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悪役令嬢の凶器はドス黒いパイプ椅子です ~目指すは最強の悪役、あらゆる理不尽はこのパイプ椅子でぶっ飛ばしますわ~  作者: みやもと春九堂@月館望男
【第8部】情熱の国サン・ルーチャ・ルチャリブレ編 ~魔薬カルテル? 悪役令嬢が「教育的指導」してやります~
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第059話 おじや作戦

 ミリアの特製ちゃんこ鍋が煮立つ頃には、教会の前は異様な雰囲気に包まれていた。


 教会の子供たちが嬉しそうに食器を持って並ぶその後ろに、ゆらり、ゆらりと、路地裏の闇から無数の小さな影が集まってきたのだ。


 スラムのさらに奥、光の当たらない場所から這い出てきた子供たちだ。


「おい! 割り込むなよ! ここは俺たちの教会だぞ!」


 教会の子供の一人が、入ってこようとした余所者の少年を突き飛ばした。


 突き飛ばされた少年は、抵抗もせずに地面に転がり、それでも虚ろな目で鍋の方を見つめている。


「やめなさい!」


 アリスが慌てて割って入る。


「みんなで食べればいいじゃない。ご飯はいっぱいあるよ?」


 アリスとミリアが、集まってきたスラムの子供たちにも椀を配ろうとする。


 ミリアが、脂の乗った肉と野菜がたっぷり入った、栄養満点のちゃんこをお玉ですくい上げた。


「さあ、たくさん食べてくださいね! 元気が出ますよ!」


 ミリアが椀を差し出す。


 しかし。


 その湯気が少年の顔にかかった瞬間、少年はビクリと震え、口元を押さえてその場にうずくまってしまった。


「う、ぷ……っ……」


「え?」


 ミリアの手が止まる。


 少年の顔色は土気色で、頬はこけ、腕は枯れ木のように細い。


 食べ物を前にしても、目が輝くどころか、苦しげに顔を背けている。


 その姿を見た瞬間、ミリアの顔から血の気が引いた。


 脳裏にフラッシュバックする、苦い記憶。


 あの子(ノア)が、特製ちゃんこを口にして、吐き戻してしまったあの日の記憶。


「……ミリア?」


 わたしが声をかけようとしたが、ミリアは鋭く首を横に振った。


「……だめです。このちゃんこは、配れません」


 ミリアの声が震えていた。


 けれど、その瞳には強い決意が宿っていた。


「レヴィーネ様、アリスさん。見てください。……この子たちは、食べる力さえ残っていないんです。今のこの子たちの胃に、こんな脂っこいものは毒です。……あの時と同じになってしまいます!」


