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悪役令嬢の凶器はドス黒いパイプ椅子です ~目指すは最強の悪役、あらゆる理不尽はこのパイプ椅子でぶっ飛ばしますわ~  作者: みやもと春九堂@月館望男
【第1部】爆誕・悪役令嬢編 ~病弱な前世から転生したので、自由な体で「悪役」を目指します~
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第006話 北の氷獄へ

 パーティーが一通り落ち着き、わたしは、母がこの日のためにと用意してくれた新しいドレスに着替え、自室の大きな姿見の前に立った。


 深紅の生地に、黒のレースがあしらわれた、少し大人びたデザインのドレス。


 金髪は綺麗に結い上げられ、小さなティアラが乗っている。


 鏡の中に映っているのは、紛れもない自分自身だ。


 健康的な頬の赤み、意志の強さを宿した黒い瞳。


 化粧をほどこされたこともあってか、総合すると黙っていても周囲を威圧するような、派手で傲慢にも見える美貌がそこにあった。


 わたしは、自分の顔をじっと見つめた。


 前世の記憶にある、乙女ゲームのキャラクターたちと照らし合わせる。


(……うーん。何かのキャラクターってわけではなさそうだけれど、どこからどう見ても立派な『悪役令嬢』顔に育ったわね)


 ヒロインをいじめ、高笑いを上げ、最終的には断罪されて破滅する。


 そんな役割を背負わされそうな顔だ。


 わたしの『闇』属性や、規格外の力も、その役割を補強する要素でしかないのかもしれない。


 もし、この世界が本当に『物語』で、わたしにそんな運命が用意されているのだとしたら?


 わたしは、鏡の中の自分と視線を合わせた。


 脳裏に、愛する父や母、マールたちの笑顔が浮かぶ。


 この温かい居場所。


 それを守るためなら、わたしは何だってできる。


(シナリオ通りの破滅? 大好きな人たちを悲しませるバッドエンド? ……上等じゃない。全部、わたしがねじ伏せてやる)


 わたしはニヤリと笑った。


 自然と浮かんだその表情は、鏡の中で最高に輝いていた。


 これこそが、わたしの『キメ顔』だ。


「いいわ。もし世界がわたしを悪役に指名するなら、喜んで受けて立とうじゃない」


 ただし、わたしは既存のつまらない悪役令嬢のテンプレなんてなぞらない。


 陰湿ないじめ?


 ヒロインの持ち物を隠したり捨てたり破いたり?


 陰口を叩いたり仲間はずれにしたり??


 ああ、それからパーティーでドレスにワインをかけて台無しにしたり???


