
ズドン!! バキバキバキッ!!! ゴリュォッゴリュォッゴリュォッ!!!
わたしは『漆黒の玉座』を杵のように振り下ろし、鉱石を物理的に粉砕・微粒子化していく。
そこへ、アリスが涙目で魔法をかける。
「くっさぁ~! ほんともう臭いのだけは勘弁してよね! 『浄化』! ……あ、なんか光が墨に吸い込まれていく?」
アリスの聖なる光による浄化と、わたしの魔力を帯びた玉座による物理撹拌。
そしてクラーケンの墨に含まれる強力な魔力が化学反応を起こし、窪みの中の液体は「闇よりも深い、星空のように輝く黒い液体」へと変貌した。
「ミリア! 『眼鏡』でチェックして!」
「はいッ! 装着!」
ミリアが『賢者アスケンの眼鏡』を装着し、出来上がった液体を凝視する。
すると、彼女の顔色がサァーッと青ざめ、次いで紅潮した。
「す、すごいです……! 表示された成分表が文字化けしていますけど……かろうじて読める効果だけでもとんでもないです!」
ミリアは震える声で読み上げた。
「名称『深淵の防汚塗料』……。効果:物理耐性(極大)、魔法耐性(極大)、自動修復機能……そして、『威圧感補正+500%』!? ちなみに食用は『不可』だそうです!!」
「上出来ね。さあ、イカダをこの『黒』で染め上げるわよ!」
数時間後。
完成した巨大イカダは、不気味なほど艶やかな漆黒に塗り固められていた。
しかし、その上には何も乗っていない。
今はまだ、ただの広い甲板だ。
浜辺では、増築を重ねて要塞化し、さらにダンジョンの遺物で近代化改修されたログハウス「ヴィータヴェン城(DX改)」の前で、ミリアが柱にすがりついて泣いていた。
「……うっ、ううっ……」
「なにをしんみりしているのよ? ようやく脱出できるっていうのに湿気るわねぇ」
わたしが声をかけると、ミリアは涙目で振り返った。
「だってレヴィーネ様! イカダが完成したら、この島とも、いよいよお別れなんですよね……」
ミリアは愛おしそうに、システムキッチンや、手作りの燻製小屋を撫でる。
「ここまで快適にしたヴィータヴェン城の寝室も、リビングも、キッチンも……あとキッチンとも、それにキッチンとも! お別れになっちゃうんですよぉ? この『三口コンロ』ともお別れなんて……私の青春がぁ……!」
「キッチンへの未練が重すぎるよミリアちゃん!」
アリスがツッコむが、ミリアの嘆きは止まらない。
わたしはきょとんとした後、呆れたように、しかし不敵に笑った。
「……は? 何を言っているの、あなた」
わたしはドレスの裾をまくり、手袋をキュッと締め直した。
「あらやだ、言ってなかったわね。作ったもの、奪ったもの、拾ったもの。――全部持っていくわよ?」
「……え?」
ミリアとアリスが固まる中、わたしはヴィータヴェン城の土台(基礎部分)に手をかけ、深く腰を落とした。
身体強化フルパワー。
筋肉全開。
「ふんッ!!!」
ズゴゴゴゴゴ……ッ!!!
地響きと共に、巨大なログハウスが一軒まるごと、ズズズと持ち上がった。
「「えええええええええええっ!!??」」
「物理的な『引っ越し』だコレ!!」
アリスの絶叫をBGMに、わたしはヴィータヴェン城(DX改)を担いで浜辺を歩き、そのまま海に浮かぶ巨大イカダの上へと設置した。
ドズゥゥゥン!!!
イカダが大きく沈み込み、そして安定する。
完璧なサイズ感だ。
「よし。これで『船室』の完成ね」
さらにわたしは影魔法「暗闇の間」を全開にしながら、わたしの「影」を島中に広げた。
この十日間、この狭い孤島でわたしが足を踏み入れなかった場所などない。
ここにも、そこにも、どこにでも。
『わたしは、いる』。
「あ、あのヤシの木、日除けにいいわね」
ズボッ。
(引っこ抜く)
「温泉が湧いてた岩場、露天風呂として持っていきましょう」
バキィッ。
(岩盤ごと切り取る)
「ダンジョンの入り口の石像、魔除けにいいかしら」
ヒョイッ。
(回収)
島のめぼしいものを次々と「収納」し、あるいはイカダに積んでいく。
「レヴィちゃん……それ、出航っていうか……『領土の強奪』だよ……」
アリスが遠い目で呟く。
かくして――。
漆黒に塗られ、家を乗せ、完全に「動く島」と化した船の上で、わたしたちは優雅にティータイムを始めた。
潮風が心地よいテラス(元・家のベランダ)で、冷えたトロピカルジュースを飲む。
「快適ね。……さて、目指すは東。黄金の国よ」
いざ出航。
わたしが魔導タービン(動力)に魔力を流し込んだ、その瞬間だった。
『ヌゥォオオオォォォォォォォォォォォォォォン…………』
船のどこかから、腹の底に響くような、地獄の釜の蓋が開いたような、重苦しくも禍々しい「音」が鳴り響いた。
汽笛などつけていない。
それは、塗料に含まれたクラーケンの魔力と、船の構造体が共鳴して生まれた、魂の叫びのような音だった。
「ひぃぃぃッ!? なに今の音!? 船が唸った!?」
アリスが腰を抜かす。
「す、凄まじい重低音……! お腹に響きます!」
ミリアもリュックを抱きしめて震えている。
だが、わたしはフッと笑った。
「……いい産声じゃない」
わたしは黒い鉄扇を開き、高らかに宣言した。
「野郎ども、聞きなさい! この声こそが、我らが進撃の合図よ! 邪魔するものは、幽霊だろうが海賊だろうが、その悲鳴で道を空けさせなさい!!」
『ヌゥォオオオォォォォォン…………!!』
もはや怪獣映画の登場シーンのような威圧感を撒き散らしながら、漆黒の要塞ヴィータヴェン号は、東の海へと滑り出した。
最強の悪役令嬢は、家ごと、そして禍々しい「黒船」と共に旅をする。
目指す舞台は、極東の島国。
彼らがこの船を見てどんな顔をするのか、今から楽しみで仕方がない。
【第9部 無人島サバイバル編】、これにて完結です。
次章では東の島国トヨノクニへ。鎖国への「開国(物理)」が始まります。
もしよろしければ、作品ページ下部からの【★★★★★】評価やご感想を
いただけますと励みになります。
それではまた次の部でお会いしましょう。
押忍!!