 ミリアは唇を噛み締め、お玉を鍋に戻した。


 カジノで見せていた陽気な笑顔はもうない。


 そこにあるのは、料理人としての、そして友を看取った者としての真剣な眼差しだ。


「メニューを変更します。……脂と香辛料は抜いて、お米をクタクタになるまで煮込んで、卵と少量の味噌で……『おじや』にします」


 ミリアはリュックから精米された白米を取り出し、手早く準備を始めた。


「まずは、命を繋ぐことから始めないと……。もう二度と、私の料理が食べられないなんて、言わせませんから!」


 その言葉に、わたしは胸が熱くなるのを感じた。


 彼女は、ただ悲しんでいたわけじゃなかった。


 あの日の無力感を、確かな知識と判断力に変えて、今ここに立っているのだ。


「……ええ、任せるわ。最高の賄いを頼むわね」


 しばらくして、優しい湯気の立つおじやが配られた。


 子供たちは最初はおっかなびっくりだったが、一口すすると、その瞳から涙をこぼし、夢中で器を舐めるように食べ始めた。


「おいしい……あったかい……」


 その姿を見て、アリスがほっと息をつく。


 しかし、一人の少女がおじやの椀を抱えたまま、口をつけずに震えていた。


「あなた、食べないの? ……ひょっとして、誰かのために持って帰ろうとしているのですか?」


 ミリアが優しく尋ねると、少女は消え入りそうな声で答えた。


「……妹が、動けないの。……お母さんも、薬で……」


 その言葉に、わたしは眉をひそめた。


 ここは「マシな方」だったのだ。


 この教会の外側には、もっと深く、救いのない地獄が広がっている。


「……案内してくれる?」


 わたしは少女に告げた。



 ◆◆◆



 少女に連れられて足を踏み入れたのは、スラムの最深部。


 腐敗臭と、甘ったるい薬品の臭いが充満するエリアだった。


 崩れかけたバラック小屋の中を覗くと、そこには――。


「……ッ」


 アリスが絶句し、口元を押さえる。


 床に敷かれたボロ布の上に、骨と皮だけになった人々が横たわっていた。


 大人たちは魔薬の禁断症状で震え、子供たちは飢餓で腹だけが膨らみ、動く力も残っていない。


「これが……この国の現実……」


 アリスが少女の妹に駆け寄り、治癒魔法をかける。


 光が溢れるが、少女の顔色はあまり良くならない。


「なんで……? 私の魔法、また届かないの……? 聖女なんて呼ばれてるのに……!」


 アリスの手が震える。


 彼女の脳裏にもまた、救えなかったあの子(ノア)の冷たさが蘇っているのだろう。


 魔法は万能じゃない。


 生命力が尽きかけた器には、どれだけ注いでも溢れてしまう。


「アリス、焦らないで。……今は寄り添うだけでいいわ」


 わたしはアリスの肩に手を置き、そして視線を上げた。


 この地獄を作り出している元凶――工場の煙突が見える方角を睨みつける。


(……許せないわね)


 ここまで徹底的に、未来を食い物にしているとは。


 カルテル。


 魔薬。


 そしてそれを黙認する社会。


 すべてが、わたしの癇に障る。


「レオ。マテオ神父」


 ついてきていた二人に、わたしは声をかけた。


「手伝ってちょうだい。……ここにある『絶望』を、一つ残らずへし折る準備を始めるわよ」



 ◆◆◆



 スラムの最深部で見た地獄。


 そこから得た情報を元に、わたしたちは街外れの工業地帯にある、古びたレンガ造りの工場へと向かった。


 煙突からは異様な色の煙が立ち上り、周囲には甘ったるい、それでいて胸が悪くなるような化学薬品の臭いが充満している。


「……ここね。魔薬『赤きサボテン(ロホ・カクタス)』の精製工場」


 わたしは鼻をハンカチで覆いながら、鉄の扉の前に立った。


 見張りはいない。


 いや、必要ないのだろう。


 この国でカルテルの施設に手を出そうとする命知らずなど、存在しないと思われているからだ。


「開けるわよ」


 わたしはドレスの裾を翻し、右足を高く振り上げた。


 身体強化、出力三〇パーセント。


 ドガァンッ!!


 蝶番が悲鳴を上げ、鉄扉が内側へと弾け飛んだ。


 土煙を上げて踏み込むと、そこには外の世界とは隔絶された、悪夢のような光景が広がっていた。


 薄暗い工場内には、魔導プレス機や煮沸釜が並び、白い粉塵が舞っている。


 そして、そこで働いているのは――。


「……嘘、でしょ」


 アリスが絶句する。


 作業台に向かっているのは、五歳から十歳程度の子供たちだった。


 彼らはボロボロの服を着て、防護マスクもつけずに、素手で危険な薬品や植物を扱っている。


 その肌は薬物の影響で変色し、目は虚ろで、手足は枯れ木のように細い。


 足首には鎖が繋がれ、逃げることさえ許されていない。


 咳き込みながら、ふらつく足取りで、それでも必死に作業を続けている。


 なぜなら、壁際の監視役が、手にした鞭で床を叩き続けているからだ。


「ほら、手が止まってるぞクソガキども! 今日中にノルマが終わらなきゃ、晩飯の『薬』は抜きだぞ!」


 鞭がしなり、作業の遅れた子供の背中を打つ。


 打たれた子供は悲鳴を上げる気力もなく、ただうずくまって震えていた。


「……ッ」


 ミリアが怒りに震え、フライパンの柄をギリギリと握りしめる。


 マテオ神父も、残った左手の拳を固く握っている。


 その時、工場の中央にある高台から、一人の男が降りてきた。


 工場の責任者だ。


 彼は葉巻をくわえ、薄汚れた白衣を着ている。


「ああん? なんだぁ? ネズミが入り込んだか。……チッ、警備の連中は何をしてやがる」


 彼はわたしたちを見ても動じることなく、足元にうずくまっていた子供を――まるでゴミか何かのように、無造作に蹴り飛ばした。


 ドガッ。


 子供が人形のように転がる。


「おいおい、起きろよ。代わりの『駒』なんていくらでもいるんだぞ? 壊れたら捨てればいい。所詮こいつらは、俺たちが利益を得るための『使い捨ての道具』に過ぎねえんだ」


 男は笑いながら、転がった子供の頭を踏みつけた。


「親がいねえ、戸籍もねえ、死んだって誰も気にしねえ。……最高の資源だろ? 壊れるまで使い潰してナンボなんだよ」

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