「――しょっぱいわね」


 そんなセコい真似は、『レヴィーネ・ヴィータヴェン』の美学に反する。


 この世界がなにかの物語で、誰かが主役なのだとしても、わたしには関係ない。


 わたしの人生はわたしだけのものだ。


 だから、そう。


「わたしの『悪役』は、そんなつまらないこと、しないわ」


 わたしは、わたしのやり方で、この人生という巨大な舞台を支配する。


 誰よりも強く、誰よりも自由に、そして誰よりも面白く。


 周囲の人々を熱狂させ、ヒロインすらも自分の人生の引き立て役にして、最高のハッピーエンドをこの手で掴み取る。


 そのためには、圧倒的な『力』が必要だ。


 口先だけではない、本物の力が。


 運命すらもねじ伏せる、絶対的な強さが。



 ◆◆◆



 覚悟を決めたわたしは、ドレスの裾を翻し、部屋を出た。


 向かう先は、お披露目のパーティー会場である屋敷の大広間だ。


 父ユリス、母イリーザ、そして祖父マラグの三人が談笑しているタイミングを見計らって、わたしは動いた。


 三人の前に進み出て、深紅のドレスの裾をつまみ、マールに仕込まれた完璧なカーテシー(淑女の礼)をしてみせた。


「お父様、お母様、そしてお祖父様。わたくし、レヴィーネ・ヴィータヴェンより、一生のお願いがございます」


 普段のわたしとは違う、張り詰めた真剣な声色に、場の空気が変わる。


 三人の視線がわたしに集まった。


「なんだい、レヴィーネ? 改まって」


 父が穏やかに、しかし少し訝しげに尋ねる。


 わたしは顔を上げ、三人の、この辺境を支える偉大な大人たちの目をしっかりと見据えて、宣言した。


「わたしを、お祖父様のところへ行かせてください。北のハニマル領、あの『獣の穴』へ。そこで、誰にも負けない最強の力を手に入れたいのです!」


 一瞬の静寂の後、父が悲鳴のような声を上げた。


「なっ……! 何を言っているんだレヴィーネ! 『獣の穴』だって!? あそこがどんな場所か知っているのか!?」


 父が取り乱すのも無理はない。


 祖父の治めるハニマル領は、極寒の気候と強力な跋扈する山岳魔獣という過酷な環境から、『強さこそ正義』という信念が領内に浸透している。


 そしてそんな土地で生き残るために、と、祖父が領民相手に始めた武術の道場は、今や領外どころか国外からも強さを求める猛者が集う、ある種の聖地となっており、彼らからは畏怖を込めて『獣の穴』と呼ばれているのだから。


 少なくとも、か弱い(と思われている)七歳の貴族令嬢が行く場所ではない。


 父がさらに何かを言おうとしたその時、それまで黙って聞いていた祖父マラグが、一歩前に出た。


 ドォォォン――と、空気が重くなった気がした。


 ただ一歩踏み出しただけなのに、その場の支配者が誰であるかが瞬時に理解させられる。


 先ほどまでの好々爺の顔は完全に消え失せていた。


 そこにいたのは、幾つもの戦場を制し、幾度もの魔獣の氾濫(スタンピード)を最前線で抑え込んできた『北の大将軍』、『帝国最強の武人』とあだ名される、マラグ・ハニマルその人だった。


 祖父としてではなく、一人の武人としての眼光が、射抜くようにわたしを見据えた。


「ユリス、控えよ。……レヴィーネ、面を上げい」


 低く、腹の底に響く声。


 わたしは反射的に背筋を伸ばし、その圧倒的な威圧感に抗うように祖父の眼を見つめ返した。


 逸らせば、その時点で負けだと本能が告げていた。


「『獣の穴』に行きたいと申したな。……小娘、貴様は何のために強さを求める? 辺境伯の娘としての義務感か? それとも、物語の英雄への憧れか? その程度の動機ならば、北の風に吹かれただけで凍え死ぬぞ」


 容赦のない言葉が突き刺さる。


 わたしは、ドレスの下で拳を握りしめ、即答した。


「どちらでもありません。わたしが強さを求めるのは、わたしの意志です。自分の足で立ち、自分の運命を自分で切り拓くため。そして、愛するこの場所と家族を、理不尽な運命から守り抜くためです。そのためには、生半可な力では足りないのです!」


(そう、わたしの人生という舞台を、誰にも邪魔させないための絶対的な力が必要なの!)


 わたしの答えに、祖父の眉がわずかに動く。


「力とは暴力だ。振るえば必ず何かを傷つけ、壊す。貴様に、その業を背負う覚悟はあるか? ただ強いだけのケダモノになるつもりか?」


「力なき正義が無力であるように、制御なき暴力もまた無価値です。わたしは、力を持たぬ者の悲惨さを知っています。だからこそ、力を持つ者の責任も理解しているつもりです。わたしは獣にはなりません。理性を持ち、目的のために正しく暴力を振るう、誇り高き『悪役』になります」


 祖父の眼光がさらに鋭さを増す。


 試されている。


 魂の底まで見透かそうとする視線だ。


「口だけは達者だな。だが、『獣の穴』は貴様が思うような甘い場所ではない。ハニマル領に入れば、辺境伯の令嬢という肩書きなど何の役にも立たん。ただの一人の門下生として、泥にまみれ、血を吐くような鍛錬の日々が待っている」


 祖父は一拍置き、さらに残酷な現実を突きつけた。


「それだけではないぞ。貴様はヴィータヴェン家の娘だ。武術の修行と並行して、貴族としての令嬢教育も完璧にこなしてもらう。逃げ道はない。……そして何より、温かい両親の元を離れ、見知らぬ極寒の地で一人で生きていくのだ。その孤独に、貴様の柔な心が耐えられるかな?」


