第060話 魔薬工場襲撃
その言葉が、引き金だった。
わたしの隣で、張り詰めていた糸が切れる音がした。
バチッバチチッ……!
空気が震える。
膨大な、制御しきれないほどの魔力が、渦を巻いて収束していく。
「……道具?」
アリスが俯いたまま、小刻みに震えていた。
彼女の握りしめた杖から、目も眩むような光が漏れ出している。
「……違う。この子たちは……『道具』なんかじゃない……ッ!」
男が再び子供を蹴ろうと足を上げた、その瞬間。
カァッ!!
突如として出現した「光の障壁」が、男の足を弾き飛ばした。
「な、なんだ!?」
男がたたらを踏む。
アリスが顔を上げた。
その瞳からは、大粒の涙がボロボロと溢れ出していた。
悲しみではない。
それは、魂の底から湧き上がる、激しい義憤の涙。
「だって……だってレヴィちゃん! 子どもだよ!?」
アリスが叫ぶ。
その声は涙で震えている。
「まだこんなに小さな子どもが、大人の都合で利用されるだけ利用されて……」
彼女の脳裏に、かつての自分の姿がよぎる。
世界をゲームだと思い込み、人々を「キャラクター」としてしか見ていなかった自分。
目の前の男の言葉は、かつての自分の心の写し鏡だ。
だからこそ、許せない。
許してはいけない。
「人の命を……子供の未来を、『使い捨ての玩具』みたいに扱うなんて……私が、許さない!!」
アリスの慟哭が、工場に響き渡る。
監視役の男たちが「なんだこの女は」「やっちまえ」と武器を構えるが、アリスの体から吹き出す光の奔流に押されて近づけない。
「ゲームなんかじゃない……! ここにあるのは命なんだよ!?」
アリスは子供を強く抱きしめた。
痩せこけた体。
薬の匂い。
震える小さな肩。
その「重み」と「温度」が、アリスの胸に突き刺さる。
ノアを抱きしめた時と同じ、消え入りそうな、けれど確かな命の重み。
「痛いのも、苦しいのも、全部本物なんだよ!? 私だって……私だって昔はそうだったかもしれないけど……でも!!」
ゴォォォォ……!!
アリスを中心にして、光の魔力が爆発的に膨れ上がった。
それはただの照明ではない。
工場内の淀んだ空気を焼き払い、染み付いた毒を分解し、邪悪なものを一切許さない、「浄化」と「断罪」の輝き。
「こんなの……絶対に間違ってる!! 許せない……許せない!! 許さないよッッ!!!」
アリスは涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、男を睨みつけた。
そこにはもう、甘えたがりの少女の面影はない。
弱きを守り、悪を挫く、本物の「聖女」の顔があった。
「聖女の名において命じる! 邪悪な毒よ、消え去れ! 『聖域展開』ッ!!」
パァァァァァァァァァッ!!!
工場全体が、ホワイトアウトするほどの閃光に包まれた。
最高位神聖魔法――それは与えられたチート能力ではない。
アリス自身の魂が呼んだ「奇跡」だ。
魔薬の成分が一瞬で無害化され、男たちにかかっていた身体強化のバフが強制解除される。
同時に、子供たちの体を蝕んでいた毒素も浄化され、彼らの瞳にわずかだが光が戻る。
「ぐ、あぁぁぁ!? 体が、重い……力が抜けるぅぅ!?」
男たちが床に這いつくばる。
光が収まった後。
アリスは肩で息をしながら、それでも子供を守るように立ちはだかっていた。
わたしは、静かに彼女の横に歩み寄った。
そして、アリスの肩にポンと手を置いた。
「……ええ。よく言ったわ、アリス」
「れ、レヴィちゃん……ぐすっ……」
「泣かないの。……その怒りこそが、貴女が『本物の聖女』になった証よ」
わたしはハンカチで彼女の涙を拭い、そして前に向き直った。
手には、影から取り出した相棒『漆黒の玉座』。
顔には、地獄の底よりも冷たく、そして激しい「悪役」の笑み。
「ミリア! 子供たちの保護と給食を! 温かいおじやで、心と体を満たしてあげなさい!」
「はいッ! 直ちに!! さあみんな、こっちへ! 安全な場所へ行きますよ!」
ミリアが素早く子供たちを誘導する。
マテオ神父も慣れた手付きで子供たちを助け出す。
わたしは、腰を抜かしている責任者の男を見下ろした。
「聞いたでしょう? うちの聖女様が『許さない』って」
わたしは玉座を片手で軽々と振り回し、風を切る音をさせた。
「……ここからは慈悲なき『聖戦』の時間よ。子供を食い物にする大人はね……地獄の底で反省しなさい!!」
「ひ、ひぃッ!?」
男が逃げ出そうとするが、足がもつれて動かない。
アリスのデバフが効いているのだ。
「アリス! 捕まえなさい!」
「うん! 光よ! 悪を縛り上げろ! 『聖鎖縛縄』!」
アリスの魔法で光の鎖が出現し、男をグルグル巻きにして空中に固定する。
絶好の的だ。
「さようなら、ゴミクズ! 『断罪ホームラン』ッ!!」
ズドォォォォォォンッ!!!
フルスイングされた玉座が、男を真横に打ち抜く。
男は工場の壁を突き破り、遥か彼方の空へと星になって消えていった。
残りの構成員たちも、アリスの結界に閉じ込められ、わたしの椅子攻撃とミリアのフライパンで次々と無力化されていく。
数分後。
工場は静寂を取り戻した。
子供たちはミリアの配る温かいおじやを啜り、アリスは一人一人に治癒魔法をかけながら、優しく声をかけている。
「大丈夫だよ。もう痛くないよ。……ごめんね、遅くなって」
泣きながら子供を抱きしめるアリスの背中を見ながら、わたしは確信した。
彼女はもう、ただの転生者ではない。
かつぎ上げられた聖女でもない。
その身に宿した才能を自覚を持ってふるう、最強の相棒だ。
「……さて。工場一つ潰したくらいじゃ、終わらないわよね」
わたしは工場の外、王宮の方角にある巨大なアリーナを見据えた。
そこには、この国の魔薬汚染の元凶――カルテルのボスと、偽りの英雄が待っている。
「行くわよ、みんな。……この国の膿を、全部出し切ってやるわ」
◆◆◆
魔薬工場を物理的に「閉鎖」し、子供たちを救出してから数時間後。
わたしたちは、スラムの廃教会に戻っていた。
アリスとミリアが子供たちのケアに奔走する中、わたしは教会の入り口で、夕闇に沈む街を見下ろしていた。
工場の破壊。
あれだけのことをして、黙っているような連中ではない。
「……来たわね」
ズズズ……と、地響きのようなエンジン音と共に、教会の前の広場に数台の魔導車両が乗り付けられた。
「うちの聖女様、怒らせると怖いでしょう? ……ここから先は、この国の膿を出し切る大掃除ですわ。ブックマークと下の☆☆☆☆☆で、最後まで見届けなさいな」