 温かい食事、マールの優しい世話、両親の溺愛。


 それら全てを捨てていくことへの恐怖がないと言えば嘘になる。


 けれど、それ以上の渇望が、わたしの魂を突き動かしていた。


 わたしはニヤリと笑った。


 鏡の前で練習した、最高の『キメ顔』で。


「望むところですわ、お祖父様。泥にまみれるのも、血を吐くのも、全部まとめて引き受けて差し上げます。孤独? 上等ではありませんか。その程度の試練、わたしの『覇道』のスパイスにしかなりませんわ」


 祖父の目が、驚きで見開かれた。


 そして次の瞬間、その口元が大きく歪み、獰猛な笑みが浮かんだ。


「……ハッ! 面白い! 七歳の童が、よくぞここまで吠えたものよ。とても小娘の台詞とは思えんな!」


 祖父は腕組みをし、最後に一つ、問いかけた。


「ならばレヴィーネ。我がハニマル流闘術の心得、知っておるな?」


「はい。バルドに頼んで、書庫の文献を調べました」


 わたしは背筋を伸ばし、朗々と暗唱した。


「――武器が折れたならば手足で、手足を失ったならば牙で、牙さえも失ったならば、せめて睨み殺せ」


 祖父は満足げに深く頷くと、続きを促すように、ゆっくりと一度だけ瞬きをした。


 わたしは、不敵な笑みを深めて答えた。


「そして、『それができるなら、最初から全部使え』、ですわ」


 その瞬間、大広間に雷鳴のような爆笑が轟いた。


「ガハハハハハハ!! 良い! 実に良い! まさか続きまで知っておるとはな! 気に入ったぞレヴィーネ!」


 祖父は涙が出るほど笑うと、バンバンとわたしの背中を叩いた(身体強化してなかったら死んでたかもしれない)。


 そして、呆然としている父の方を向いた。


「こりゃダメじゃ、ユリス。諦めろ。ここまで肚が決まっていたら、ワシが断ったとしても、レヴィは帰りの馬車に忍び込んででもついてきかねんぞ」


「そ、そんな……お義父様まで……」


 父ががっくりと肩を落とす。


 母は、困ったような、でもどこか誇らしげな顔でわたしを見ていた。


 祖父は再びわたしに向き直り、今度は武人としての厳しい顔を少しだけ和らげ、一人の祖父としての穏やかな目でわたしを諭した。


「レヴィーネ、わしはお前さんを受け入れよう。『獣の穴』はお前を歓迎する。だがな」


 祖父の大きな手が、わたしの頭にポンと置かれた。


「旅立つ者は、希望や覚悟で胸がいっぱいかもしれん。だが、送り出す者が常にそうとは限らんのだ。残される者には、残される者の寂しさや心配がある。……それは、どんな旅立ちでも同じことだ」


 祖父の視線が、父と母の方に向けられる。


「お前を愛し、慈しんで育ててくれた者たちだ。彼らが納得し、笑顔でお前を送り出せるようにするのも、旅立つ者の務めだぞ。それができぬようなら、強さなど手に入らん」


 その言葉に、わたしはハッとした。


 自分の覚悟ばかりに気を取られて、一番大切な人たちの気持ちを置き去りにしようとしていた。


「……はい、お祖父様。ありがとうございます」


 わたしは深く頭を下げた。


 そして、ゆっくりと振り返り、愛する父と母の顔を見た。


 パーティーの賑やかな喧騒が、少しずつ戻り始めていた。


 わたしの『修羅の道』への第一歩は、まず、この世界で一番大切な人たちを説得し、笑顔で見送ってもらうことから始まるのだ。

 【第1部 爆誕・悪役令嬢編】、これにて完結です。


 次章では、いよいよ最強の筋肉と「相棒」を手に入れるべく、北の氷獄「獣の穴」での修行が始まります。


 面白いと思っていただけたら、ブックマークと、このページ下部の☆☆☆☆☆からの評価で応援いただけると励みになります。ご感想も一言から大歓迎です。


 それではまた次の部でお会いしましょう。


 押忍!!

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